第13話 過去と王族
シシィさんからいただいた商会の申請書を前に、私は頭を悩ませていた。
商会の名称を書き込む欄がある。
「メグ、商会の名前ってどうしようか?」
「お店の名前? うーん、難しいねぇ」
結局、その場では良い名前は思いつかず、私たちはそれぞれ自分の作業に戻った。
商会の名前を考えながら、私は今日もポーションの練成を続ける。
メグと一緒にお店を始めるのだから、二人にとって何か特別な思い入れのある名前にしたい。何か良い案はないだろうか。
そう考えているうちに、一つの案が閃いた。
「ねえ、メグ。商会の名前、思いついたんだけど、聞いてくれる?」
「うん! 聞く聞く!」
「あの……『シュターテット商会』なんて、どうかな? 私たちの故郷だし、もう無い領地名だし使ってもいいかなって」
「……エリザ!」
メグが、勢いよく私の両手を掴んだ。
「すごく良いと思う! それしかないよ! それに、エリザのお父さんとお母さんもきっと喜んでくれるよ!」
「あ、ありがとう。うん、たしかにそうかもね」
私は申請書に『シュターテット商会』と記した。あとは、これを商業ギルドに提出すれば、はれて開業だ。
そうと決まれば、私はひたすらポーションを作り続けるだけだ。
頑張ってたくんさん作るぞ!
そうして、私はひたすらポーション作りに励んだ。
……疲れた。
ポーションを作り続け、今、研究室の机には三九本の瓶が並んでいる。
キリ良くあと一本、四十本にしたいのだけれど、もう体がへろへろだ。
この複雑な術式への魔力注入は、本当に精神力を消耗する。
思うように術式全体に魔力がうまく通っていかない。これが、魔力が尽きるという状態なのだろうか。
あと少しで完成するのに……
うぐぐ、こうなれば!
学院長に「ダメだ」と止められていたけれど、私は両手での練成を行なった。
片手だけでは留まっていた魔力の流れが、両手だとどうにか進む。
あと一押し……完成!
あー、本当に疲れた……
「エリザ、大丈夫?」
へろへろになった私に、メグが心配そうに声をかけてくれた。
「うん。ちょっと疲れすぎたみたい。少し横になるね」
「わかった! 無理しないで、ゆっくり休んでね」
私は研究室に備え付けられている寝室へ移動した。
ベッドに横になり目を閉じると、すぐに深い眠りに落ちていった。
◇◇◇◇◇◆
研究室。
エリザが眠っている間、メグは椅子に座り、恋愛小説の研究に勤しんでいた。
やがて、研究室の扉が開いた。入ってきたのはフェルだった。
「やぁメグ。こんにちは。今日はエリザはいないのかい?」
「こんにちは! エリザはあっちで寝てるよ。なんか疲れたんだって」
「あぁ、魔力が尽きたのかな」
フェルは机の上に置かれた果物ポーションの量を見て、すぐに状況を察した。
これほど大量に作れば、魔力も尽きるだろう、と。
ポーションが置かれている机の上で、フェルの視線が、一枚の紙に引きつけられた。
それは商会の申請書で、そこには『シュターテット商会』という名があった。
シュターテット。
フェル――フェリクスは、その名を記憶していた。
王都にほど近い領地の名だが、すでに統合され消滅した領地だ。フェルは疑問を抱き、メグに尋ねた。
「なぜ、商会の名前に無くなった領地の名前を?」
「ああ、シュターテットのこと? そりゃあね、エリザとあたしの故郷だし。何より、エリザのお父さんとお母さんの名前だしね」
「エリザの両親が何か関係しているのか?」
「あれ? 言ってなかったっけ? エリザってシュターテットの元領主の娘さんだったんだよ」
エリザが貴族? そうだったのか。しかも、『だった』という過去形が、フェルは気になった。
「エリザは、今は貴族ではないのか?」
「うん、なんかそうみたい。エリザって事故で両親を亡くしているんだけど、それでエリザを引き取った叔父と叔母も亡くなってね。それで、婚約破棄までさちゃってさ。ほんと、かわいそうだよ! あの婚約者、めちゃくちゃムカツク!」
メグが手足をバタバタして怒っている。
婚約? たしかに貴族であれば、そういう年頃だろう。だが、フェルは説明の裏に、モヤっとしたものを感じた。
「そうか、そんなことがあったのか。大変だったんだな」
「ん~、まあ大変といえば大変だけど。それまでも、エリザはすごい苦労してたからね。だから、一概に貴族じゃなくなったことが不幸かわからないかもねぇ」
「……どういうことだ?」
メグの説明だけで、内容を察する事ができないフェルは、メグに細かく聞き出した。
「エリザはね、叔父と叔母にいじめられてたんだよ。何年もずっと! すっごい悪いやつでさ、エリザのお父さんが亡くなってからシュターテットの領主になったんだけど、本当に嫌なやつだったんだよ!」
それを聞いて、フェルは疑問に思った。
貴族足る者が、引き取った娘に対して、ひどい行為を行なうものなのかと。
「領主が? 引き取った娘にそんなこ仕打ちを?」
「うん! そうなんだよ! でもさあ、お貴族様ってなんなんだろね。まあ、エリザのお父さんたちは凄く良い人だったってお父さんが言っていたけど、あたしはよく知らないんだよねぇ。エリザの叔父と叔母は、平民のあたし達をみるだけで舌打ちしたりすんだよ? 信じられなくない?」
「……全ての貴族がそうではないとは思うが……」
フェルの中で、動揺が広がった。
フェル――フェリクスの父と兄が政治を取り仕切っているため、細部までは分からないが、貴族たる立場のものが、娘や領民に対してそのような不当な態度を取っていたなんて。
「エリザ、そりゃ毎日泣いてたんだよ。何年もずっといじめられててさ。信じられないよ。国もさ、よくあんな悪いやつを領主になんてさせてるなんて」
「そう、だね……」
フェルは言葉に詰まった。もしそれが事実だとしたら、これは看過できない大問題だ。
そしてフェルは、さらに気になることをメグに尋ねた。
「それに、その領主が亡くなってから婚約破棄があったのか?」
「そうそう! どっかの領主の息子と結婚する予定だったらしいんだけどさ、そいつ、エリザの領地を奪った揚げ句、一方的に婚約破棄しちゃって。それに、他の女を作ってたんだよ! 今からでも殴ってやりたいよ!」
メグが拳を振り上げている。その声は、怒りに震えていた。
「……エリザに、そんな事があったのか」
「でもまぁ、今のエリザ見てると、なんかやっと肩の荷が下りたようにも見えるんだよね。エリザ、王都に来た時はボロボロだったけど、今は笑う事も多くなったし。フェルたちのおかげだよ~」
フェルは、エリザにそんな影を感じた事がなかった。
不思議な義手を持った謎の人物、それがエリザという認識だった。
実際に接してみると、むしろ世間知らずだが純粋な女性という印象だった。
聞かされた、エリザの両親の死、叔父と叔母による虐待。さらに婚約破棄。
「……エリザは、大変な人生を送ってきたんだな」
フェルが感じた、自らの王族としての責務。これは王族の責任でもあるのだ、と。
フェルは王族でありながら、領地の統制が取れず、目の前の人物が知らぬところで不幸にされてきたことに、自分自身を恥じた。
そして、エリザも王族に対して恨んでいるのだろうか。
エリザの前では、自分が第二王子フェリクスであることは、絶対に知られない方がいい。フェルは強くそう思った。




