第12話 紅茶とくすぐり
「エリザさん、このポーションはどのように練成したのですか?」
「えと、ポーションの材料に果物を加え、練成を行ないました」
「ふむ……エリザさん。水晶にもう一度、魔力を通す練習してもらえませんか?」
やはり、私は何か失敗をしてしまったのだろうか。
学院長の言葉に従い、私は水晶に手をかざした。
魔力を通す前に、「ふう」と小さく息を吐き、集中する。
「あ、いけない」
危うく、両手で魔力を通そうとしていることに気がついた。また、前回のように爆発させてしまうところだった。
学院長に言われた事で、少し緊張してしまっているのかもしれない。
改めて、片手だけを水晶にかざす。
水晶にはかすかな光が灯る。学院長はそれをじっと観察していた。
私から見ても、特に変わったところはないように思える。
「なるほど。では、では、同じポーションをもう一度、練成していただけますか?」
「はい、承知いたしました」
余りの果物を使い、ポーションの素材と合わせて練成を行なう。
再び、目の前の膨大な術式へと魔力を注ぎ込んでいく。
やはり、練成に時間かかったが、おそらく問題無く完了したはず。
そして、試飲の時。私たちは先ほど同様に、四つのグラスにポーションを注いだ。
驚くべき結果が待っていた。
「これは……先ほどとは、味が違いますね。とても甘くて美味しい」
「あ、あれ? そんなに味が変わるものなのでしょうか?」
「たしかに違うな。さっきのとは一体何が違ったんだ?」
「わっ! 美味しい!」
たしかに、先ほど飲んだものとは全く味が違う。
とても甘く、飲みやすいポーションになっていた。
学院長は顎に手を当て、何事かを考え込み、小声で呟いた。
「気のせいだったのだろうか? いや、しかし……」
「あ、あの……やはり、何か変だったのでしょうか?」
「……いえ、大丈夫ですよ。それより、とても美味しいポーションですね。これなら、私も何杯でも飲みたいくらいです」
学院長はそう言って、私ににっこりと微笑みかけてくれた。
すると、傍にいたフェルさんが学院長に尋ねた。
「学院長。ここで練成したものを販売しても良いですか? このポーションを売って、エリザたちの生活費にできないかと考えています」
「販売ですね。学院で作った物を販売する場合、原材料費は頂くことになります。それと、学院の許可が必要です。特に安全性や技術流出の危険性などが焦点になりますが、このくらいのポーションであれば、販売は問題ありません。私のこの言葉を持って、認可としましょう」
学院長は私の目を見て、こくりと頷いてくれた。
「ありがとうございます、学院長」
私も学院長を見て、お礼を伝える。
これでもう販売していいのだろうか? だけど、販売する前に確認しないといけない事が有る。
「あの、材料のお値段は幾らくらいになるでしょうか……?」
恐る恐る尋ねた。もしこれが高価で、支払えなかったらどうしよう、と不安になる。
「安心してください。安い材料なので、まず赤字が出ることはありませんよ。あと材料費は、後でまとめてで構いません。ただし、使用した材料と数が分かるように、記録として紙に書き溜めておいてくださいね」
「わ、分かりました! ありがとうございます」
「いえいえ。それでは、頑張ってくださいね。それと、フェルさん。後ほど少しお話しできますか? 今後のことについて、話しておきたい事がありますので」
「……分かりました」
それから、私はひたすら果物ポーションを練成し続けた。
素材に使う果物によって、ポーションの味が変わるのはもちろん、何より鮮やかな色に変化するのが面白い。
赤、水色、桃色、紫色……色とりどりのポーションが出来上がっていく。
練成し終わるそばからメグが飲んでしまうので、ポーションは少しずつ減っていくけども。
そして、気が付く夕方になっていた。
今日、午後だけでも九本ものポーションを練成できた。
さすがに……すごく疲れた!
練成したポーションは持って帰っていいとのことだったので、メグにも持ってもらい、どうにかこうにか帰宅できた。
その日は、ほとんど気絶するように眠りに落ちてしまった。
そして、翌日。
研究室に来たが、今日はフェルさんは不在のようだった。
学院には、毎日来る必要はないみたい。
そして、私は今日もひたすら果物ポーションの練成に取り込んだ。
メグが日の光に照らされた窓際で、本を読みかけながら、気持ちよさそうに眠っている。
メグの穏やかな寝息が静かな部屋に響いていて、なんだか、その音に心が落ち着くのを感じる。
ポーション作りは順調に進んだ。練成して、疲れたら休憩。
そして休憩がてらに紅茶を飲む。そしてまた作る。その繰り返しだった。
そんな時、研究室のドアがノックされ、突然の来客があった。
「おひさ~! エリザちゃん、マーガレットちゃん。お元気かしら?」
「シシィさん!? ど、どうしてこちらに!?」
シシィさんは優雅な足取りで研究室へ入って来た。
「んふふ~、フェルに聞いたのよ。お店を開く準備をしているんですって? それが販売するポーションかしら?」
「はい! といっても、まだ作り慣れていないんですけど……」
「ちょっと見てもいいかしら?」
「ど、どうぞ!」
私は果物ポーションの瓶をシシィさんに渡した。シシィさんはそれを熱心に観察していた。
瓶を傾けたり、コンコンと軽く叩いたりしている。
「うん、ポーションの品自体は問題無さそうね」
「分かるんですか?」
「そりゃあね? だてに商業ギルドの長をやってないわよ?」
シシィさんはフンっと鼻を鳴らした。その表情には確かな自信が満ちていた。
それを見て、自分の作ったものが認められたみたいで、嬉しい気持ちがこみ上げてきた。
「それで、エリザちゃん。このポーション、どのくらいの値段で売るつもりなの?」
「値段……ですか? あの、実はまだ、全然考えてなかったです……」
値段、値段か。一体どれくらいが妥当なんだろう。これからの生活の事も考えると、慎重に考えなければならない。
今までお金に無頓着だった自分を反省する。一度、メグが生活費を試算してくれた事があったので、それを参考にしよう。
「これってば、美味しいポーションなんでしょ? 確かに変わり種ではあるわ。需要は無いわけじゃないけど、あんまり高すぎると売れないわよ。そもそも、ポーションに味は求められてないからね」
「はは……そう、ですよね……」
やっぱり、普通のポーションを作るべきだったのだろうか。
ついつい、自分で変わった物が作れるのが嬉しくて、夢中になって作りすぎてしまった。
「でもね、この『変わり種』を最初に販売するのは良い考えだと思うわ。まず店を人々に知ってもらわないといけないからね。宣伝には抜群よ。そうねぇ、ひとつ一万くらいで売るといいかもしれないわ」
「えっ!? 一万ですか!? そんなに高額で売れるのでしょうか!?」
「……ふぇっ!?」
私の大きな声で、眠っていたメグを起こしてしまった。だけど、ポーションひとつで一万。
本当にそんなに高値で売れるのだろうか? 確かに作るのは大変だけど。
メグが教えてくれた日常生活をおくるための生活費。
雑費、食費などを全て合わせると、月にだいたい二十万必要らしい。
それとメグと二人だと三十万くらい必要らしい。
頑張って三十本売れば、なんとか生活できる計算になる。
昨日だけで九本作ったんだけど。もしかしたら、すぐにお金持ちになれるのではと、期待が膨らむ。
「まぁまぁ落ち着いて、エリザちゃん。まだ錬金術を作り始めたばかりよね? そのうち、すぐに魔力が尽きてしまうわ。回復するのにも時間がかかるの。だから、これからも無尽蔵に作れるわけじゃないのよ」
魔力が尽きる……? たしかに、凄い疲労感があるけど、これは魔力が尽きかけているというのだろうか。
「魔力は体力とは違うから、寝たらすっきり回復ってわけにはいかないわよ? 時間をかけて、すこ~しずつ魔力が溜まっていくの。だから、魔力が無くなっても焦っちゃダメよ」
う、てっきり寝たら回復するのかと思っていた。シシィさんは私が思っている事を的確に見抜いて教えてくれる。さすが、商業ギルドの長だ。
「はい! わかりました。色々と教えて頂いて、ありがとうございます」
「いいのよ。それと、お店を開くには、これが必要よ。はい、どうぞ」
シシィさんから手渡されたのは、一枚の紙だった。
紙には『商会申請書』と書かれている。
なんだろうと、それを読み込んでいると、シシィさんが説明してくれた。
「これは、お店を開業するときの申請書よ。商売を始める前に、必ず商業ギルドに提出してちょうだい」
「なるほどっ。わかりました!」
「それじゃ、期待しているわよ!」
シシィさんはそう言い残し、来た時と同じよう優雅な足取りで帰っていった。
「いま~、シシィさんが居たような気がする~……」
メグが寝ぼけ目で、そう言った。
「あはは、今、シシィさん来ていたよ。少しの間だったけどね。メグ、紅茶を淹れるけど、飲む?」
「の~む~……」
「うん、分かった。少し待っててね」
私は棚にあった紅茶の葉を取り出した。ラサンフライという名の葉だ。
これは私の故郷であるシュターテット領で自生していたので、メグと一緒に摘んで乾燥させて、よくお茶にしていた。
一般的には、あまり紅茶としては飲まれないものらしい。
もしかすると、この研究室の棚にあるということは、錬金術の調合用の素材なのかもしれない。
私はお湯を沸かし、それをティーポットにそそぐ。すぐにラサンフライの特徴的な、懐かしい香りが部屋中に漂った。
二つのカップに紅茶を注ぎ、私はそれをメグが寝ているテーブルまで運んでいく。
「ほら、淹れたよ。どうぞ」
「あ~り~が~と~」
メグが紅茶をズズズっと飲んだ。
私も一口、口にする。色々な紅茶があるけれど、やっぱり私はラサンフライが一番好き。
お父さんとお母さんがよく飲んでいたのを微かに覚えているからだ。
「エリザ、お店をもう開くの?」
メグは眠たそうにしながら、そう聞いてきた。
「うん、今のところ、生活するにはそれが一番確実な方法だしね。それに錬金術も学べて、ちょうどいいかなって。あとやっぱり、この学院にお医者さまがいるのも気になるし」
「そっか~! あたしさ、お父さんとお母さんの店を手伝ってたから、お店をやるのは任せてよ!」
そのメグの言葉は、とても力強くて頼もしかった。
けれど、メグに負担をかけてしまうのではないかと迷いがよぎる。
「メグさ、メグは何かやりたいことは無いの?」
「あたし? う~ん……私も、エリザと一緒にお店やってみたいと思うよ。 あと、やっぱりコレの研究かな」
メグはそう言って、机の傍らにある一冊の本を指さした。『グレイス・シュワラーの恋物語』という恋愛小説だ。
「そっか……ふふっ」
「あ! 今、エリザ……笑ったよね!?」
「いや、あの、ごめん! そんなつもりじゃなくて!」
思わず、我慢しきれずに笑ってしまった。
凄く真面目な顔で「コレの研究かな」と言って恋愛小説を指さしたのが、あまりに面白くて。
「こ~ら~エ~リ~ザ~! こちょこちょこちょ!」
「ちょちょ! やめて~! あっははは!」
メグが私をくすぐってくる。私がくすぐりに弱いのをメグは知っているので、よくこうやってくすぐってからかってくるのだ。
「まあ、冗談はさておき! お店の事なら、あたし、すごく詳しいってわけじゃないけどさ、経験者なんだから任せてよ! あたしもエリザと一緒に働きたいし!」
「でもメグ、そんな大変な事、お願いしても大丈夫なの?」
メグはテーブルの横で仁王立ちになり、腰に手を当てて、大きな声で宣言した。
「大丈夫だす!」
だす。
メグが時折、冗談めかして使う言葉。
それは、私が貴族で、メグが村娘の平民という差があった時期に遊んでいた時のこと。
私とメグは身分なんて関係なく遊んでいたけれど、メグは時々こうやって、私を貴族として、そして自分を平民として、身分の差を冗談めかして言う時に使う言葉だった。
おそらく村娘の方言というか訛りっぽい言い方を演出しているのだろう。その言葉が、私にはすごく懐かしく感じられた。
メグが私にのために、気を使ってくれているのが、すごく伝わってきた。
でも、同時に強く思った。これは私がメグに一方的に頼っているだけでなく、メグと共に自立の道が開けるのではないか、と。
私は意を決して、メグに微笑みかけた。
「分かったわ、メグ。じゃあ……よろしくだす!」
私の言葉に、メグはキョトンと目を丸くしていた。
そして、すぐにニヒヒ!と笑いだしたメグ。
私もメグと一緒に、心からニヒヒと笑った。




