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くよくよしない錬金術師、エリザ・シュターテット。  作者: 水乃ろか


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第10話 練習と研究

「なるほど。魔力を流した水晶が爆発し、その破片からフェルさんがエリザさんをかばった、という事なのですね」

「だから、さっきからそう言っていますよね」


 駆け付けた学院長に事のあらましをフェルさんが説明し、なんとか状況を理解してもらった。

 たしかに、あの惨状を見たら、ただの事故とは思えないかもしれない。

 

 でも、フェルさんが咄嗟に庇ってくれたおかけで、私に怪我は一つも無かった。

 フェルさん自身も、あの学院ローブのおかげか無傷だったようだ。このローブ、本当に凄い性能らしい。

 

「水晶が爆発、ですか。壊れかけていたのでしょうか。それとも……?」


 学院長が顎に手を当てて思案している。私は居ても立っても居られず、恐る恐る尋ねた。

 

「あの……壊してしまってすみません。弁償の費用ってどれくらいでしょうか?」


 入学初日に、いきなり高そうな備品を壊すなんて。

 文無しの私には、借金で許してもらえる額なのかどうかが気がかりで、胃が痛くなりそうだった。


「弁償ですか? 必要ないですよ。ここにあるものは全て、使っても壊しても無償です。ですので払う必要は無いのですが、怪我だけは気を付けてくださいね」

「そ……そうなんですか?」

「ええ、だから気にしないでください。それよりも、水晶の事を幾つか確認させてください。何か、特殊な事をしましたか? 普通、魔力を通した程度で水晶が壊れるような事はないので、今後のために情報を集めておきたいのです」


 特殊な事……? 私はもしかしたら、無意識に変な事をしてしまったのだろうか。

 私の返答よりも早く、フェルさんが代わりに応えてくれた。


「いえ、何もしていないですね。僕が見る限り、魔力を水晶に流していただけです」

「ふむ……なるほど。ですが、やはり水晶が爆発四散するなど普通ではないのです。例えるなら、ロウソクに火を灯したら、灯した火の影響でロウソクが爆発する、というような異常な状況なので」


 ロウソクに火をつけたら爆発? 想像してみると、確かに変な状況だ。いったいどういう事なのだろう。


「エリザさん。私の手に魔力を流してくれませんか? 先ほどの水晶と同様に、魔力が流れるように思い描いて貰えれば充分です」

「えっ!? 大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫です。私の手は爆発なんてしませんよ。私、これでも学院長なんです」


 学院長はそう言って、にこりと余裕の笑みを浮かべた。私はおずおずと、学院長が差し出した右手の手のひらに、私の両手をかざした。

 ……果たして出来ているのだろうか? しばらく、私の手を、フェルさんと学院長がじっと見つめていた。


「……なるほど。エリザさん、ありがとうございます。もう充分ですよ。原因究明までは至りませんでしたが、対応策は分かりました」

「ほ、ほんとですか!?」


 手を離すと、学院長が納得したように頷いた。さすが学院長、何かが分かったらしい。

 でもこれで、やっぱり私のせいでした、弁償してくださいねという事になったらどうしよう。

 

 しかし、学院長はにこにこと穏やかな笑顔で説明してくれた。

 

「状況に関してですが、まず一般的な魔力操作の説明をしますね。普通の人は両手から魔力を放つとき、魔力の合計値が常に一定になるように無意識に調整されるのです。右手の魔力が強まれば、左手の魔力が弱まる。左手の魔力が強まれば、右手が弱まるといった具合にね。しかし、エリザさんの場合は、その合計値の概念が違います」

「合計値、ですか?」


 合計値ってなんだろう? 私の場合、何かがおかしいということなのだろうか。

 学院長は続けて言った。


「エリザさんの手から放たれる魔力は、左右同等の出力で魔力が放たれていました。右手が強いと、左手も同様に強い魔力が放たれていました。ですので対応策としては、魔力を放つときは『片手』で行なってください」

「片手、ですか? それで事故が防げるのでしょうか?」

「はい、それで防げます。片手だと魔力を放つ量も少なくなってしまいますが、それは練習を重ねれば問題ありません。新しい水晶を用意するので、今後も練習を励んでくださいね」


 なるほど、片手なら余計な魔力が出ないという事か。

 学院長はそう言って説明してくれた時に、研究室のドアが勢いよく開いた。

 

 (ふところ)に数冊の本を持ったメグだった。

 だけど……メグの表情が曇っていた。深刻な顔をしている。


「……メグ? どうしたの!? 何かあったの?!」


 私が慌ててメグにそう声を掛けると、メグが無言で私に駆け寄ってきた。


 そして、メグは私の肩をガシっと掴んだ。


「エリザ、あのね……図書室から帰ってくるときにね……すごく美味しそうな匂いがした!!」


 メグは口元にヨダレを垂らしながら、力強く重要な情報を教えてくれた。


 

 ◇◆◇◇◇◇



 それから、メグからの強い要望で私たちは学院の食堂に向かった。

 美味しい匂いの元となったのは、食堂が近くにあったからみたい。

 

「魔力を使った後は急激に疲労感が出るので、その前に栄養補給が重要です。ちょうどいいので食事をしてきてください」

 

 そう学院長が勧めてくれると、「私は業務があるので」ということで、私たちはフェルさんを含めて三人で食堂へやってきた。


 食堂に着く前から、廊下には空腹を刺激するたまらない匂いが漂っていた。

 わくわくしながら食堂のドアをくぐると、そこには広々とした空間に、たくさんのテーブルと椅子。そして、壁際に色とりどりの料理がずらりと並んでいた。

 お皿が置いてあり、そのお皿に自分で好きなだけ、好きな食べ物を取り、好きな場所で食べる方式らしい。

 

 すでに、メグがお皿に山盛りに食べ物を積んでいる。これが無料だなんて、王立魔導学院は天国なのだろうか。


 私はお皿に気になる食べ物を少しずつ乗せた。フェルさんは細身なのに、意外とたくさんの料理をお皿に載せていた。


「ねぇエリザ! これ、凄く美味しいよ! 食べてみて!」


 メグはそう言うと、自分のお気に入りの食べ物を私のお皿に載せてくれる。私のお皿もすぐに山盛りになってくる。

 もう私はお腹いっぱいなのに、メグはお代わりをしていたのが、凄くメグらしく感じた。

 

 私は食後の紅茶を頂いていると、コーヒーを飲んでいるフェルさんが私に尋ねてきた。

 

「エリザ。体調はどう? 初めて魔力を使うと、その後に結構な疲労感を感じるはずだけど」

「いえ、まだ疲れている感じはしていないです。それに、まだまだ練習してみたい気持ちが大きいです。さっき、失敗しちゃいましたし」

「いや、あれはエリザのせいじゃないよ。もしかしたら、その義手が影響しているのかもしれない」


 フェルさんがそう言って、私の義手を見た。手袋をしているので、義手は直接見えない。

 だけどフェルさんの言う通り、この奇妙な義手が私に何かしら影響を与えているような気もする。


「このまま、私は義手を使っていても平気なのでしょうか」


 先ほどの引き起こした水晶の爆発を思い出して、少し不安になってしまった。

 もしかしたら、義手のせいで錬金術の練習を止めた方がいいのかもしれない、とも思った。

 

「いや、大丈夫だとは思うけど、そんなに不安なら……そうだ、ねぇエリザ。僕にエリザの義手の研究や調査をさせてくれないか? それで色々分かる事があれば、エリザの不安も払拭させられるかもしれない」

「え、いいんですか? わざわざ調べて頂くのも、大変じゃないでしょうか?」

「いや、願ったりだよ。そんなに凄い物を研究させてもらえるならね。僕がエリザの義手を調べさせてもらったお礼に、このまま僕が君の魔法の先生を受け持つ。それでどうかな?」

「は、はい! よろしくお願いいたします!」


 義手についても不安だったし、フェルさんが魔法を教えてくれるのもありがたい。……って、あれ? どちらもフェルさんに負担が掛かっているような気がする。

 でも、フェルさんは涼し気にコーヒーを飲んでいる。もしかしたら、私に気を使わせないように言ってくれたのかもしれない。


 食事を終えると、私たちは再び研究室に戻った。すでに研究室には新しい水晶が用意されていた。

 フェルさんは、身体を酷使しないほうがいいと言ってくれていたけど、不思議と疲れが無かったので、私は再び水晶で魔法の練習を行なった。今度は片手で。

 今度は水晶が爆発することもなく、水晶は淡い光を放ち続けた。


 メグは窓際の椅子に座って、先ほど図書室から借りてきた本を熱心に読んでいた。


 私が魔法の練習を終えると、フェルさんが私の義手の状態などを見てくれた。今の所、異常は出ていないらしい。


 そして、ついに登校初日が終わった。帰り際、食堂の食べ物を持って帰ってもいいという事を聞いて、メグと私は用意された持ち帰り用の箱にたくさんの食べものを詰めた。

 今日の夕飯代が浮くのとても助かる。メグは大きい箱を三つ用意し、どれもパンパンに食べ物が詰まっていた。

 

「それじゃあね、エリザ、メグ。明日から、いつ登校しても平気だから。気を付けて帰るんだよ」

「はい、今日は色々とありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 フェルさんとも別れ、メグと帰路につく。

 既に空は茜色に染まり、夕陽が私たちを照らしていた。


「ねえエリザ、学校って凄いところだね」

「本当だね、こんな所に行けるなんて、私も驚きだよ。……あれ? メグ、その本は何?」


 メグが食べ物の箱とは別に、本を大事そうに脇に抱えていた。表紙はメグの手で見えない。

 

「ん? ああ、これね! 図書室で借りて来たんだよ。色んな本を読んでみたんだけど、あたしにはこれが一番しっくり来たんだよね。あたしは、これを研究してみようかな?」


 メグが研究? ……その言葉に凄く興味が沸いた。いったい何の本だろう?

 最初は鳥類図鑑を読んでいたけど……メグが興味のありそうなもの、料理とか、商いとか?

 

「ねえメグ。その本、見せてもらってもいい?」

「うん、いいよー! なんかね、読んでると頭がグワーってなったり、胸がグググってなったりするんだよ」


 グググ? グワー? 独特な表現に首を傾げつつ、メグから渡された本を受け取る。

 私はその本の表紙を見た。


 『グレイス・シュワラーの恋物語』


 ……恋愛小説だった。

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