第9話 魔力と水晶
「え……? このローブを、お医様が着ていたの?」
「うん、これだよ。この変な模様、覚えてるもん。それに、このフードを被ってたし」
このローブを、あの時私を助けてくれたお医者様が着ていた? ということは、私を治してくれた恩人が、この学院のどこかにいるということだろうか。
「そのお医者様というのは、エリザの義手の製作者のこと?」
「はい、そうです。あたし、お医者様を近くで見たので。とはいっても、暗がりだったので細かくは分からないんですけど、このローブの変な模様は見覚えがあります」
「なるほど……学院長、この学院で義手を作られていた事があるのですか?」
フェルさんが学院長に尋ねた。学院長は顎に手を当ててしばらく考え、やがて口を開いた。
「いいえ、ありませんね。義肢含めて、この学院で研究及び開発された事例は一切ないはずです。ここで研究している内容は未完成であっても定期的に報告の義務がありますから、誰かが勝手に研究していたということもありえません」
「では、報告せずに作っていたという事だろうか……? 報告せずに制作可能な人物は?」
「それもいませんね。……いや、しいて言えば、学院長の私くらいでしょうか」
まさか、学院長のバサウェインさんがお医者様? この方が私を治してくれたのだろうか。
だけど、その期待はすぐに無くなった。学院長は自ら否定を答えたからだ。
「しかし、私は学院長の職務以外に、たくさんの雑務を押し付けられていますので、研究している暇がそもそもありません。嘆かわしい事です。それに、私は医者ほどの医学の知識はありませんので、医者と呼ばれるような事はできません。残念ながら、私が治療をした人物でも義手を作った人物でもございません」
「あの……学院長さんがお医者様ではないと思います。学院長さんって、あたしのお父さんくらい背が高いんですけど、お医者様はお父さんほど背が高くなかったので」
「そうなのか……エリザの義手を作ったのは、一体誰なんだ……? これは調べておく必要がありますよね、学院長?」
フェルさんの疑問はもっともだ。私が一番知りたいことなのだから。
しばらく私たち四人は黙り、うーむと考えて込んでいた。けど、これ以上考えても結論がつかないことは分かっていた。
その静寂を破ったのは、学院長だった。
「そのお医者さまというのは私には分かりませんが、みなさんが探しているんですよね? 私も調査するので、もし何か義手について学院が関わっていたら、分かり次第お教えしますよ。それに、エリザさんは義手なんですか? 手袋をされているので、わかりませんでした」
「あ……はい。そうなんです。といっても、この義手について知らない事が多くて。私はお医者さまの事を何も知らないので、お礼をしたくて探しているんです」
「なるほど。そういった事情があるんですね。しかし、義手とは思えないくらい自然に動かしていますね」
私は義手を見せた方がいいのかと思って手袋に手をやると、学院長が制止するように手を差し出された。
「見せて頂かなくて大丈夫ですよ。それに、手袋の上だと全く分かりませんので、必要がなければ他人に見せなくも良いかと思います。そんなに高性能な義手であれば、たちどころ噂になってしまいますからね」
「な、なるほど。分かりました。気を付けます。……フェルさん、重ねてありがとうございます。そういった事情まで考えてくれていたんですね。あの……嬉しいです」
私の言葉はフェルさんに聞こえていなかったのか、フェルさんはそっぽを向いていた。
すると学院長がフェルさんの顔を覗き込んでいた。
「おや? フェルさん、風邪ですか? 顔が真っ赤ですよ、大丈夫ですか? ふふ……」
「だ、大丈夫です! エリザ、ほら、ローブ! 魔法の練習をしよう!」
それから、私はフェルさんに魔法について教えてもらうことになった。
フェルさんの教えは丁寧で分かりやすかった。そもそも魔法とは何なのかを知らない私でも、魔法の初歩が扱える方法を教えてもらった。
それは魔道具の術式というものに、魔力を通して魔道具を完成させるための方法らしい。
フェルさんが絵に描いてくれたのは、一本の木。そして、その木にたくさんの枝を生やした絵だった。
魔法は木の根の部分から、枝の先に水を浸透させるように思い描くと良いらしい。
魔力を木に通し、先が分かれた枝の先まで魔力を満たす。適当にやればいいわけではない、途中の道で水――魔力が溢れたりするのも厳禁。
水をこぼさないように、道にゆっくりと通し、枝の先まで満たす。
これには細心の注意が必要で、零れてしまうと術式が崩壊してしまい、いままでのすべてが台無しらしい。責任が重大だ。
しかし、完成させると魔力が安定化し、魔法使いじゃなくても魔道具が扱えるようになるらしい。
分からない事がたくさんあったけど、ひとまず魔法を扱うには先ほどの『術式に綺麗に魔力を通す』ことだけを覚えればいいらしい。
私がフェルさんに魔法についてを教えて貰っている間、メグは学院長に図書室に連れて行ってもらっていた。
どうやら図書室には、専門的な本以外もあるという事で、メグに興味がありそうなものが無いかを探しに行ってしまったのだ。
そして、私は水晶に魔力を通すという最初の挑戦が始まった。
その際に、フェルさんから一つ注意がされた。
最初はなかなか魔力が出せるものではない。なので、焦ってやる必要は無く、むしろゆっくりやった方がいいらしい。
それに無理やり魔力を出そうとすると、魔力をいきなり出し過ぎてしまって、事故が起きる事があるという。
なので、そうなってもいいように、水晶という練習用の道具が用意されたらしい。
「よし、エリザ。肩の力を抜いて、ゆっくりやってみて」
「は、はいっ!」
椅子に座り、目の前の水晶の左右に手をかざす。目を閉じ、手から魔力を出して水晶の中央に集める、という光景を心に思い浮かべる。
……。
…………。
………………全く何も起こらない。
しかも、横でフェルさんが無言で応援してくれているのが、さらに自分の心を追い込んで焦ってしまう。
「エリザ。緊張しすぎだ。少し手伝うよ。僕も最初、こうやって教えてもらったんだ」
フェルさんはそう言うと、静かに私の背後に周った。
そして、私の両手の上に、そっとフェルさんが手を重ねる。
私の背中にフェルさんの体温を感じ取れるほど触れ合っている状況に、心臓が喉から飛び出しそうになった。
緊張しすぎな所に、さらに緊張の上乗せになる。
「フェ、フェルさんっ!?」
「ほら、集中して。視線は水晶に。僕がエリザの手を通して、水晶に魔力を通す。それを感じ取るんだ」
「うっ……は、はい……」
もはや集中どころでは無かった。
だけど、フェルさんが言った通り、私の手から水晶に向かって何かが送られているような感覚がある。
それが分かると、フェルさんはすっと手を離した。
「出来たようだね。焦らず、その状態を維持するんだ」
維持……維持……維持しないと……フェルさんに言われた通り、魔力の通り道を頭の中で必死になぞる。
……なんか、魔力が抑えきれなくなってきたんですけど。
私の手から水晶に送られる魔力の量がどんどん大きくなってきてるような気がする。
物が高い場所から落下するように、それが抑えられないどころか、どんどん流れる量が多くなってくる。
「フェ、フェルさん! なんか大変な状況になってる気がします!」
「まずいな……エリザ、手を離せる?」
「む、無理です! 手が水晶に引っ張られて……!」
私が情けない声を上げると、フェルさんが私の手を掴み、水晶から手を放そうとしてくれた。
だけど、私の手が水晶に引っ張られていく。水晶にバチバチと火花が散っている。
「ひ、ひええええっ!?」
「くっ! エリザ、すまないが無理やり放すぞ!」
フェルさんが私の腕を力強く引っ張った。そして、その瞬間、水晶が粉々に弾けた。
「うわっ!」
「ひゃあっ!」
破裂の衝撃で、私たちは床に吹き飛ばされてしまった。
背中と頭を打ち付け、痛みに視界が白く霞む。
「いててて……」
霞む目がはっきりすると……すぐ目の前にフェルさんの顔があった。
真正面から、フェルさんと目があった。
「あっ……」
「え……」
倒れた拍子にフェルさんが私に覆いかぶさるような体勢になってしまっていたのだ。
私の両手は、まだフェルさんの大きな手にがっちりと掴まれたまま、床に押し付けられている。
近すぎる距離。
フェルさんの息遣い、整った顔立ち、そして普段は涼やかな瞳が、今は驚きと戸惑いで大きく見開かれている。
私も、彼と同じように顔が熱くなっているのが分かった。
私とフェルさんが同時に声を上げた時、お互いの状況を理解した、まさにその時。
研究室のドアが勢いよく開け放たれた。
「あの……何をしてるんです? さすがに看過できませんが」
先ほどメグを図書室に案内したばかりの学院長が戻って来るやいなや、その静かな声が、部屋に重く響いた。
「いや! これは違うんだ!」
「そ、そうです! これは事故で!」
学院長が凄い速さで近づき、フェルさんの首根っこを掴むと、廊下に放り投げてしまった。
そして、倒れている私を優しく起こしてくれた。
「大丈夫ですか? 怖かったでしょう。申し訳ない」
「だ、大丈夫です! 本当に事故で、フェルさんに助けてもらったんです!」
「ええ……今から、あの小僧をとっちめてくるので、少々お待ちください」
「本当に違うんですってば!」




