【14】デンドロンの勇者
――――デンドロン皇国の城では、まさに今、緊迫した空気が流れていた。
「お前も日本から招かれた勇者なんだろう?ぼくはこう見えて、日本から転生した転生勇者だ。魔族どもが跋扈する魔界を討伐することの意味を分からぬはずがないだろう!」
グロリアス王国の騎士を引き連れ、レナードが挑戦的に笑む。
その正面にはアベルに瓜二つの分身と、日本人の面影を感じられる黒髪黒目の青年が相対している。
見た目は18歳ほどだが……。
「彼は陸六璃。見た目はあぁだが、レティシアと縁を結んでいるから実際はもう二十歳を過ぎている」
あぁ……アベルの言うこともすぐに分かった。彼はレティシアの特別な祝福を受けている。魔性花種である彼女が自らの伴侶にのみ与える特別な印を。
レナードはきっと魔性花種のこともろくに知らず、魔族としか見ていないから知らないのだろう。魔性花種の伴侶相手に、魔族が暮らす魔界の討伐だなんて馬鹿げている。
「そうすれば……兄さんが……またぼくのものに戻ってきてくれる……っ」
レナードが呟いた言葉にゾクリとする。リクリは理解できずに眉をひそめるが……。
「俺はお前のものになどならないよ、レナード」
アベルの本体とシャーナと共に双方の元に躍り出れば、レナードが驚愕の表情を浮かべる。お前は俺を求めてこんなところにまで自分の我が儘を押し通しに来たのか。
「何故……何故その女までいる……!兄さんを奪った聖女め……っ!」
レナードはシャーナを指差している。レナードは初代の頃の記憶まで取り戻したのか……?それにしては俺を【兄】と呼ぶ。
【混ざり巡り、もう訳が分からなくなっているんだろうな。一度まっさらになったはずの魂なのに……光の女神が再び記憶を与えたのか……】
それほどまでに未練たらたらだったのか……?だとしてもレナードに与えるのは違うだろ。せっかく創世神がまっさらにすることで元の世界に返したのに、それも全てチャラになってしまった。もしかしたら女神が故意に呼び戻したのかもしれない。
「私が聖女……?何をバカな」
そしてレナードの言葉を受けたシャーナは一蹴する。
「私は魔族として洗礼を受け、デラフィト・ファヌアルスさまからのギフトを受け取っている。私のジョブは【大地の巫女】だ」
アルベロったらそのジョブは……。
【魂にピッタリなジョブだろ?】
本当に……もう。でも彼女がいたからこそアルベロは彼女の半身を滅ぼさずに済んだのだ。レティシアの伴侶を召喚者として喚ぶことができたのだ。
「くそ……こうなったら力ずくでも兄さんを……っ!」
レナードが強引に手を出そうとしてくる……!その時。俺の身体はアルベロのものに変化し、レナードがピタリと手を止める。
『なるほど。お前たちはまた過ちの歴史を繰り返す気か』
紡いだ言葉は俺のものでもあり、アルベロのものでもある。意思が、感覚がひとつになる。これはアルベロに完全に身体を委ねているのではない。
俺とアルベロがひとつになっているのだ。その証拠に、アルベロと言葉を交わさずとも、共通の言葉を紡ぎ、そして視る。
『お前たちがここに来たのは、まずは豊かな皇国の領土を簒奪するためだ。そして皇国を足場に、次は魔界を侵略する気だな……?』
そんなこと、許しはしないけど。
『自分たちが手に入れられないものは、奪えばいい。そうした自己中心的な思想で、何度も何度も、俺の大地の上を蹂躙し、血と悲鳴で染めていく』
本当ならばヒト族ごと滅ぼしてしまいたい。けれど、それはしない。少なくともデンドロン皇国は勇者リクリを迎え、多種族が協力し合う国を築いている。創世神が願ったものが、ここにはある。だからそれに手を出そうと言うのなら……それは創世神の願いを踏みにじる行為。そんなことは決して許さない。
『もうお前の好きにはさせない』
「兄さん……何で……兄さんを返せ!」
『それはヒト族の俺の姿のことを言っているのか』
その姿も、完全なヒト族ではない。耳は地底種だしな。
『元よりお前のものにはなるはずもない』
お前たちが足を付けるこの大地を我が物にできると思うな。
『お前は……そうか』
神眼はさまざまなことを見透かせる。まさに神の眼。その魂には古代の記録などないはずなのに、光の女神が創世神にすら黙ってコピーしていた記録。その記録が見せるのは……。もとはこの世界のものではなかったがゆえに、初めて見る生き神と言う存在に囚われたのだ。
決して老いることがなく、死ぬこともない。魔法やスキルでは説明のつかない神秘の力と知恵を与える。そんな万物の憧憬の存在に……。
『お前はなりたかったのだな』
創世神によりまっさらにされたのにもかかわらず再び淀んだ魂。前世の俺に優しくされ、家族として見てもらい、執着した。
自分に寄ってくる人間たちを道具のようにしか見ずに。ただ、執着した。そして俺が欲しいと言う思考に至ってしまい、光の女神が与えたコピーした初代の記録により、さらに悪化した。
完全にコピーしきれなかった記録は、レナードの中で異質なものへと変貌してしまったのだ。
「せっかく……ぼくのものになるはずだったんだ……!」
(じゃまなガキも、兄さんにすり寄るヤロウも殺させた……!)
それはアリスとアベルのことか。
こいつはアリスが生き延びたことも、アベルが本来の身体に戻ったことも知らない。
元々アリスのことを教えてやるつもりもない。二度とアリスには……触れさせない。
そして自分の手を汚さずに、【道具】にやらせる。古代からやることが変わらない。
創世神がかけた情けも何もかも踏みにじり、またレナードは……罪を犯したのだ。
「ぼくには女神さまの加護が……!女神さまはぼくに何でも与えてくださる!」
そうか……。お前が求める俺に嫉妬して嫌がらせを企てたがな。そしてそれすらも、俺を孤立させるための策。神すらも、こいつにとっては道具同然なのだろう。
『ならば喚んでみるか』
天界からの門は開かれた。さすがにもう、創世神もカンカンなんだ。自らの娘にかける情けも何もないのだろう。
「ひぎいいいぃぃぃぃ――――――――っ」
醜い鳴き声をあげながら、空から光の女神が降ってくる。その身体には無数の鉄棘の縄が巻き付き、常に女神の白く美しき肌を傷付け、痛みにもがけばさらに傷付ける。
「お……お……おにい……ざま……っ」
俺の姿を見て、光の女神が震え出す。
『よくも俺の肉体に手を出してくれた』
「し……知らなかったのよおおぉぉぉっ!!」
まぁ、俺の場合はアルベロと同化しなければ、女神とて見破ることができなかった。それほどまでにこの女神の神格は劣化していたのだ。
「ゆ……ゆるじで……おに……ざまぁ……っ」
『都合のいい時だけそう呼ぶか』
元々、古代のアリスを辱しめた男を逃がしたこの女神を、妹のくくりに入れるのはやめた。
「そうだ……!ぼくの兄さんなのに、お前が呼ぶな!」
レナードが女神を足蹴りにし、女神が「どおじでええぇっ」と泣く。それと共にレナードの足にも棘が巻き付き、レナードの身体をみるみる浸食していく。
「いだだ……いだいいいいいぃぃぃっ!!!」
『さて、そろそろしまいにしよう。アベル』
アベルの本体に合図を送れば、アベルがニヤリとほくそ笑む。
ヒトの心など知るよしもない、冥界の神の非情なまでの嗜虐が始まるのだ。
知ってるか……?もう堕ちるしかないと決まっている罪人は、冥界の神にとってはどんなに好きに遊んでも怒られないおもちゃでしかないんだよ。
ヒトを、ほかの生物を道具として扱ったお前は今度は、冥界の神の……いや、冥界のおもちゃとなる。
「まずはお前だ……」
アベルが本性を露にし、背中から巨腕を繰り出し、その周囲に浮かぶ剣を一斉に女神身体を突き破るように串刺しにする。
「ギャあァァァァっ!?わ、私に手を……だせば……創世神が……っ」
女神は最後まで足掻こうとする。しかし……。
『神格などとうにない』
ここに落とされた時点で、女神の神格は消え失せている。つまりは色欲に興じたただの醜い女でしかない。
そして地の底より沸き立つ無数の剣に貫かれ、アベルの冥界にあるもうひとつの本体の巨腕が、元女神の身体を地の底の、冥界の門の中へと強引に引きずり込んで行く。
「アァァァァ゛――――――っ!!?」
断末魔の悲鳴をあげながら、元女神は冥界へと沈んで行った……。
そして次は……。
「お前だな……?」
アベルの巨腕がレナードの身体を握り締める。その身体には鉄棘が巻き付いているが、そんなものは魔鋼種には意味がない。ただその棘がレナードの肌にさらに食い込むだけだ。
「……あ゛、あぁ……に……さん……だずげ……っ」
「そう言った俺を殺したのはお前だろう……?」
その地の底から響く声に、レナードは本能的に身を硬直させる。それが最期の言葉だったんだな。どれだけ酷い目に遭わされたのか……。
「それはたっぷりとこれから……それ以上のものを約束しよう……?」
俺の考えを読んだのか、いや、わざと読めるようにしておいたが、アベルが冷たくほくそ笑む。
そしてアベルの巨腕がレナードを乱暴に地面に叩き付ければ、リクリの隣にいたはずの分身がその身の周りに展開した剣を、ザクザクと一気に突き刺していく。分身同士記憶を共有しているからか、分身からも相当恨まれているらしい。
「「「サテ、モテナシテヤロウ」」」
地の底から響いてくる声は、アベルたちの声であろう。女神を引きずり込んだよりも多くの巨腕が湧き出、そして乱暴にレナードを引きずり込んでいった……。
「あ゛――――――――――ッ!!?」
レナードの断末魔の叫びが溶けていくように……逃がさぬよう、冥界の門は硬く閉じられた。




