【10】魔王城でのひととき
――――これって何かの試練だろうか……?
「ほら、ティル。あーんしてくれ」
「う、うん……?シャーナ」
古代神たちとの集いのあと、料理が出来たと呼びに来た母さんとシャーナに連れられて一同食堂へと移動した。
アリスが俺の前世の妹であることを話すと、母さんは『お母さんって呼んでいいからね』と優しく微笑んでいた。シャーナも受け入れ、そして自分を犠牲にしてでも逃がそうとする優しさのある母さんだもの。
アリスが早速懐くのも無理はない。
そして魔王城の給仕たちも手伝ってくれて、食卓に料理が並べられたのだが。俺の隣はシャーナとアリスがそれぞれ座っている。因みに母さんはシルヴァンに隣においでと招かれていた。そんな矢先……。
シャーナがあーんをしてきたのである……!みんなの前で……っ!
「あら、微笑ましいわね」
レティシアは大人すぎ……!何事もないように微笑むけど……!
「羨ましいなぁ」
羨ましいの!?シルヴァン!女性にあーんをしてもらいたいって意味だよね……?
《ぼくは主からのあーんも絶賛募集中だよ……?》
何故だか俺の心の叫びを読んだのか、シルヴァンからそんな念話が送られてきた。いや、ほんとシルヴァンの趣味が分からない……っ!
【魔王を務めてはいるし、才覚もある。しかしそこに女王さまがいるならば、その足で踏まれたいタイプだな】
良く分からないたとえなんですけどアルベロさぁんっ!?
「あら、羨ましいの?ほら、シルヴァン。あーんしてっ」
「あぁ、嬉しいよ!ぼくの愛しいレベッカ!」
そしてごく普通にあーんを始めるシルヴァンと母さん。
「ほら、ティルも早くあーんされろ」
「……う、うんっ!?」
シャーナさんの圧がぁっ!アベルは何か苦笑し出してるし!
うぅ……。みんなに見られながら……だが。
はむり。
「ん……美味しい……」
「うむ……!お母さまの直伝の味付けだからな」
そっか……だからどこか、懐かしく感じるんだ。
そしてその味に舌鼓を打っていれば。
「ほら、ティル。今度は」
「え?」
シャーナからそっち……と、反対側を向かされる。アリスの方……?
「私も……お兄ちゃんにあーんするんだよ……?」
はぅあぁっ!何かかわいいんですけどぉ……っ!?
そしてアリスのことも気にかけてくれるシャーナは……いいお姉さんだな。アリスもきっと安心できるだろう。
「お兄ちゃん、あーんして」
「うん、いいよ」
アリスのフォークからぱくっと料理を口に含めば。
「アリスからはためらいなくあーんされるのか……?」
ビクッ。シャーナ!?
「まぁ、照れ恥ずかしがるところもなかなかいいからよしとしよう」
何か分からないけど及第点をもらえた……っ!?
そしてデザートのアイスが出てくれば……。
「あのね……!アリス、シャーナお姉ちゃんにもあーんしていい?」
「うむ、良いぞ」
アイスの容器片手に、異なる味をあーんし合う姉妹は……なかなか微笑ましかった。
【懐かしいな……】
ふとアルベロがそう呟く。古代にも、こんなことがあったのだろうか。
あれ……昔……?
どうしてか思い浮かぶ光景がある。
あれは前世の記憶だ。お菓子の袋と……それから隣には……。
「ティル?」
「……っ、シャーナ!?」
気が付けば、至近距離でシャーナが俺の顔を覗いていた。
「アイス、溶けるぞ……?」
は……っ!そうだった……!慌ててアイスに口をつければ、お決まりのあのキーンと言う響きに襲われたのも、何だか懐かしいな。
※※※
シルヴァンから魔王城での俺の部屋……をもらったのだが、前世の一般家庭の寝室の何倍あるんだと思われるその空間に……目眩がしそうである。
魔王城のだだっ広い風呂を借りて、そして寝室に戻れば。
一体何人寝られるんだと言う大きなベッドに……人影が2人。
「アリスは……昔は俺の布団に潜り込んで来たこともあったけど……」
大きくなればひとりで寝るようになったが……それも麗人の圧力が関係していたのだろうか……?
しかし単なる兄離れの可能性もあるとは思えど。
「アリスに加えてシャーナまで、何故」
しかも2人で本を読んでいたのか、ベッドの上に本を放り出して2人ですやすやと寝入っている。
異世界転生、召喚もので、よく主人公の両側にヒロインが寝ている……と言うシチュはあるが……仲良さげなこの2人の間に自ら入るだなんてぶしつけなことはできるはずもない。……と言うか片方……妹だし。そんなシチュを望むほど子どもでもないからな。
【前世では15歳は子どもではないのか?】
「見た目18歳にしたのアルベロだろ」
何だか前世の記憶や経験も相成って、全く15歳らしくなくなってきた気もする。
――――あれ、でも……てことはシャーナは姉さん女房か……?
【そう言う捉え方もあるが……そもそもそれ以上に俺たちは生きている】
俺が記憶を取り戻していないだけで……か。
【昔の記憶を見るか……?】
それって……アリスの……。
――――封じられた記憶。
「まぁ、もう少しだけ2人をこのまま寝かせてあげたいからね」
アルベロの誘いに、俺は静かに寝室を出て、魔王城のひとけのないバルコニーに辿り着いた。
【ここならあまりひとも来ないだろ。俺と変わっとくか?】
「どうして……?その方が記憶が見やすいとか……?」
【変わりはしないが……泣き腫らしたらアリスにその理由を問われるぞ】
それほどまでの記憶なのか……?しかしアリスに理由を問われたら……それはそれで心配させてしまうな。
「分かった」
【それじゃ、始めるか】
俺の身体の主導権がアルベロに渡り、そして肉体はアルベロの、地底種のものへと変化し行く。
そして暫くして、そのおぞましい記憶が俺の中へと降りてきた……。




