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減退的悲観的観察の非減退的法則性の立証に関して

作者: 日暮 優
掲載日:2025/10/10

諸君が私の思蹟を望みて得ようその思考の山峰にあってこそ 余人が真の理解というものは獲得せられる 概して,真なるが言状に際して人は多くの混乱と抽象のその非可避的な感動を齎されー齎す。時風から言っても少々難解的な趣が映じられるかもしれないが、それもエクリチュールとして統体的に合理的論理性の合目的的な感得の実存的な現象なのである..

手引きとしての緒を記す補助的な一考をここに残すに際して、その原則的な理解として主体として認識するはその厳密的な科学性とその日ー科学的なる個別的な真理性との峻別的なるア・プリオリ的な演繹性のロジックへのイニシャティブ.の把捉的昂進の連続への志向である..必要なのはその前提的な演繹性への深い洞察と、歴史への深い関心とである。私と真に同調するもののみに、心に把捉が可能、唯一的なその修辞性に同志への希えしその一稿の現出に、現代的な意味はともかくともこの半幻想的な展開にこそ魅了の証左を与えてほしいとも願っている..世紀にあれりし現世的な忌憚に憧憬をば重ねられない同士諸君に、ささげる次第である....


人間が思索の大部はその形式的な中小の影に覆われた暗黒的な無意識化の思惟に覆わる。人はすべての側面において人その一側面にて立脚を選択せざるを得ず、また而してそのあるいは愛的な、憎的なるが恐怖的感情によって斥力的に人を探求しようとするのである。人が求めるものはその各年齢的発育の適切なる処置的な成長の成就を経て興隆的 に進行するが、その理念的あるいは綿密不知なる自身の原理的な原動性に把捉を選ばれて自身の歴史性や性的記録などを亡念するそのいわば理性的な圧死という誇大的な悲劇が起こりうるといえる。披歴を意図するわけでは断じてないが、常識性やその形式的時代的通用性を重視してのエクリチュールというのは大抵に無味乾燥で暫時的な影響をする残念未満的なる..の影を本体未満的に現出される不完全的な映像にししゅうする勿体ぶったその方法にこそ依拠する根拠は、多分に(こそ)韜晦という難点を回避している感があるがしかれど迂回的に円周運動を繰り返しているのみなのである..故にデュオニソス的な悲劇性に関して人は半狂乱的という感情的姿態を現出する決断を自然原初的に選択することが出来ようというものである、なんとなれば.そが形式的な諸矛盾性に関して諸君が悔しさや喜びを以てして語る人間をもその狂乱は一分に組み込む、総括的な論理なのであるために.. 

分析的な伝統的な心理学はすべての遠因を過去の経験に依拠してその個別科学的な立証的明証性を担保する.しかれど人間がその統体的性質に関していかなる高名なる社会的位相にあれる人間にも再三の高説によってその性質の十全なる闡明に至りつくことは、おそらく我々の存命中には不可能の願いというものである... 法学的な序文に差し当たってはその明証性と形式性との不可分離的な結合的論理性のゆえに大いに所見を文學書生の見識からくらましてしまうという難点的な遠望が存する。がそれは性質的には綱要的な叙文を為するが尊し省察の要である二重性を考え併せて、尚もあまり来るそが範疇的性質には人は平伏を選ばざるを得ないと一考できると判断する...

現実的な愉楽に際しての人間の行動とその相互矛盾的な心相が編み出する複岐的な類相の下限鳴きに等しきその構成にあって、多くの知覚的直観的な示唆が一挙にデータベースへと送られるのである。そして人間は方法的にはその所与への知見を以てしての反省を重ねることによって層的な増しを見ることが出来る。

論理性より来る厳密性を明証の固形的な産出的帰結たる構文的論理規則へは、直截的で伝達可能的なメタ言語を介さない一時的な交通に際しての限定的な妄信は排除されざるを得なくなるであろう.. 同語反復的な命題を避けることを選択するにあたっては人のその文章は晦渋的にならざるを得ないことは必定である.

質料的形相的論議とその形式的因果的な継承性、唯名論と実念論との闘争、現代物理学に受け継がれし形相本質的なプラトニズムにあたっての文明的猛威を明らかなる現象的実存として許容するに以てして、いささかにこの鋭利的な心臓は有機的にありすぎた..人が何にもまして語りえないことをすらも語ろうとするその姿態と本源的な欲求性とを観察してみるに、実に無知から大学的な連中まで驚くに飽き足らないほどである..

時間に換算するに総じて三十分と経過していないことになるが、この小論はここにて完結を見る..すべての思惟の主体は精神であり、その支配的容態は意識である...

永遠性の不可避的証明性を永遠性の前提を為して成立し得んがゆえにその永遠性は虚構ではないか、と命題的な性質は帰結しそうな観があるが、それは虚であると言えようか。一であると同時に二でもあり、無限的でもあり質料的でさえある、超限的な観念の形像たるを俟って精神的な科学は成立し得るのである。汝の理性をこそ、愛するに値せんが唯一の価値倫理の不在的な永遠性なりし...

反省狂も行動的狂人でさえも、すべて人が未成熟に還元されようが、その本質的な多源性は種々の相に個科学的に分割されるゆえに、嘆く人間は後を絶つことはないであろうと、判断する..

ブゥゥゥゥゥゥン..........

暗号的な令条というものは、光のあれし処の人間にこそはっきりとその眼に映ずる真の像を、まさしく一致させるところの形像的本質である...

...四散せり!

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