序章ー8:古巣谷の鬼ごっこ
「ここです若様!!ここ!!ここ!!」
ルビィに連れられてやってきたのは、オリワ領の西部にある谷。
そこには何本もの岩の通路が伸びていて、谷間の天井から差す光はほんの一筋で、とっても幻想的だった。
「どうです~若様~?絶景でしょ~?」
「すっ、すっごいね・・・。ウチの巣がある谷とは大違いだ」
「若様のご住居も素晴らしいものだと思います。ですが古巣谷には少し及ばないと、私は思っております!」
「古巣谷?」
「もともとここは数百年前に栄えた若様のご先祖様のお住まいだったそうですよ。戦でだいぶボロボロになっちゃって。それで若様の何世代か前のお館様の代に今のお住まいに移されたってわけです!」
よく見ると入口のところに丸い鉄が欠けたような欠片が散らばっている。
「ねぇ、ルビィ。これってさ、なに?」
その内の一つをルビィに見せると、彼女はまじまじとそれを眺める。
「これは・・・大筒の弾が砕けたものですね。そこらへんにいっぱい散らばってますよ?」
「えっ?」
それを聞いて僕はある一つの可能性を思いついた。
「ここを攻め込んできたのって、もしかして、人族?」
「いいえ。飛竜です」
人間ちゃうんかえ!?
ってか飛竜って大筒・・・大砲扱えんの!?
「五百年くらい前、ですかね?海を越えて“耳長”がサンブロドに来たんですよ。火薬と食糧と武器、新しい教えと“岩髭”の奴隷を連れて~。彼らが武器の使い方を教えたんです。そっから大国はお金に物言わせて千年前とは全然違う戦のやり方でやりたいほうだいですっ!」
僕から受け取った砲弾の玉のかけらを谷に投げてルビィは愚痴った。
ポルトガル人が鉄砲とキリスト教を日本に広めてきたのと同じ構図か・・・。
さしずめポルトガル人が耳長・・・エルフで、岩髭はドワーフ。ポジションは黒人奴隷ってトコか・・・。
ファンタジーじゃエルフとドワーフは仲悪いイメージだけど、この世界じゃ主人と奴隷の関係なのか・・・。
この国のドワーフ奴隷の解放も、今後の課題になりそうだな・・・。
「ところで若様、ここで何をして遊ぶのです?」
気難しいことを考えてる僕の顔をルビィが覗き込んできて、ハッとした。
「あっ、うん。そうだったね。ここでやるのはズバリ・・・鬼ごっこだよ!」
「鬼ごっこ・・・ですか?」
「こういうごちゃごちゃしたところでやるとさ、なんか面白いな~って思ってさ。どう?やる?」
「いいですね!やりましょう!!」
ルビィが快く受け入れて、僕も気合いが入った。
小学生の頃、一時期近所の気の合う同級生と一緒に『マンション鬼ご』をやったものだ。「住んでる人から苦情が来たから厳禁」って学年集会でお触れが出てから結局衰退してしまったけど、今は違う。
ここにはそんな小難しいルールなんかない。
自由に思いっきり遊べる。
「じゃあ始めよっか?先どっち鬼やる?」
「あたしで!」
「いいの?」
「結構足には自信ありますよ~♪」
「おっ!強く出たね~。じゃあ十数えて。僕逃げるから」
「分かりました!」
「じゃあ、よ~い・・・スタート!!」
「い~ち、に~・・・」
こういうところではね?先に隠れるところ確保しておくのがカギなんだよ。
どんなに足が速かろうと、物陰に隠れてやり過ごしてしまえば勝ち目はなかろう!!
と、思っていると、ちょうど隠れるのにうってつけの岩陰を見つけて、僕はそこに潜んだ。
「じゅう!!」
数え終わったルビィが、僕を探し始めた。
「若様~!どこにいらっしゃいますかぁ~?」
くくっ!探してる探してる♪
岩陰から僕を探してるルビィを眺めて、僕はしめしめと思った。
このドキドキが懐かしい。
昔もエレベーターの陰とかに隠れて、よく鬼のヤツをやり過ごしていたっけ。
僕は足に自信がないから、よくこの戦法を使ってきた。
いつ見つかるのか分からないスリルも好きだったから。
あ~ドキドキするな~♪
「・・・・・・あ」
気付いたら僕は、いつもの鬱屈した気分をすっかり忘れて、完全に楽しんでることに気付いた。
なんか、いいな。この時間・・・。
なんてエモくなっていると、僕を探すルビィが鼻をくんくんとさせているのに気付いた。
え?今こっちを、向い・・・。
「見つけ、ましたよぉ~!!」
「ひゃっ、ひゃあ?!」
勝ち誇った笑顔で、四足歩行で迫ってくるルビィにギョッとして、足がもつれてしまった僕はものの二秒でタッチされた。
「えへへ~!!まずはあたしの勝ち~♪」
「おっ、お前・・・!!どっ、どうやって見つけたんや?!」
「においで。言ってませんでしたっけ?あたし鼻も利くんですよぉ~?」
ちくしょ!においか!
それは計算に入れてなかった!!
「じゃあ次は若様が鬼ですよ~!あっ。あたしみたいに十数えなくていいですからねっ!」
なるほどハンデ与えようってことか。
いいだろう。
その誘い・・・受けてたったるわ!!
「僕相手に驕ったことを後悔させたるわ~!!」
「きゃ~!!逃っげろ~♪」
こうして僕とルビィは、古巣谷で時間を忘れて、くたくたになるまで遊んだ。
おかげで久しぶりにうつ状態をきれいさっぱり忘れることができた。