2章ー29:バケットガップ海峡の戦い(肆)
顔を赤くさせ、口から荒い白い息を吐いてゲレドはクルラさんと対峙する。
明らかに怒っているけど、同時に恐れてもいる。
クルラさんの演技がバケモン過ぎて、本当にスラギア君がクルラさんに取り憑いたと、ようやく思い込んだからだ。
「キィィ・・・!!クカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ゲレドが溜めモーションに入り、雄鶏みたいな甲高い鳴き声を発しながらクルラさんに再度突進してきた。
「馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込むしか能がない鳥だのぅ」
クルラさんは全身を縮こませ、一吠えしたと思ったら、背中の電殻が小刻みに震えて周囲に白い稲妻がバチバチした。
あれって帯電モーション!?
「がっ・・・!?」
咄嗟にバックステップで回避したゲレドだったが、一瞬間に合わず数発受けてしまった。
「くっ・・・!!」
フラッとしながらも立ち上がるゲレド。
「・・・・・・体躯が大きいとここまで威力が増大するとは。老いてもなおこの力・・・。母上は素晴らしいのぅ・・・!!」
自画自賛のように聞こえるが、クルラさんは牙を『ギリッ・・・!!』と悔しそうに噛みしめながら言った。
自己肯定感があまりないスラギア君なら、きっとこう言うだろうという彼女の分析が垣間見える。
「おのれぇ!!調子に乗りおって・・・!!!」
ゲレドがもう一回突っ込んできた。
全く、懲りない奴・・・ん?
よく見ると、ゲレドの喉が大きく膨らんでいて薄皮を通して赤紫色の液が見える。
「はっ・・・!!」
クルラさんも、今までの突進とは何か違うと思ったらしく、急いで回避した。
紙一重で避けたところで、ゲレドは突進から急停止して見るからにヤバそうな赤紫色のブレスを口から吐いた。
「ちっ・・・!もう少しだったのじゃがな」
悔しがるゲレドを尻目に、ブレスが着弾した砂の地面からカニやハゼみたいな魚がいっぱい這い出てきて死んだ。
よく見ると、その全部が全身から出血していた。
まっ、まさかアレって・・・毒!!?
「その毒液・・・尋常なモノではないな!?」
ここに来てクルラさんが初めて焦った表情をした。
これは演技か、それとも本当か・・・?
「どうじゃ!?わしの『血吹き毒』の威力は!!ひとたび浴びれば自分より体躯に恵まれた竜でさえも身体の穴という穴から出血し息絶えるっ!!」
マジかよ・・・。
まさかゲレドにあんな激ヤバな隠し玉があるなんて・・・。
「わしも己にこのような力があるとは思わなんだが、これがあってこそ今の地位を手に入れることができたのじゃから感謝だなっ!!」
今の地位を、手に入れた・・・?
「貴様もしや・・・!?」
「そうじゃ!!まさかタダでシノナの将の地位を得たとは思っておらんな!?裏切っておいて何の手柄もなく落ち延びたわしを、シノナは受け入れてくれなんだ・・・。よって実力で手に入れたのだよっ!シノナの家臣と一騎打ちして、この毒で殺して
やったわっ!!土壇場になると、埋もれていた才の一つや二つ目覚めようて」
どうやらゲレドはシノナ領に逃げた後、家臣の一人とタイマンやって、あの出血毒で殺して今の地位についたらしい。
にしても、家臣殺した奴にその地位を与えるなんざ・・・。
シノナの殿様ってかなり暴君なのかもしれないな・・・。
「威力については折り紙付き。何せ試しているからな?これで貴様を地獄へと送り返してくれるわ。母親諸共・・・な」
「ぐへへへへ・・・!!」と笑うゲレドのクチバシから、赤紫色の毒液が滴り落ちる。
「・・・・・・残念な男じゃ」
「なに?」
「かような気骨を持ち得ておきながら、なぜそれを主君のために使わなんだ」
ゲレドに対して憐れみの目を向けるクルラさん。
「・・・・・・わしは悪うないっ!!あの『死肉食らい』が出しゃばった事をするのが悪いんじゃ!!」
・・・・・・は?
「地を這い腐肉を漁るしかできぬ分際で、スディアを守るべく兵を討ち取ったのがそもそもの原因!!大人しくわしの命令を聞いて、城壁を守るべく討ち死にしておればこんなことにはならなかった!!しぶとく生き残りおってからに・・・!!あのままミーノに留まっておれば責められるのは必至っ!!全部奴のせいじゃ!!!」
・・・・・・ってことは何かい?
僕から敵前逃亡したことをチクられたくなかったから、仕方なく裏切ったって?
・・・・・・ふざけんじゃねぇよ。
城壁の守りの指揮官だったお前が逃げ出して、こっちがどれだけ大変な目に遭ったと思ってるんだ。
なのに今の境遇を僕のせいにされたとあっちゃあ・・・。
もう怒り過ぎて逆に冷静になっちゃったわ。
「『口は災いの元』というぞ?ゲレド」
「何を申しておる?」
「我が志をともに友を愚弄すれば、どうなるか分かって・・・。いや。どうやらわしが手を下す必要はなくなったようじゃの」
「どういう意味じゃ?」
「来ておるからじゃ」
「何を申して・・・ひっ!?」
クルラさんのサインで、僕はゆっくりと、幕をくぐって出てきた。
ペースト状にした海藻を塗りたくって、身体中から磯臭さを出してる僕は、さながら海で死んだ竜の腐乱死体・・・。
ありがとうございます、クルラさん。
あなたが盛り上げてくれたお陰で、最高の演技が出来そうです。
海で死んだ奴の、幽霊の演技が・・・。
「そっ、そんな・・・」
怯えるゲレドに、僕は自分でも驚くくらいのおどろおどろしい声で、こう言った。
「一緒に、腐ろう・・・?」
背後で稲光が光った。




