2章ー8:カワミのお殿様
「待て!!何奴じゃ!?」
干上がった湾を歩いて巻牙城巣の門までやってきた僕たちは、案の定番兵に止められた。
中々に厳つい水竜だけど、僕も今やミーノ領の一武将・・・。
ビシッと構えんと・・・!
「ミーノ領が主君、ディブロ様の密命を受けて参りました。カワミ領の主君に、お目通り願いたく」
「地竜風情が飛竜の大国の家臣とは信じ難い!真ならそれ相応の証があるのであろうな?」
「このように、我が殿からの書状を賜っておりまする」
「っ!?そっ、そこで待たれよっ」
ディブロの書状をちらつかせると、番兵は血相を変えて城の中に入っていった。
さすがは一領主からの書状・・・。効果テキメンだな。
「其方らがミーノからの使者か?」
しばらくすると番兵は、一頭の水竜を連れて戻ってきた。
6本のトサカに垂れ下がったバルーンアート風船のようなたてがみが生えて、サーベルタイガーのような発達した牙を持った奴だった。
「某はカワミ領家老のロアードルじゃ」
家老・・・。
話が利くお偉いさんを連れてきたみたいやな。
「さぁ。こちらじゃ」
ロアードルに招待され、僕たちは巻牙城巣に入城した。
水竜の城巣はどんなものか気になってたけど、ミーノの金砂城巣とあんま変わんないように見える・・・。
強いて違うところを上げるとするなら、“閉塞感”・・・かな?
なんて言えばいいのかな?
こう・・・水中洞窟を陸に上げたような、そんな空間にいるかのように感じさせられる。ところどころにフジツボ付いてるし、カニもチョロチョロしてるし。
「満潮時には一階から三階は海に浸かる故、決して立ち入らぬように。水竜は水中でも難なく生活できるが、其方らはそうはいかんだろう?」
マジで!?
う~む。やはり水棲種族の城・・・。
水と陸は大差ないってことか・・・。
僕たちは城の上階を進み、五階、天守閣の一つ下の応接間に通された。
「すぐにお館様が参られる。分かっていると思うが、礼を失するでないぞ」
「はっ、はい!このような機会を設けて下さり、誠に感謝申し上げますっ」
釘をさしてから、ロアードルは部屋の脇に座った。
いよいよ交渉の時間だ・・・!
こっちの殿様はどうだろう?
気難しい人じゃなければいいのだけど・・・。
不安がってると、隣に座るレムアがそっと手を握ってきた。
「レムア・・・」
「わたくしもご一緒です。ご不安を分かち合いましょう?」
笑顔でそう言うレムアに、僕の心のドキドキが少し和らいだ。
やっぱりレムアは、僕にとって一番の精神的支柱だ。
「クルラの方様~!!」
え?
『方様』って、女の人?
襖が開くと、ロアードルより大きな水竜が入ってきた。
二本に枝分かれした左右の角は先が欠けていて、歩き方もヨタヨタして、マリンブルーの甲殻を持つ身体は、そのほとんどが黒ずんでいた。
「あなた方がミーノ領からの使いという地竜ですか?」
おっとりした声音だけど、結構しゃがれてる。
一体いくつなんだこの人・・・。
「はっ、はい。ミーノ領で旗本を務めておりますリオルと申します。こちらは傍付きのレムアです」
「まぁまぁ。かような幼子が旗本に任ぜられるとは・・・。乱世とは、どうにも世知辛い代物でございますねぇ」
なんか、隣町に住んでた父方のおばあちゃんを思い出させる人だな~。
「勿体なきご親切、大変痛み入ります。それであの、旦那様は?」
「旦那様?」
「クルラ様がカワミのお館様の奥方様では?」
「いいえ。わたくしは、殿の母でございます」
とっ、殿様の、お母さん・・・?
「珍しい客人や、重要なお役目を戴いた使者が訪ねる際は、わたくしが先に会うのが決まりとなっておりまして。あの子・・・殿はまだ領主になって日が浅く、かつ用心深いお方ですから」
だからって年老いたお母さんを出すなよなぁ~・・・。
いい年こいたオッサンなんだから。
「でも、あなた方の振る舞いを見て、害意はないと見えるわ」
「はっ、はぁ・・・」
クルラさんは舞台の脇にはけて、襖の隙間から覗いてるであろう殿様・・・つまり自分の息子に向かって手招きした。
大人になっても親が傍にいないと不安がる殿様が来るとなって、僕もなんだか先行きが心配になる。
話、こじれないといいなぁ~・・・。
「お館様のぉ!!おな~り~!!」
襖が開いてカワミ領の殿様が入ってきて、僕とレムアが失礼のないように急いで頭を下げた。
「しっ、使者とその傍付きよっ!ミーノよりよう参られたっ!!」
「はい!!お目通りが叶いましたことを嬉しく思い・・・え?」
頭を上げた瞬間、僕はビックリして絶句した。
目の前にいたのはなんと・・・僕とレムアを関所まで案内してくれた水竜の男の子・スラギア君だった。
「りっ、リオル・・・?レムア・・・?」
「すっ、スラギア殿・・・?」
スラギア君も相当驚いてるようで、僕たちはしばらくの間、だま~って見つめ合った。
「どうかなさいましたかリオル殿?スラギア・・・“殿”もいかがなさいましたか?」
え?
スラギア君が・・・カワミ領の・・・お殿様?




