1章ー12:うつの極致
木造の格子の扉が閉まり、『ガチャ!』っと錠前が掛けられる。
「正式な沙汰が出るまでおとなしくしておるんだぞ」
僕たちをここまで連れてきた飛竜の武将は、そう言い残すと牢屋から出て行った。
レムアはスディアの叔父さんの御骨を割った疑い。
そして僕はレムアを庇って、公衆の面前でスディアに噛み付いた罪で城巣の地下牢にブチ込まれた。
「無実の女の子を理不尽な折檻から助けたんだから本望!」・・・って、心の底から思って堂々とできればいいんだけど、あいにく僕にはそんなテンプレ主人公のような強メンタルは持ち合わせていない。
むしろその逆だ。
今の僕は・・・正直すんごく焦ってる。
領主の奥さんに反抗しちまったんだ。
めちゃくちゃ厳しいお沙汰が下ってもおかしくはない。
下手をすれば・・・切腹。
いっ、いやいや!!
仮にもオリワとミーノの友好の証だよ僕!!
そんな大事なお客様に「腹を切れ」なんて言うか!?
でっ、でももし、父が「城主の奥方に異を唱えるなど以っての他。武士としてケジメを取ってもらおう」なんて言って、両家同意の下、僕に切腹の命が飛んできたら・・・。
「・・・・・・なんでこんなことになってもうたんやろ?」
ため息を吐いた僕は、虚空を見ながら呟いた。
「申し訳ござりませぬ。リオル様。わたくしなんぞのために・・・」
さっきの独り言が丸聞こえだったらしく、レムアが僕に謝ってきた。
「べっ、別にレムアさんを責めるつもりはありませんよっ!ただちょ~っと自重して物を言えばよかったなぁ~って思っただけで・・・。あはは~・・・」
情けないカッコを見せたくなかった僕は、強がった苦笑いをレムアに見せた。
ホントは先々の心配をして、心臓バクバクなんだけど・・・。
「ご心配されなくても大丈夫でございますよ。スディアの方様は、気位は高いですが心意気を認めて下さるお方。今リオル様が獄に繋がれているこのことこそが、リオル様に下された責なのでございまするよ」
「ほっ、ホントかなぁ~・・・」
「ええ。わたくしが仰るのですから、間違いはございません」
『わたくしが』か・・・。
それはスディアと付き合いが長いって意味じゃなく、武家の娘だからって意味なんじゃないかって思う。
殿様の娘だったら、目上の人に楯突いたら、どんな罰があるかってことくらい想像しやすいと思うから。
「そっ、そっか・・・。それを聞いて安心したよ。じゃあレムアさんも、しばらくしたら出してもらえますよね、きっと!」
「いいえ。わたくしはそうはいきませんでしょう」
「え・・・?」
「わたくしは、『千切り首』に処されるでしょう」
「千切り首って・・・?」
「首を噛み千切られるのです。生きたまま」
ちょっ・・・!!
ちょっと待てよっ!!
それって・・・昔の日本でいうところの打ち首ってことじゃないかよ!?
「なっ、なんでレムアさんが・・・!?」
「奥方様の嫁入り道具である大事な御骨を割ってしまったのです。処刑されてもおかしくはありません」
「でっ、でも・・・!!ホントは無実なんでしょ!?なのに処刑されるなんて・・・!!」
「卑しい地竜の下女の言い分など、誰が信じてくれるでしょうか」
「っ!」
そんなの・・・そんなの無茶苦茶だ。
なんにもやってないのに打ち首に処されるなんて・・・。
間違ってる・・・。冗談じゃない・・・。
「そんな暗い顔をしないで下さいませ、リオル様」
「ええ・・・?」
「わたくしは嬉しゅう思っているのですよ?」
「なっ、なんで・・・?」
泣きそうになりながら聞く僕に、レムアは虚ろな微笑みを見せた。
「やっと・・・家族に詫びを入れることができるのですから」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「シノナ領との戦で死んだご両親とお兄さんのこと?」
レムアの目の色がガラっと変わった。
「どうしてそれを!?」
「ティアス様から全部聞いた。レムアさんが、僕と同じ領主の子どもで、戦で家族皆殺しにされたって・・・」
レムアは俯きながら、牙をギリギリ噛み締めた。
きっとティアスに対して、「余計なこと言いやがって」って怒ってるんだろうな。
「なんで「家族に詫びができる」なんて言ったの?」
「・・・・・・・。」
黙りこくるレムア。
「もしかして・・・「あの時自分も死んでおけば」って思ってるんじゃないでしょうね・・・?」
「・・・・・・そうでございます」
「っ!」
はっきりと言ったレムアに、僕は驚愕した。
「まさか・・・ずっとそう思いながら今まで過ごしてきたんですか・・・?」
コクリと頷くレムア。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「なんで・・・なんでそんなこと思うですか?レムアさんの家族は、レムアさんを守るために犠牲になったんですよ?家族が命懸けで守ってくれたおかげでレムアさん助かったんですよ?なんでそんな酷いこと思っちゃうんですか・・・?」
「・・・・・・何も知らないクセに、偉そうなこと言わないで下さりませんか?」
「え・・・?」
「あなたには分かりますか?戦で身内を亡くした者の心中が。「父上と兄上が敵を討ち取ってくれるから安心なさい」と、怯える“私”を母上は励ましてくれました。自分も不安でいっぱいなはずなのに・・・。だから私も、父上と兄上の無事を祈りました。ところが敵は城巣の中にまで攻め込んできて、頭上から父上と兄上の首が投げ込まれました。舌を垂らし、苦悶に満ちたあの顔を、今でも思い出そうとすると臓腑が煮えたぎり、吐き気を覚えます。私を励ましていた母上の、恐怖と絶望に満ちた顔にも・・・!!」
言葉を失った僕に、レムアはじりじりと詰め寄ってきた。
「攻め込んできた敵に、城内の者は女子供問わず次々に殺されていきました。私は母上に引かれ、有事の際に使う隠し路まで行きました。扉を閉める前、母上はこう言いました。「トダンの血を絶やしていけない。どうか健やかに」と。その言葉を残して、母上は私を逃がすまでの時間を稼ぎました。あの時の・・・扉の隙間から微かに見えた・・・母上が敵に、まるで烏にたかられる鼠のように食われる光景・・・肉と骨を喰い千切る音・・・鋭い槍のように耳に入る母上の悲鳴・・・。あなたに想像ができますかっ!?」
壁まで追い詰められた僕に向かって、レムアは泣いたまま引きつった不気味な笑顔を見せる。
「分からないでしょうねぇ!!!だってあなたは、戦なんて経験したことないのだからっ!!身内を失ったことがないのだからっ!!死地をくぐったことのないお方が、死地で身内を・・・故郷を失い、おめおめと生き永らえてしまった愚かな娘に果たして寄り添えるものでございましょうかっ!?できるのだったら教えて下さりませんかっ!!リオル様ぁ!!!」
狂気じみたレムアの笑み、そして泣き顔に、僕は恐怖を覚えて目を見開く。
僕とレムアはしばらく見つめ合い、返す言葉がない僕に、レムアは呆れて鼻で笑った後、牢の反対側にトボトボと歩いていった。
「れっ、レムアさ・・・」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「人の心に土足で入って愉しかったか?この偽善者」
首だけを向けて、レムアはそう吐き捨てた。
涙を流しながらの、枯れ果てた無表情をしながら・・・。
僕が・・・僕が甘かった。
うつになってから、僕は何度も「死んだ方が楽なんじゃないか?」って思った。
社会と将来に、期待が持てなかったからだ。
この先、生きてたって何にもいいことなんかない。
だったら今死んだって、ちっとも変わらないじゃないか?
そう、心の片隅で思ってた。
だけどそれは、『今』という現実から逃げたいだけの、浅はかな考えであると、この時身をもって、思い知らされた。
レムアが抱いていたのは、僕が持ってた希死念慮なんて、そんな甘っちょろいモノなんかじゃなかった。
心の底から、底が見えないほど深い自責の念。自殺願望を通り越しての、生に対する執着心の無さ。
レムアはずっと、僕なんかが比べ物にならないほど、うつの極致に達していたんだ・・・。
彼女の悲しみに寄り添いおうとした僕は、なんて傲慢で独善的だったんだろう・・・。
レムアの言う通り、僕は何にも分かってない、口先だけだったらいくらでも言える、ただの・・・偽善者だ。
それから僕とレムアは、同じ牢の中で、一言も交わすことはなかった。
お互いに会話がないまま時間だけが過ぎていくこと二日。
レムアに千切り首が宣告された。




