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5章ー23:オニガナシュの戦い(捌)

「お前が、シノナの・・・元領主?」


 驚きの表情を浮かべるスラギアに対し、ナルクルは自嘲じみた笑みをする。


「まぁ領主といっても、この地を治めたことなど一度もないのだがな」


「どういうことじゃ?」


 問いを投げかけるスラギアに、ナルクルは遠くを見て語り出す。


「シノナ領は肥沃な地。近場の火山からの地熱のおかげで冬には凍えず、一年を通して豊かな生態系を誇っていた。スラギア。貴様には分かるはずだ。食うに困らず、水も枯れず、年中温暖な気候の地が、何をもたらすか」


亜竜族(サーペント)による、土地の奪い合い・・・」


「そうだ。気候が豊かに保たれた土地ほど生息する竜も多く、我が物にすべくしのぎを削る。かつてのシノナ領は、腰を据えるにはうってつけの地を巡る武竜たちのるつぼだった。小生の家は、他の竜の追随を許さぬ縮地とも呼べる敏捷性で、蟲毒の地と化したシノナ領で一番力を持っていた。小生が家督を継いでから、北の寒冷の地よりベリスロがこの地を狙って移り住んできた。奴との速さ勝負は、鬼気迫るものであったが、それでいて楽しかった。まさに命懸けの児戯。いつしか我らの間に友情が芽生え、治めるのなら二人で・・・という話が持ち上がった。小生とベリスロは四足飛竜(ワイバーン)をまとめ上げ、彼らのための竜術も編み出し、無法地帯だったシノナ領をまとめ上げる後一歩のところまで行った。あの者が、現れるまで・・・」


「ピナース、か・・・」


「下流武竜の出、それも孤児(みなしご)でありながら、ピナース様は当時のシノナで一大勢力を誇っていた小生らをその身一つで沈め、あっという間にシノナ領を治めてしまった。あの尋常ならざる気迫を思い出すだけで、今でも身震いする。まるで牙と翼を持ち、火を吹く執念が襲ってきたような・・・。どのような圧政を敷いてくるかと思ったら、あまりにもバカバカしい理念を掲げおった」


「“皆が楽して昼寝ができる国を作る”。だな?」


「あの時はどっと力が抜けたよ・・・。滅殺の申し子のような力を持っておきながら、かような呑気な理想を抱いていたのだからな。将に据えられた小生とベリスロは、ピナース様の理念・・・夢とでも言えるな。それを叶えるべく、シノナ領の領土拡大に力を注いだ。全てはサンブロドを、安寧の眠りで包むため・・・」


「ふっ、ふざけたことを申すなっ!!!」


 ナルクルの独白を聞き、トゥナズは激しく憤った。


「その()()()()()とやらのために、一体どれだけの国に災禍をもたらした!?ミーノ領も、わしのガルス領も・・・!!最初に滅ぼし、貴様の友が治めていたトダン領も!!あそこでどのような惨たらしい所業が行われていたか、知らないとは言わせないぞっ!!!」


「聞き及んでおる。男どもを働かせ、女子供は肥え太らせて肉として食らったのだろう?あそこの地竜(ドレイク)の肉は、小生も口にしたことがある。ベリスロに振る舞われてな。だがそれでも、ベリスロは小生にとって、心を許せる友だった。この心臓が抉られたような喪失感と憎悪・・・これが偽りの物だったらどれほど良かったものか・・・。貴様に小生の苦しみが分かるのか!?トゥナズ!!!」


「ッッッ・・・!!」


 涙を流して声を張り上げるナルクルにトゥナズは気圧される。


「まことに戦とは・・・愚かな物だ」


「何ぃ!?」


「わしの友の受け売りじゃ。立ちはだかる数多の敵を殺し、武勲を上げ、自国をより強固、かつ豊かにすることが、乱世の常であり、正道。しかし、噛み殺した敵兵にも、介錯をした敵の大将にも、帰るべき家、待つ家族、心通わせる友が、各々にいる。戦乱には、善も悪もないのだ。あるのは正義と憎悪の押し付け合いと、潰し合い。初めに言われた時は少し掴めないでおったが今にしてはっきり言える。糞くらえだと」


 スラギアが見せた侮蔑の表情の矛先は、生まれた地以外、何一つ変わらない者同士が殺し合う、乱世そのものであった。


義父上(ちちうえ)。申し訳ないが、ここは怒りを沈め、後衛に徹してくれぬか?この者は、わしが倒す」


「何故だ?」


「知己の友を喪った者の相手は、同じく知己の友を持つ者が相応しい。娘婿の頼みですぞ。どうか後生に・・・」


 ・・・・・・・。


 ・・・・・・・。


「危うくなればすぐにでもその者を殺す。そうならぬよう、遅れは取るな」


「かたじけのう、ござる・・・」


 義父のトゥナズに深く一礼し、スラギアはナルクルと相対する。


「お主の苦しみ、このカワミ領領主にして、この国の天下を取る地竜(ドレイク)・リオルの友たるスラギアが全て受け止める。だから全力で疾くぶつかって来い!」


「面白い!!ベリスロを殺したあの赤いうつけにも、小生と同じ苦痛を味わってもらおう!!」


 スラギアの背中が青白い稲妻がほとばしり、ナルクルの目が真紅の残光を見せた。

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