1章ー7:お風呂、そしてすき焼き
ワンちゃん座りの姿勢で僕は部屋の五右衛門風呂に入っている。
深さは丁度、顎辺りが浸かるくらい。傍からみたら赤い子ワニが浮いてるように見えるだろう。
五右衛門風呂ってお尻が熱くならないように木の板を下に敷くって聞いたけど、こっちじゃやんないんだな・・・。そうやらなくても別に飛び上がるほどお尻熱くないし。きっと下半身の甲殻のおかげなんだろうな。
鼻息で波打つ湯舟を、僕はぼ~っとしながら見つめる。そして、まったりとする。
「リオル様」
竹の格子が付いた窓からレムアが呼んできたのでドキッとした。
「はっ、はい~!?」
「お湯加減いかがでしょうか?」
「うっ、うん!イイ感じ・・・ですよっ」
「かしこまりました」
急に女の子に呼ばれるとビックリすんだよな・・・。
まだそこらへんの免疫は付いてないんだな・・・。
耳をすますと微かに、外から「ふぅ~・・・!!ふぅ~・・・!!」と断続的に息を吹きかける音がする。レムアが外のかまどでお湯の温度を調節してくれてるんだ。
顎を湯舟にこすり付けて、改めて水温を確認してみる。
大体40℃くらいかな?
熱すぎず、それでいてぬるいとも思わない。
ガス給湯器がないこの世界で、こうも上手く湯加減を合わせることができるんだから、レムアの侍女としての技量の高さが窺い知れる。
にしても・・・まさかティアスにレムアとの晩ごはんをセッティングされるとは・・・。
あいつ・・・マジで僕とレムアが恋愛関係に発展するのを楽しんでる気がする・・・。
他人様の関係、特に男女の仲を「キャーキャー♡」言って面白がって見てるパパラッチタイプの女の子だ。ああいう性格の子の相手をしたことないから、どういう付き合いをしたらいいか分からない。
でも・・・なんか欲しかったな。そういう女友達。
『性別を超えた悪友』・・・って言ったらちょっと違うだろうけど、気兼ねなくフランクに接することができる女の子の友達に憧れみたいなのを持ってたのは事実だから・・・。
ティアスは確かに扱いずらい。だけど、一緒にいて悪くないし、むしろ肩の力が抜けて、気持ちも軽くなる。
人質に出された先の姫様を悪友と同じ引き出しに入れるなんて、僕もお高く留まるようになったもんだ・・・。
「リオル様」
「んあ?何?」
「わたくしそろそろティアス様の方に参りたいと思います」
「うっ、うん分かった!じゃあ僕も、キリのいいところでお風呂でますからっ!」
「一時間ほどでご夕食をお持ちしますので、それまでお待ち下さい」
「はっ、は~い!」
窓からレムアの『とてとて』と走ってく音が聞こえた。
こうして僕は、お湯がぬるいと感じるくらいまでお風呂に浸かることにした。
◇◇◇
お風呂から出た僕は、火照った身体を冷やすために、部屋の障子を開け放って横になっていた。
ちょっと・・・いや完璧にのぼせたな。
「もったいない」と思ってお湯がぬるくなるまで入ってたのが祟ったのかも・・・。
う~・・・。頭の血管がぱんぱんに脈打ってるのが伝わってくるぅ~・・・。おまけに目の前もぐるぐるしてるぅ~・・・。
「失礼いたします」
インド人が頭にツボを乗っけるのと同じ要領で、レムアが御膳を二つ、背中にしょってやってきた。
「れっ、レムアさん・・・」
こんなところを見せて余計な心配をさせないように、僕はバタついて立ち上がった。
「ご夕食をお持ちいたしまし・・・お顔が優れないようですが大丈夫でござりまするか?」
「ああ。ヘ~キ、へ~キ。ちょっとのぼせちゃっただけですから」
「左様でございますか。う~ん・・・」
レムア、なんか困った顔してんな・・・。
「どうか、なさいましたか?」
「いえ。今日のご夕食が」
「・・・・・・?ちょっと、中開けてもいいですか?」
僕はレムアが持ってきたお膳に乗っかってる小さな鍋を開けた。よく旅館とかで見る固形燃料と一緒に出て来るアレだ。
中には、見た目がすき焼きみたいな料理がぐつぐつ煮立っていた。
「これは・・・?」
「『二足牛・カウトドンの煮鍋』です。ティアス様が、「育ち盛りの男子には精のつく食べ物を出す方がいい」と仰ったので・・・」
なるほどね。
確かに牛肉は成長期の男の子には欠かせないタンパク質だもんな。
聞けば抑うつ感を治める効果も期待できるのだとか・・・。
でもなぁ~・・・。
のぼせてる身体に、こういうむぐい料理ってのは、ちょっと負担が・・・。
「もっと涼やかなお料理の方が良かったですよね。申し訳ないです」
ぺこりと頭を下げるレムアは、なんだか落ち込んでるように見えた。
まぁ、ティアスの助言に従って自分なりに栄養の付く料理をチョイスしたのに、それが裏目に出てしまったのだから、仕方のないことなんだろうけど・・・。
う~ん・・・。
「ぜっ、全然いけますよ?」
「え?」
「いっ、今は春先ですからねっ。だからレムアさん身体があったまる鍋物を作ってくれたんですよね?あっ、ありがとうございます僕のためにわざわざ・・・」
「しっ、しかし。お身体の優れないお方に肉の煮物料理を出すわけには・・・」
「いやもう全っ然気にしないで下さいっ!!僕すき焼き大好きですからっ!」
「すき、やき・・・?」
ああ、そっか。
こっちには『すき焼き』って言葉ないんだった。
「ほっ、ほら!自分の好物の物を焼いた食べ物を『好き焼き』って呼んでるんですよ僕~!!」
「はて?これは焼き料理ではございませんが」
純粋な目でツッコんでくるレムアに、僕は「あはは・・・」って苦笑いした。
「まっ、まままっ・・・!せっかくレムアさんが作ってくれたんですから、おいしくいただきますよっ。ほら。食べましょ食べましょ。冷めないうちにっ」
「はっ、はぁ・・・」
ちょっと戸惑いながらも、レムアは僕の前にお膳を置いて、横向きに僕の前に座った。
「じゃあ、いっただきま~す」
「リオル様、それは?」
「ああ、これ?食べる前にやる挨拶みたいなものですよ。こうやって手を合わせて、食材に感謝するんです。ホントは「あなたの命をくれてありがとうございます」っていう、堅苦しい意味があるんですけど、僕はもう癖みたいにやってますね」
「食材に感謝・・・。リオル様は他には見られない価値観をお持ちなのですね」
「変わり者」って言われてる気がして、ちょっと恥ずかしくなる。
まぁ、仕方ないか。こっちにはそういう習慣ないし。昔の日本にだって多分なかったかもしれないんだから。
仏教徒にはあったかもしれないけど・・・。
「でも・・・良き心だと、わたくしは思います」
「っ!」
不意に見せたレムアの初めての笑顔に、僕はドキっとした。
そして、のぼせるとは別の意味で身体が火照ってきた。
特に耳の辺りが・・・。
「いただきます」
レムアが同じように手を合わせて、いただきますすると、鍋の横に両手を添えて中に口を付けた。
箸を使わない亜竜族達は、やはりこのスタイルでご飯を食べるらしい。
僕も同じように、鍋の取っ手の辺りを両手で持って、食事を始めることにした。
レムアの初めての笑顔を拝めて、僕はちょっとホカホカした気持ちになった。
単純にこの『カウトドンの煮鍋』?があったかかっただけかもだけど・・・。