1章ー6:はじめての役立ち
ディブロとの謁見が終わった僕は、ミーノで過ごす家に通された。
『家』って言っても城の中にある離れだったんだけど・・・。
それでも結構豪華なものだった。
風呂、トイレは別なのはもちろん、庭付きで専属の庭師まで付いてたんだから。
庭師はドワーフだった。聞けば異国のエルフの商人に友好の証として贈られたんだとか。
人より小柄なイメージのあるドワーフが、地竜の身体になってみると更に小さく見えた。
一歳の子どもといっても、既に2mは超えてるんだから当然か。
とにもかくにも、夕方くらいになって僕はようやく腰を据えて休むことができた。
「はぁ~・・・。疲れたわぁ~・・・」
昨日の朝から、かれこれ一日半近く歩いて、怖い飛竜のお殿様にも会って、僕の疲労はピークに達していた。
「しかし・・・」
部屋に横たえて部屋を見回した僕は、前世で住んでたアパートを思い出す。
会社名義で借りてた群馬の物件で、広さは7帖のワンルーム。あそこも風呂トイレ別だった。
そうそうこんな感じだった。
あの頃は会社から帰ったら、風呂入ってご飯食べて、PS5でモンハンやるか、カクヨムで小説書くかの毎日だったなぁ・・・。
布団は敷きっぱなしの万年床。
退屈だったけど、それでも僕にとっては癒しで、イヤな外の世界から守ってくれるセーフティゾーンだった。
一戸建てだった実家と違って、狭い狭いと思ってたけど、実は案外気に入ってたことを今更ながらに実感した。
「ちょっとノスタルジーになってきたな・・・」
なんて浸った独り言を呟いた僕は、そろそろお風呂の時間になってることに気が付いた。
ちゃんとしたお風呂に入るなんて生まれ変わって一年ぶりだ。
オリワにいた頃は水浴びしか習慣がなかったから。
「よっこいしょ」と立ち上がって、僕は四本足で『とてとて』とお風呂場に向かった。
「やっぱり・・・な」
お風呂は昔ながらの五右衛門風呂で、『ピッ!』てやる給湯器はおろかシャワーも付いてなかった。
戦国時代だからこれぐらいが当然か。
「確か外のかまどに薪入れて、火起こしして湯を沸かすんだったか・・・」
こういう体験はやったことなかったから、ちょっとウキウキした。
なんだか田舎暮らしの体験ツアーに来たみたいで。
かまどに入れる薪を探すために僕は一旦外に出ることにした。
「えっ~と薪、薪・・・あはぁん?!」
戸を開けた僕はビックリして変な声が出た。
大きなバケツ2個を、取っ手を口にくわえることで器用に持ってるレムアが目の前に立ってたからだ。
「リオル様。どうかなさいましたか?」
向こうもビックリしたはずなのに、レムアは相変わらず抑揚のない平坦な口調だった。
「いっ、いやちょっとお風呂準備しようと思いまして・・・」
「左様でございましたか。でしたらご安心を。丁度これから、わたくしの方でご準備するところでしたので」
レムアの持ってきたバケツには、お風呂に張るための水が入っていた。
「ティアス・・・!・・・・・・姫様は?」
「「自分は後でいいから」と。リオル様のお世話を優先するよう申し付けられました」
早速仕掛けてきやがったなぁ~?
「あの。できたらどいて頂けませんか?」
「あっ!あ~そうでしたねっ。ごめんなさい」
僕が慌ててどくと、レムアはバケツの水を丁寧に風呂桶に注いだ。
「では追加の水を持って参りますので、わたくしはこれにて」
「ちょっ、ちょっと待って!それあと、何往復するんですか?」
レムアは風呂に溜まった水を覗き見た。
「あと三往復ほど」
「え?そのあとに薪を入れて、火を起こして、お湯加減も見るのですか?」
「そうでございますが?」
「それが当然」と言わんばかりに、レムアは首を傾げて答えた。
自分のために女の子があくせく働いてるってのは、なんかこう~・・・悪い気持ちがしてモヤモヤするなぁ・・・。
僕も前世でこの子と同じような立場だったから。
もっとも僕は、この子みたく上手く仕事なんかできなかったんだけど・・・。
「・・・・・・てっ、手伝いますよ?」
「はい?」
「おっ、女の子ひとりにこれはちょっと重労働でしょう?だから僕もちょっと手伝いますよ」
「お気になさらず。これがわたくしのお役目ですので」
「でっ、でも・・・」
「どうかお構いなく」
平坦だけど、どこか押しが強めにレムアは言った。
お世話を任された人に負担をかけたくないという思いか、それともただ単純に自分の仕事を取られたくないのか・・・。
前の僕だったら、ここで押し負けて、つい甘えてしまっていた。その度に、心のどっかで罪悪感みたいな気持ちがどんよりと残った。
だけど、決めたんだ。心入れ替えようって。
だったら・・・。
「ぼっ、僕が命じます!レムアさんは、火起こしと湯加減を見るようにして下さい!薪と水は僕が持って来ますっ!」
「・・・・・・分かりました」
命令とあらば流石に聞かないワケにはいかないので、レムアは僕に譲ることにした。
「井戸は横手に。薪は裏手ございますので」
「あっ、ありがとうございます!」
「どうしてリオル様が礼を申すのでござりまするか?」
「あっ、えっと・・・。とっ、とりあえず行ってきます!!」
レムアからバケツを受け取ると、僕は慌てて井戸に水を汲みに行った。
井戸の傍に滑車があって、それで水を汲み上げる仕組みになっていた。
ここでも手が使えない飛竜でも使えるよう工夫されている。
「よし。やるかっ」
ハンドルを回して、僕は水を汲み上げる作業を開始した。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「初めて女の子の役に立った・・・」
カラカラとハンドルを回しながら、僕はさっきまでの出来事を頭の中で振り返った。
命令という形にはなってしまったけれど、僕はレムアを手伝うことができた。
これもラポリとルビィが『一歩踏み出す勇気』を教えてくれたおかげだ。
二人に感謝しながら、僕は右手に着いた守り爪を優しく撫でた。
「良き物を見させてもらったぞい♪」
ハッと振り返ると、いつの間にかティアスがニコニコしながら立ってた。
「まさか、見ていたのですか?先程までの出来事を・・・」
「当然じゃ!」
「悪いお方ですね。自分の侍女の行動を覗き見るだなんて」
「その侍女が見知らぬ男の下へと向かったのじゃから、見守るのは当然じゃろ~?」
よく言うよ。自分で向かわせたのに・・・。
「で?何のご用ですか?一国の領主の息子が下働きしてる様を見に来たのですか?」
「まさか!左様な悪趣味な真似はせん。ただ一つ、伝えたい事があってのぅ~」
「伝えたいこと?」
「レムアにはお主と夕餉(夕飯)を取るように言っておる!主人と世話役、親睦を深めるようにのぅ~」
「・・・・・・は?」
「面白い話・・・じゃのうて、吉報をわらわに送ってくるがよいっ!」
ティアスはそう言って、颯爽と戻っていった。
ついハンドルから手を離してしまい、水を入れた井戸のバケツが『ボチャン!!』と底に落ちた。