1章ー4:黄色の飛竜と青色の地竜
測量の会社に勤めていた時に、僕がうつ病を発症するきっかけになった先輩から激詰めされたことがあった。
その人の仕事道具を誤って落としてしまったからだ。
「代わりにお前のスマホを貸せや。落として壊すから」と言われた、あの優しさなんて一片のカケラもない怒り心頭の眼差しを思い出そうとしただけで胃がキリキリ痛む。
だけど、僕に睨みをきかせているこの飛竜と比べると屁でもなかった。
身体中のアラームが鳴りっぱなしだ。
「コイツに比べたら僕はカスだ。絶対に逆らうな」と・・・。
金縛りにあったみたいに全身に力が入らない。
ガッチガチに固められて、服従のポーズから脱することができない。
心臓の鼓動が頭の中で反響する。『ドクン・・・!!ドクン・・・!!』と激しく。
動け、ない・・・。どう、しよ・・・。
ホントに・・・怖い・・・。
「父上っ!それが噂の地竜ですか!?」
突然活発な声が聞こえて、僕はハッと我に返ることができた。
顔を上げると、ディブロをそのまま小さくしたような子どもの飛竜が横の襖からコロコロとディブロに向かって転がってきた。
声色と、頭にかんざしを付けていることから、女の子なんだろう。
「おおティアス。お庭で遊ぶことはできなんだか?」
「だって新しく来た地竜がどんなんか見たかったんでござりまするぅ~!父上だけがお会いするなんてずるいですよぅ~!」
まるでネコのように甘えるティアスに、ディブロの先程までの威圧感はぱったりと無くなった。『ミーノの蛮君』も、娘であるお姫様の前ではただの父親、といったところらしい。
「そんなに見たかったのか?ならばよ~く見て来るがよい」
ディブロが優しい声で促すと、ティアスは「は~い!」と元気良く返事してこっちにやってきた。
「んんっ?ん~?」
「・・・・・・・。」
女の子にジロジロ見られるってのは、な~んか落ち着かないなぁ・・・。
ルビィと遊んで耐性ができたと思ったら、意外とまだまだらしい。
にしても・・・すんごく見てくんなこの子。動物園のふれあいコーナーのウサギにでもなった気分だ。
「お主・・・パッとしない見た目をしておるのぅ~」
はっ、はいい?!
「あっ、あの!恐れながら、「パッとしない」とはどういう意味で、ございましょうか・・・?」
「そうじゃのぅ~・・・。上手く言葉で言い表せぬが、強いて申せば『女子を引き寄せぬ雄』といったところじゃのぅ~。お主からは男子としての威厳がまるで感じられんっ!目は垂れ、頬も膨れておる。わらわには肥えた犬のように見えるぞ?それならそれで愛嬌はあるが、如何せん幸薄そうな振る舞いじゃ。わらわのような快活さがないっ!この機会に見習ってみてはどうじゃ!?」
胸を思いっきり張って、ティアスは僕にズバッと言った。
この子、僕が非モテだってことを見破ってんのか?
おまけに「幸薄い」だなんて・・・。
間違いない。
このティアスってお姫様・・・ルビィとは別ベクトルの『元気な子』だ。
元気だけど言いたいことは何でも言って、カミソリみたく切れ味のある言葉を放ってくる、僕にとって一番の苦手ジャンルな子・・・。
「はっはっ!我が愛し子の減らず口がまたもや繰り出されおったわっ!!」
針葉樹の葉っぱをボリボリ食べながら、ディブロは愉快に笑った。
場の空気は和んだが、僕のメンタルHPはすっかり空だ。
「しかしてこれは奇縁と呼べよう!わらわの下に地竜の幸薄がもう一頭参ったのじゃからなっ」
もう一頭?
僕以外に地竜がいるのか?
「失礼いたしまする」
「おっ!『噂をすれば影が差す』っとな。入って参れっ!」
ティアスが呼ぶと、一頭の青い地竜が部屋に入ってきた。
年齢は僕と変わらないほどで、子どもながらとても佇まいがしっかりしてる。だけど目に光がなく、なんていうか・・・とても寂しそうな眼差しをしてる。そんな女の子だった。
「今日からこの城巣で世話になるオリワの世継ぎの地竜じゃ!名前は・・・えっと何て申したかの?」
あっ。まだティアスに名前言ってなかったわ。
「もっ、申し遅れてすみませぬ。オリワ領、ルータスの息子のリオルでございます。ご容赦、下さいませ」
挨拶、これで良かったかな・・・?
「初めましてリオル様。この城巣で下女をしておりますレムアです。どうぞ、お見知り置きを」
レムアはとっても儚げで、抑揚のあまりない声で挨拶を返した。
これが僕と、レムアの最初の出会いだった。