序章ー10:乱世の常
巣に帰った僕を待っていたのは、悲しむハーリアとそれを慰めるルータスだった。
「あの・・・話、というのは・・・?」
「まぁ、こっちに来て座れ」
「はっ、はぁ・・・」
ルータスに呼ばれて僕は、彼が鎮座する藁を敷いたところまで行き、畏まって座った。
父親といえどこの領地の盟主だ。礼を以って接しなければならない。
特に今回のようなシリアスムード全開の場面においては尚更だ。
「それで、僕に話というのは何です?」
身を乗り出して聞くと、ルータスはものすごく申し訳なさそうにしながら口をつぐんだ。
そんなに深刻な話、なんだろうか・・・?
「実は・・・今日、ミーノ領の主君と会っておったのだ」
「ミーノ領・・・。あの隣国の!?」
ルータスは頷いた。
ミーノ領は僕らの棲んでるオリワ領の北に面してる、飛竜の国だ。
面積はおよそ三倍。兵力も千は下らず、国どうしでの交易も盛んに行われている、いわばサンブロドの中央南部を取り仕切ってる国だ。
そんなお偉いさんと会ってたなんて驚きだ。
「それで、何をお話に?」
「・・・・・・同盟だ」
「同盟!?」
ここで育ってる手前あんま言いたくはないが、ウチみたいな弱小国家がミーノ領みたいな大国と同盟を結べることになったら鬼に金棒じゃないか!!
でもルータスの反応があんまよろしくないってことは・・・。
「まっ、まさか断れたんですか?!」
「いや。同盟についてはミーノはこちらの申し出を受け入れてくれた」
へ?
OKしてくれたの?
てっきり断られて、戦の一つでも仕掛けられたのかと思ったわ。
はぁ~・・・ビビったぁ・・・。
「ならよかったじゃないですか!!何をそんな落ち込む必要があるのですかぁ~!」
「お前なんだっ!!」
「っ!」
悔しさを滲ませて一喝するルータスに、僕はビクっとした。
「僕が・・・どうかしたんですか?」
「我らと同盟を結ぶにあたって、ミーノの領主から条件を出された。「忠義の証として貴様らの子息を渡せ」とな」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
あ~・・・なるほど・・・ね。
ようやく話が見えたわ。
要するにあちらさんは、こっちが約束をきっちり守る証拠として、僕を人質として出してもらおうってことみたいだ。
別に驚くことはない。
日本の戦国時代じゃよくあった出来事だ。
“忠誠を担保するために家族を明け渡せ。”
それが乱世の常だ。
「まっ、まだ歳一つの幼子を、差し出せ、なんて・・・罷りなりませぬっ!!」
ハーリアが泣くのも無理もない。
だってまだ一年しか暮らしてない息子と強引に引き離されるのだから。
「俺だって納得がいくはずないだろう!!」
「じゃあどうして断って下さらなかったのです!?」
「・・・・・・国と民のため、仕方なかったのだ」
領主として100点の答えだ。
自分んとこより大きな国とくっつけば、物流が豊かになって戦になった時に後ろ盾にもなってくれる。
上に立つ者の考えとして、立派だ。
だけど家族としては・・・及第点以下だ。
「お前様は、血と肉を分けた我が子より、民のことを優先なさるおつもりですか?」
ハーリアの問いに、ルータスは沈黙で答えた。
「そうですか・・・。それがお前様の答えですか」
ハーリアはふらっと立ち上がると、数歩下がり、頸動脈辺りに爪を突き立てて向き直った。
「なっ、何を!?」
「ならばわたくし・・・死を以って抗議する所存でございますっ!!!」
自分で自分の頸動脈引き千切る気かよ?!
「愚かな真似はよせっ!!」
「我が子とともにおれぬとならば、自害した方がマシでございまする!!」
鬼気迫る表情を見せるハーリアは、掴んだ襟首を『ぶち・・・ぶち・・・』とゆっくり千切りはじめ・・・。
「はっ、母上~!!!」
僕はハーリアの脇腹に思いっきりタックルして止めた。
「りっ、リオル・・・」
「はぁ・・・!!はぁ・・・!!なっ、なにアホなことしてんねん!!あんたが死んだって何の解決にもならんやろっ!!!」
つい前世の言葉でまくし立ててしまった。
だけど一回自殺しようとした身から言わせてもらう。
目の前で人に死なれるんは・・・ものすっごく気ぃ悪い!!!
「あっ、あなたをこの手で抱けぬ今世に・・・何の希望があるというので、ございましょうか・・・」
「泣きたいのはよぉ分かる!!親やったらそんなの当たり前や!!やけどなぁ・・・子どものこと思うんやったら、帰ってくる場所がいなくなったらあかんやろっ!!!」
「帰ってくる、場所・・・?」
僕は呆然とするルータスと、泣き腫らすハーリアの前に『どんっ!』と躍り出た。
「そりゃ僕だってまだ納得してないですよ?大人の決めた勝手な都合なんて・・・。今日だって・・・やっとイイ感じになった友達ができたのに・・・。めっちゃくちゃ惜しいですよ?せっかく仲良くなれそうだったのに・・・。だけどその子と、その子のお母さんのおかげで学んだんですよ。一歩出すのが大切だって。怖くても、不安でも、ほんのちょっとの勇気の一歩を出すのがすんごく大切だって。だってそうしなきゃなんにも始まりませんから。だから僕は、すごく怖くて不安な一歩を、ミーノに出します」
僕を釘付けになって見ているルータスとハーリアの前で、僕は深呼吸した。
「向こうでいっぱい知って、経験して、そんで持ち帰ったもので、このオリワをサンベルグ一の国にしてみますよ!!」
「リオル・・・」
真っ赤になった目で見つめるハーリアに、僕は視線を移した。
「母上。僕いつか言いましたよね?「天下太平の世を作る」って。アレ、全っ然諦めてませんから!!僕絶対に・・・絶対にこのサンベルグを統一してみせますよっ!!!父上と母上には、その瞬間を、是非とも見届けてもらいたい!」
聞き入っていたルータスが、僕の方に近づいてきた。
「つまりお前は、『天下竜』を目指すと申しておるのか?」
「・・・・・・はい!」
ルータスの口元が綻び、熱い眼差しで僕の肩を『がしっ』と掴んだ。
「ではミーノに赴くのがお前の門出と捉えてよいな!?良いだろう!たくさんの知見を持ち帰ってしんぜよ!!」
檄を飛ばすルータスに、僕は力強く頷いた。
ハーリアはまだ泣いていたけど、目をつむって息子の門出の無事を信じる姿勢を見せた。
こうして事なきを得て、僕のミーノ領行きが正式に決まったのだった。