序章ー9:一歩踏み出して
「いや~すっかり日も暮れてしまいましたねぇ~」
「ルビィったら、すんごい元気あるね。おかげで十回もしちゃったよ鬼ごっこ」
もう夕暮れになったので、僕とルビィは古巣谷を後にして帰路についていた。
あんな入り組んだところで十回連続で鬼ごっこしちゃったから、もうへとへと・・・。
僕に比べてルビィはまだ遊び足りないといったご様子。
子どもの体力は底知れない。僕もこっちじゃ子どもだけど・・・。
精神年齢がホントは28だから引っ張られてんのか?
「わ~か~さ~まっ!」
「わっ・・・?!」
また尻尾を『かぷっ』ってされた。
すっかりルビィの定番になっちゃったよこれ・・・。
「またお考え事ですか?」
「そんなんじゃないよ。ルビィは元気だなって思ってさ」
「何言ってんですか~!若様だって遊んでる時元気いっぱいでしたよ?」
「そっ、そうかな・・・?」
「そうですよぅ~。あ~これでお母さんの心配ごとが一つ減るなっ」
「心配ごと?ラポリが?」
僕が聞くと、ルビィは俯き加減で地面の石を歩きながら蹴飛ばし始めた。
「ずっと心配してたんですよ?お母さん・・・。「若様がずっと引きこもってて、まるで外に出るのをひどく怖がってるみたいだ」って」
「・・・・・・。」
僕はそれを知って、立ち止まった。
「怖がってる、か・・・」
「若様?」
「ラポリの心配は当たってたよ。僕さ、ずっと外に出るのが怖かったんだよね。周りの人・・・ここの民がさ、僕のことをどう思ってるかすんごく怖くってさ。なんっていうか・・・視線がさ。どんな風に思われてるか知るのが怖くて怖くてたまんなくって・・・イヤな勘ぐりが頭の中をぐるぐる回ってて・・・一歩踏み出すのが怖かったんだよね・・・」
うつになってから、僕は自己肯定感がものすごく低くなった。そのせいで、マイナスなことばかり考えるようになってしまった。
「職場の人間は全員僕のこと疎ましく思ってる」だの「家族は僕より兄ちゃんを大切にしてるに決まってる」だの。
だから「どうせこの人もすぐ僕のこと嫌う。だったら近づかない方がいい」、「外に出たっていいことなんか一つもない。絶対人様に迷惑をかける」って勝手に勘違いして、閉じこもって・・・。
要するに・・・人の目がすごく怖かったんだ。
「若様・・・」
「って、何話してんだろ。ごめん気にしないで。ルビィに聞かせる話じゃなかった」
僕が謝ると、ルビィは何か言いたげに口元をもごもごさせる。
「ルビィ?」
「若様、本当は私・・・若様とお会いするのがすごくすご~く、怖かったんです」
「え?」
「だっていずれはこのオリワ領を治めるお方ですよ。どんな気難しい性格をしてるかどうか分からないじゃないですかぁ。お会いになった初めの頃は、とにかく元気を取り繕うのに必死で必死で・・・」
ルビィがそんな気持ちだったなんて全く想像してなかった。
いや。むしろ自分たちの主君の息子の遊び相手をするのだから当然の心配か。
「それで、僕、どうだった・・・?」
心臓が激しく鼓動を打つ。
知りたい。だけど知りたくない。
そんな矛盾した感情がドロドロに混ざった、なんとももどかしい感情・・・。
僕の問いに、ルビィは「くすっ」と笑って、答えた。
「あたしとちっとも変わらない子どもっ!ちょっとなよってしてますけど?おかげで心配なんてどっか飛んでっちゃいましたっ!」
「・・・・・・なよっとしてるは、余計だわ」
「えへへ♪すいませ~ん♪」
はにかむ僕に、ルビィも笑顔で応えて見せた。
そうこう歩いてる内に町の入口が見えてきて、ルビィとはここで別れることになった。
「ここでいいの?」
「お母さんに夕ご飯の買い出し頼まれてますんでっ!」
「そう」
町に残るルビィと別れて、巣に戻ろうとした時に「若様っ」って呼び止められた。
「なに?」
「また明日も遊びましょうねっ!」
「・・・・・・うん」
別れ際のルビィの満面の笑みが可愛かったので、僕の顔が火照る。
そっから僕は、巣に帰るまで今日あったことを上の空になって考えながら帰った。
一歩を踏み出すのは怖いことだ。
僕はこれからも、それを否定することはないだろう。
だけどほんの一歩、ほんの小さな一歩を踏み出すだけで物事が明るい方向に転がることだってある。
結局は、ふたを開けてみないと分からないんだ。
今日僕は、それに気付いた。
気付かせてくれたラポリとルビィの親子に感謝しなきゃな。
僕のこの独白が、僕と同じ境遇の誰かに届いてくれたらいいな。
もし届いたのなら、僕は付け加えて言いたい。
「怖がっても全然いい。ほんのちょっと外に出てみない?気軽にさ」ってさ・・・。
なんてキザっぽいことを考えてながら、僕は谷間を抜けて、巣に帰ってきた。
「ただいま戻りました。母、上・・・?」
巣に帰ると、ハーリアが泣いておりそれをルータスが慰めていた。
「お前の気持ちは分かる。しかしてこれは、仕方のないことなのだ」
「こっ、こんなの・・・ぐすっ・・・あんまりです・・・」
ただならない雰囲気を感じ取って、僕はその場から動くことができなかった。
しばらく突っ立っていると、ルータスが僕に気付いて、神妙な表情を見せてくる。
「リオル・・・」
「父上。一体、どうなされたのですか?」
「・・・・・・お前のことで、大事な話がある」