【第8話】牙を剥く策略
あれほど自信満々だった橘圭吾が、最近やけに静かだ。
表向きはいつも通りのスーツ姿で白鷺鉄工に現れるものの、顔色は冴えず、スマートフォンを手に何度も眉をしかめる。
ちらりと覗き見たその画面には、ニュース速報の文字が踊っていた。
「大手コンサル系グループ、子会社で粉飾の疑い――」
「関連企業に調査のメス、株価は連日ストップ安」
わたくしは、思わず息を呑んだ。
圭吾の勤務先だ。
それも、圭吾が鼻高々に語っていた『実績』のいくつかが、まさにその子会社に関わるものだったと記憶している。
偶然……なのだろうか。
数日前まで、圭吾は余裕綽々だった。
わたくしに結婚を迫り、会社を手中に収めると笑っていた。
それが今では、背中に焦燥を滲ませ、電話口で誰かに向かって怒鳴っている。
「……だから! 一時的な下落じゃないって言ってるだろ!」
声が応接室まで響いてくる。
あの高飛車な男が、必死に誰かへ弁解する姿は、皮肉なほどに滑稽だった。
(けれど……どうして?)
思考の奥で、疑問が渦を巻く。
圭吾ほどの男が、ここまで急速に追い詰められるとは思えなかった。
彼は確かに傲慢で、気に入らない相手には容赦ない。けれど、狡猾さと打算には長けていたはずだ。
たとえ不祥事があったとしても、株の暴落が続いたとしても……これほど一気に事態が悪化するものだろうか。
「……何か、裏で起きてる?」
わたくしは無意識にそう呟いていた。
直後、応接室の扉が静かに開く。
控えていた執事服姿の如月直人が、深々と頭を下げて現れた。
「麗奈様、お飲み物を」
「あ、ありがとう……」
トレーの上には、わたくしの好みを正確に把握した紅茶と甘味。
いつも通りの振る舞い。冷静で、静かで、礼儀正しい。
けれど、わたくしは気づいてしまった。
直人の左手には、わずかにスマートフォンの画面が覗いていた。
そこに映るのは、株式市場のリアルタイムチャートと、何やら専門的な数式。
「……直人、最近ずっと何か調べてる?」
問いかけると、彼は一瞬だけ目を伏せて、それから微笑んだ。
「ええ、少しばかり情報収集を」
それだけを言い残し、直人は再び静かに退室した。
わたくしは彼の背中を、しばらく見送った。
(まさか、とは思うけど……)
圭吾の転落と、直人の動き。
それが無関係だとは、どうしても思えない。
ただ、直人は決してそれを口にはしない。
だからこそ、なおさら確信してしまう。
……彼が本気になったのだ、と。
如月グループ。日本四大財閥の一つであり、如月直人の実家。
その力を使って、株で成功している橘圭吾を手玉に取る。
「怖い人ね、あなたは。そして、如月グループは……」
わたくしは、そう呟いて紅茶に口をつけた。
柔らかな香りの奥に、わずかな苦味が滲んでいた。