【第3話】掃除、リフォーム、そして乙女心
「……とりあえず、掃除させてもらうね。気になって仕方ない」
直人はそう言うと、いつのまにかエプロンを取り出して装着していた。
「持参……!? まさか、予想していたの!?」
「いや、なんとなく、予感がして」
「何その洞察力!?」
「まあまあ。まずは、ゴミの分別から始めようか。可燃、不燃、資源、そして……」
わたくしは、焦りながら叫ぶ!
「そ、それは“聖域”ですわ! わたくしの魂が込められた推しグッズたちを、ゴミと同列にしないでくださいませ!!」
「了解です。じゃあ“魂ゾーン”として、手をつけません」
「そのネーミングセンスどうなのよ……!」
ワタワタと混乱する、わたくしをよそに、彼は慣れた手つきで、袋を分け始めた。
◇◇◇
動きに無駄がなく、そしてなにより……とても、楽しそうだった。
「……やっぱり、ドン引きよね?」
思わず、ぽつりと呟く。
すると彼は、手を止めて、にっこりと微笑んだ。
「いや、逆に燃える。掃除しがいがあるし、麗奈さんの“裏側”を知れて、むしろ嬉しいくらい」
……この人、本当に庶民なのかしら。
それとも、わたくしが今まで関わってきた“上流男子”が、薄っぺらかっただけ?
たった一人の庶民男子が、誰よりも頼もしく見えてしまうのは……なぜ?
その答えは、まだ知らない。けれど今は。
「……すごいわ」
わたくしは、しばし呆然と立ち尽くしていた。
ついこのあいだまで“カオス領域”だったこの部屋が、たった数時間で……“住まい”に進化している。
可燃・不燃・資源ごみ、そして“魂ゾーン”に分けられた袋は、すでに玄関先に整然と積まれていて。
床が見える。窓から光が入る。空気が、澄んでいる。
「麗奈さん、そろそろ棚の位置、決めちゃっていい?」
「えっ……あ、はい、お願いしますわ」
彼……如月直人くんは、汗だくになりながらも生き生きと動いている。
家具の配置替えはもちろん、ぐらついていた机の脚を直し、空いていた壁に突っ張り棚を設置し、さらには……
「はい、“推しフィギュア棚”、完成!」
彼が指さしたのは、まばゆく輝くアクリル三段ディスプレイ棚。
わたくしの愛しき“魔界執事ヴァルフォル”が、堂々と整列していた。
限定ver.も含め、これまで箱のまま積んでいた、あの子たちが……陽の光を浴びている!
「わ、わたくし……」
涙が、こぼれそうだった。
「こんな……こんなに推しを大事に飾ったの、初めてでしてよ……!」
「喜んでもらえたなら、よかったです」
彼は、工具を脇に置いて、にこっと笑う。
「まるで……まるで本物の執事みたいね、あなた」
思わず、口をついて出た言葉に、自分で赤面する。
「……し、執事って言っても、わたくしの家にはそういう文化はなかったのだけれど。でも、なんというか……“理想の執事”像、今ここにって感じでしてよ」
けれど、わたくしの言葉を聞いて、彼はニッコリと笑って言うの。
「ははっ、それは光栄です。お嬢様」
何気なく交わす言葉。それだけなのに、どうしてこんなに心が揺れるのかしら。
彼はわたくしの“ゴミ”と向き合い、“趣味”を否定せず、“居場所”を整えてくれた。
そんな人、今までいなかった。
「こんなに……私のために動いてくれる人、初めてよ」
ぽつりとこぼしたその言葉に、彼は少し驚いたような顔をしたあと、照れくさそうに頬をかいた。
「いや、別に……俺、好きな子のためならこれくらい普通なんで」
好きな子。
そう言ったのよね、この人。前に。真っ直ぐな目で。
わたくしは最初、驚いて、それから「試してやろう」と思って、“執事”として雇って……
でも今は、どうだろう?
ふとした瞬間、彼が作業で汚れた指を気にして、シャツの裾で拭おうとした。
「あっ、それはダメですわ! シャツが汚れます!」
とっさに、わたくしは彼の手を取っていた。
……その指先に、ぬくもりがあった。
わたくしの掌の中で、彼の手が少しだけぴくりと動く。
「……素敵ね」
無意識に、そう呟いていた。
彼の手も、背中も、声も……ぜんぶ、まっすぐで、飾らなくて。
わたくしとは、正反対の庶民なのに。なぜか、触れてしまうと、心が安らぐ。
「えっ……い、今なんて?」
「な、なんでもなくてよッ! 手が汚れてたから、ちょっと取っただけですわッ!」
わたくしは慌てて手を離し、くるりと背を向けた。
顔が、きっととんでもないくらい真っ赤になっている。自覚はある。
彼は「そっか」とだけ言って、また作業に戻ったけれど……わたくしの心だけは、もう、いつもの場所には戻れなかった。
これは単なる“執事ごっこ”ではない。
これはたぶん、何かが始まってしまったのだ。
わたくしの中で、“恋”という名のカオスが。




