【第2話】ゴミ屋敷の姫、執事を迎える
「……では、こちらがリビングでございますわ」
白鷺麗奈は、精一杯の気品をまとって言った。
だがその背後には、積み上がった漫画タワー。ソファの上には毛玉のついたブランケットと、空のポテトチップスの袋。そしてテーブルには、紅茶セットの傍らでホコリをかぶるアクリルスタンドたち。
如月直人は、ひと呼吸おいてから、何かを悟ったように頷いた。
「……あのさ。これって、全部“趣味”ってやつ?」
「ええ、わたくしの大切な世界ですわ!」
堂々と答えるしかない。開き直りこそ最善の防御。
「そっか。……っていうか、アニメグッズ、多すぎじゃない?」
「それを言ったら負けですのよ、如月くん」
麗奈は横目で彼を見た。
直人は、好奇心を隠せない顔で部屋を見回している。
目に留まったのは、壁一面を占拠する本棚。マンガ、ラノベ、攻略本に至るまでがずらりと並び、巻数順に整列している……ようで、途中から明らかに諦めたような配置になっていた。
「えっと、これ、途中で整理飽きた?」
「そこまで察するの、やめていただけないかしら」
「いや、普通にすごい量だし……って、あ、このシリーズ俺も読んでる!」
その言葉に、わたくしは親近感を覚える。
「あら、意外ですわね。あなたも“同志”でしたの?」
「同志って……いやまあ、少しだけ……高校の時にハマってた」
どこか気恥ずかしそうに言う彼の横顔に、麗奈は思わず口元を緩める。
庶民男子・如月直人。地味で素朴で、でも嫌味がなく、変に距離をとらない。最初は「試すため」に家へ呼んだのだけれど、今では単純に、彼と話すのが楽しくなっていた。
「ちなみに……これって、推しカプで分類されてる?」
「……なんでわかるの?」
「いや、ラベルが見えてる。『責・受』って書いてある。ていうか、色分けされてるよねこれ」
「そこまで見るなぁあああっ!」
悲鳴を上げる麗奈に、直人はくすりと笑った。まるで猫をからかうみたいに。
「ごめんごめん。でも、なんか……好きなものに囲まれてるって、いいと思うよ」
不意にまっすぐな言葉を投げられて、麗奈は戸惑った。
「え?」
「いや、俺は結構“他人に見せられない部屋”になっちゃってて、だからこうしてちゃんと“好き”を形にしてるの、素直に羨ましいっていうか」
「……好き、ですからね」
不意に出たその声は、自分でも驚くほど、少しだけ素直な響きだった。
◇◇◇
「で、次はキッチン?」
「……あまり、期待しないでいただきたいですわ」
扉を開けると、まず目に入ったのは、山のように積まれた空き容器と、出しっぱなしのフライパン。
冷蔵庫には手書きのメモ。「牛乳の賞味期限・昨日」「卵の消費期限・先週」。
直人は腕を組みながら、神妙な顔をしていた。
「これは……うん、片付けが苦手とか、そういうレベルじゃないな」
「申し開きもございませんわ」
「ていうか、火は使ってる? 電子レンジしか稼働してない気がする」
「調理という行為には、気力と手間と……洗い物という試練がございますのよ……!」
麗奈の力説に、直人は無言でシンクを覗き、ため息をついた。
◇◇◇
「本当に、来てもらって、よかったのかしら……」
ふと、ぽつりと漏れた本音に、直人は笑いながら答えた。
「うん。俺は、今日で“完璧令嬢”より、こっちの白鷺さんのほうが好きになったかも」
「っ……!」
またしても唐突な直球に、麗奈は反応できない。
ただ、視線の端で見えたのは、自分の部屋の中で、慣れた手つきで皿を洗い、棚を拭き、時々アクリルスタンドの角度を直している、如月直人の姿。
……この人、意外と“馴染んでいる”のかもしれない。