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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第93話 九条先輩の胸の内 後編

 すっかり日が暮れて、公園の明かりが九条先輩をやさしく照らしていた。色白の彼女の肌は、さらに血の気が引いたように見える。


 ――「雪代さんのこと……って言えば分かるかしら」


 先輩がそう口にしたときから、ずっと気になっていた。その続きを、ちゃんと聞きたかった。


「羽依が……女の先輩に『先生が呼んでる』って言われて。行ってみたら男の先輩が待ってて、いきなり告白されたって……。あのときの女の先輩が、九条先輩だったらしいって」


 俺がそう告げる間、九条先輩はうつむいたまま黙って話を聞いていた。やがて、重たげに口を開く。


「結果から言えば嵌めたのは事実で、想像以上に大事になってしまったの。軽い人同士お似合いなんじゃないか、なんて軽率に考えてた。それが雪代さんに暴行紛いな真似をして、更に結城さんにまで手を出すなんて……そんな馬鹿な真似するなんて思いもしなかった……」


 呟きは消え入りそうだった。後悔しているようには見えたが、それでも俺は、さらに聞かずにはいられなかった。


「――どうして羽依を嵌めようとしたんですか?」


「蒼真くんと仲良くしてるのを何度も見たから」


「……え?」


 確かに付き合う前から羽依とは良く話してたし傍目から見たら仲は良かったと見られるかもしれない。ただ、嵌める理由としては弱すぎるだろう。


 九条先輩は静かに話を続ける。


「蒼真くんがこの高校に入学してからずっと見てた。久しぶりに見た貴方は随分痩せたように見えたわ」


 受験勉強で無理した結果だ……。良く見てるんだなって思った。


「同じ学校になれて嬉しかったな。……声をかけるきっかけが欲しかったけど勇気が無かった」


 九条先輩はそう言った後、唇を噛み締めていた。痛々しく、悔いてるようにも見える。


「手を拱いてるうちに……雪代さんと仲良く下校してるのを見たわ。誰にでもやらせる軽い女。そんな噂を鵜呑みにして、疑いもしなかった……心底、軽蔑してた。蒼真くんに近づかないで欲しかった……」


 先輩から聞く羽依の噂話は、俺が聞いていたよりさらに酷いものだった。胃がキリキリする。こみ上げる嘔吐感。羽依はこんな噂に翻弄されてきたのか……


「でも、それが全部、悪意ある嘘だって知って……ホント、馬鹿だった……。取り返しの……つかないことを……して……」


 言葉は最後まで紡げず、深い自責の念に駆られ、肩を震わせながら涙を流す九条先輩。その壊れそうな様を俺はただ黙って見つめていた。


 先輩の俺への想いと羽依への仕打ち。色んな思いが綯交ぜになり、複雑すぎる。


 でも、悪意があったかと言えば、悪いのは手を出した男であって、先輩はそのきっかけにすぎなかった。


「羽依は怖い思いはしたけど……無事だったし、あれがきっかけで付き合うことにもなりました。だから、もう……そんなに自分を責めないでください」


 俺の言葉に九条先輩は少しずつ呼吸を整えていく。やや落ち着きを取り戻し、俺の方を向いた。

 その表情は儚げで、公園の明かりに照らされた涙は、淡く光るガラス細工のようだった。

 泣いた理由が違えばもっと素直に綺麗だなって思えただろうけど。


「そうらしいわね。――ホント世の中って上手くいかないわ。私が貴方に一方的に想っていた事も、さすがの私でももう無理って事ぐらいは理解できてたつもりだった。でも」


 不意に九条先輩が俺の眼の前に近づいた。


「夏祭りで君に会ったとき、結城さんと一緒にいるのを見て……頭が真っ白になった……ああ、もう駄目だって思ったの。全部、壊してしまいたかった……!」


 九条先輩の目は、あのとき俺が恐怖を感じたときと同じ――冷たくて、どこか壊れていた。


「何で? 雪代さんと一緒ならまだ理解できる。なんで? ねえどうして? よりによって、なんであの女と一緒にいたの?」


 途端に豹変した九条先輩に思わず後ずさる。


 ……でも、逃げちゃいけない。これは、俺がちゃんと向き合うべきことだ。


「真桜は俺の親友です。恋人は羽依だけですよ」


「いいえ! そうは見えなかった! あの女が貴方を見る目は間違いなく……」


「先輩」


 静かに声をかけたつもりが、思いのほか大きな声になっていた。九条先輩はビクっとしてそのまま押し黙ってしまった。


 辺りが静寂に包まれる。周囲には誰もいない。

 暫くの間、お互い牽制するかのように見つめ合っていた。


「ごめんなさい……。取り乱しちゃったわね。ホント恥ずかしい……」


「いえ、誤解されても仕方ないです。俺もなんて説明していいかわからないんです。その、納得出来ないとは思いますけど……」


 黙って首を振る九条先輩。少し呼吸を整え、やや落ち着いたように見えた。


「納得とかって私に言うのも変よね。貴方達の関係に口出しする権利なんて全く無いのに。蒼真くんは優しいのね。」


「……そんな事ないですよ」


「それに比べて私はホント駄目。――未熟なの。いつも失敗してる。感情も抑えられないし、自分がどう思われてるか常に気にしちゃってる」


 自虐的に呟く九条先輩。でも毒気が抜けたようにも見えた。


「でも、先輩のこと、少しだけ分かった気がします。ちゃんと話してよかったです」


 俺の言葉が幾らかの癒やしになったのか、先輩の表情は少しずつ晴れやかになっていった。


「うん、色々話してすっきりしたわ。雪代さんと結城さんにも謝らないといけないけど、私はそこまで素直になれない。特に結城さんには中学の時の確執があるわ」


 俺の知らない頃の話だ。真桜と九条先輩の間に何があったのかはそのうち聞くこともあるかもしれない。


 すっかり穏やかな表情になった九条先輩。色々気にして抱えていたんだと思うと、少なからず同情してしまうな。


「結城さんの応援するんでしょ。生徒会選挙」


「はい。九条先輩とはライバルですね」


 くすっと笑う彼女は、どこか今までと違って見えた。


「結城さんとは嫌だけど、貴方なら良いわ。お互い正々堂々戦いましょうね」


「はい。今日は先輩と話が出来てよかったです。いろんなもやもやが吹っ切れました」


 俺と九条先輩は握手を交わす。先輩は俺より背が高いけれど、その手は意外なほど華奢だった。白くてすべすべで、思わず鼓動が跳ね上がる。


「……触り方がやらしいわよ」


「うぇ! す、すみません!」


 くすくすっと笑う九条先輩。


「でもこれで私の前カレよりも先に進んだわね」


「ああ、手すら握らせなかったんですものね。可哀想に。九条先輩の手を味わえないまま別れるなんて」


「ぷっ、あははは、なにそれ、あははははは」


 九条先輩は吹き出して笑った。

 俺も、もうすっかり彼女への恐怖心は消えていた。


「じゃあそろそろ帰ります。先輩、暗くなったから気を付けてくださいね」


「迎えが来てるから大丈夫よ。乗せていこうか?」


 さすがはお金持ちのお嬢様。でもそれには甘えられないな。


「大丈夫っす。トレーニングも兼ねてるんで走って帰ります」


「あ、まって。――その、また、LINE送っても、良いかな」


 そう言ってスマホを口に当てて覗き見る九条先輩。その仕草は反則過ぎるだろう。断れるはずもない。


「はい、またクロちゃんの写真楽しみにしてますね! では!」


「またね、蒼真くん」


 さあバイトが待ってる。急いで帰ろう。

 羽依にも色々聞かせてあげないとな。

 空はすっかり夜の帳に包まれていたけれど、俺の心は不思議と明るく澄んでいた。

 



 ――――――


「お嬢様、足元にお気をつけてお乗りください」


「ありがとう、黒川」


 帰りの車内で、さっきまでの会話を反芻する。

 蒼真くんと近づけたようで遠くなったような、そんな感覚。

 迂闊に近づいたせいで想いがさらに深化してしまったかもしれない。

 

「さきほどの少年が、藤崎コーポレーションの御子息ですか」


「……そうよ」


「お可哀想に……お嬢様のお父上――社長も酷いことをなされる」


「……。」


 私はきっと、恨まれる。

 それでも――最後のチャンスになるかもしれない。

 そんなふうに考えてしまう自分が、浅ましくて仕方なかった。


 蒼真くん。頑張ってね……。



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