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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第88話 伝わった想い、始まる覚悟

 土曜日の朝、夜ふかしをしたわりに快適な目覚めだった。


 食卓には俺と羽依、美咲さん、そして泊まり組のりっちゃん――すっかり打ち解けた四人で囲む朝食だった。


「今日の朝食はおじやです。二人とも二日酔いは大丈夫?」


「ありがと蒼真、私は大丈夫だよ。この後仕入れもあるからね。途中からセーブしてたよ」


 その言葉を聞いたりっちゃんが固まってた。


「うそ、あのペースでセーブしてたんだ。私はちょっと残っちゃってるなあ。美咲さんには叶わない事がよくわかりました……」


「だからお母さんはエンドレスなんだよ~。分かってくれたようで何よりです」


 謎に満足げな羽依の表情に少し笑ってしまった。

 今朝からずっとご機嫌な彼女。何か吹っ切れた感じだった。昨日いっぱい遊んで語り合ったのが良かったなら嬉しいな。


「蒼真くんと羽依ちゃんってホント仲良しなんだね。お互い通じ合ってる感じが伝わってくるよ~」


「昨日の晩にいいことでもあったんじゃないのかい? 蒼真の寝相がついに一線を越えたとか!」


 けらけらと笑う美咲さんにびくっとした。そういや寝相の事はなにも言ってないぞ?


「羽依、俺の寝相は……今回大丈夫だったみたいだね?」


「ううん、全然? 相変わらずの激しさだったよ。求められるって幸せだよね~」


 なんかうっとりとしてる羽依。今回は何をやったのやら……。怖くて聞けなかった。



「じゃあ月曜日からよろしくお願いします! ありがとうございました!」


 そう言ってりっちゃんは元気よく帰宅した。とても理想的な助っ人が入ってきて一安心だ。


 羽依と美咲さんは仕入れに向かった。俺はアパートに戻り、軽く勉強を済ませる。スワロー号があれば真桜の家まではあっという間だ。時間に余裕もできた。


 夏が過ぎようとしているが、今日もしっかり暑い。照りつける日差しの中、汗をかきながら自転車を漕いでいく。肌を抜ける風は心地よく、徒歩よりもよっぽど快適に道場へ到着した。


 ドアホンを鳴らすと真桜がでてきたが、その表情はとても柔らかく、まるで待ちわびた恋人がやってきたかのようだった。


「蒼真、待ってたわ。さあ入って」


 居間に通された俺は、いつもと違う雰囲気になんとなく気圧されて正座でかしこまる。

 なぜか真桜も同じように俺の正面に正座でかしこまった。

 なんだろう、妙な緊張感が漂う。


「蒼真、文化祭実行委員の副委員長に私を推してくれたんですってね。三年の飯野さんから聞いたわ」


「あ……。うん、ごめん。余計なことしちゃったかな」


 俺の言葉に、真桜は感極まったような表情で俺の手を取る。


「違うの、嬉しかったの! ありがとう蒼真。私のために深々と頭を下げてお願いしたって聞いたの」

 

 どう思われるかは正直分からなかった。余計なことをした気もしていてモヤモヤしていた。真桜の反応を見る限り、そんな風には思わないでくれたようだった。


「真桜がそんな風に言ってくれるのはちょっと驚いたよ」


「あらそうなの? 『余計なことしないで。私は一人で戦えるわ』とでも言いそう?」


「あー、うん。今思えば、そんな事なかったか……。5月ぐらいなら、まだそういう風に思ってたかも」


 くすっと微笑む真桜。おもむろにぎゅっと俺を抱きしめる。その感触は俺の心臓を壊すほどに跳ねさせた。


「貴方はもう十分に私を理解してくれているのね。嬉しい。私一人で戦うんじゃないって思えて、本当に心強かった。飯野さんも私のことを気に入ってくれて、是非、副委員長にっておっしゃってくれたわ。蒼真のおかげで生徒会長になる道筋が私にも見えた気がしたわ」


 嬉しそうに俺を見つめる真桜。その勢いに、口唇までうばわれてしまうんじゃないかと一瞬ドキッとしたが、さすがにそんな事はしない。

 もしそんなことをするとしたら、きっと羽依の前でだと思う。

 それも宣戦布告ではなく、別の形で。


「真桜は生徒会長になる道筋は考えてなかったの? もしかしてノープラン?」


「ええそうよ。中学の時は担ぎ上げられただけだったから。私も生徒会長になるって言ったものの、実績もないのにどうしようって思っちゃってた」


 くすくすっと笑う真桜。クレバーで計算高いイメージだったけど、その予想外の言葉に、なんか俺まで可笑しくなって大笑いしてしまった。


 真桜の品行方正な態度や成績などを見たら、二年生であれば生徒会選に教師から打診もあっただろう。

 けれど、一年生となると、まず実績作りが必要となる。みんなを納得させる実績、有力な生徒からの推薦、後は選挙活動での公約や人となりでどう判断されるかだ。条件はある程度揃ったように思えた。


 というわけで、今日も真桜と一緒にお昼ごはん。

 彼女は毎回、ちょっとした工夫やサプライズを入れてくれるから、とても楽しみだ。

 そして今日のメニューは――なんとポークソテーだった。

 ……もしかして、キッチン雪代の味に触発されたのかな?


「お店の味に近づけるかと思って研究したけど、やっぱり難しいわね。あのデミグラスソースの味は出ないわね……。でも、今私が出来るこの味もそんなに悪くないって思うの」


 確かに寄せてきている味だが、お店のものとは少し方向性を変えてきている。真桜の方のが、むしろ香草の香りが豊かで、これはこれでありと思うし、俺の好きな味だった。

 お肉の旨味をしっかり受け止めて、後味も余韻が素晴らしかった。


「いやあ、たまげた……。これ、全然美味しいよ。香りもいいし、随分研究したんだね。この香草はもしかして紫蘇?」


 真桜は、ぱあっと蕾がほころぶように笑顔を咲かせた。


「すごいわね、蒼真。そんなに量を入れてないのに分かるのね。ちょっとだけ和な香草と思って入れたんだけど、思いの外あってる気がしてね。そういう工夫が美味しいって言われるのは嬉しい!」


 色々な工夫を凝らすのは刺激を受けるな。俺も負けてられん!

 その後も真桜と料理について大いに盛り上がった。


 食後はそのまま羽依の話になった。最近の不安定なところや、改善の兆しについて話をした。


「ほんとあの子は自分の凄さを過小評価するわよね。傍目から見てどれだけの事をしているか、全く分かってないのがもどかしいわね」


「塾も予備校も通わず学年2位、家業をフルに手伝ってだよ。さらに俺の勉強も見てくれてるし。しっかり自分磨きもかかさないし」


「まあ蒼真にも責任があったのかもね。学校では羽依に、ああ言ったけど、心配してしまうのも分かる。夏休みを過ぎて一気に覚醒したように見られてるわよ。周りの目に気づいてる?」


「ああ、なんかチラチラ見られてるような……」


「文化祭実行委員の会議でもちょっと話題になってたわ。夏休みデビューのイケメンがいるって」


 ニヤニヤっとして可笑しそうに真桜は笑うが、注目されるのは正直あまり嬉しくはない。


「俺の話は良いんだよ。羽依も昨日の夜は落ち込んでたけど、色々話をして、朝はいつもより元気になってたからさ。大丈夫だとは思うよ」


「だったら良いんだけどね。私が言うのもなんだけど、羽依が寂しく思わないようにしてあげてね」


 相変わらずとても優しい真桜だった。常に俺たちの味方でいてくれるのはとても心強い。


 しかし、道着を着た真桜はこれっぽっちも優しくなかった。


「しっかり受け身を取らないと怪我するわよ! ほら、体幹がぶれてる! そんなんじゃ直ぐに倒されてしまうわ! 鍛え方が足りないわよ!」


 鍛錬が数段階上がった気がした。

 これはきっと、愛のムチだ。

 この先、理事長とのスパルタ稽古でも耐えられるようにという配慮なのだろう。

 ただ、そのわりに、俺を攻める真桜の愉悦に満ちた表情がなんともいえない。

 実に判断が難しいな……。

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