第87話 羽依の憂鬱
「蒼真、だめ。引っ張んないで……」
「いいじゃん、もうちょっとだけ」
「ちょ、だめ。だめだってば!」
「俺もそろそろ限界だ……」
「だめ! 引っ張んないで、あ……、蒼真。もう無理!!」
――ドカーン!!
You Win !!
「……羽依、絶対わざとだよね。変な声出さないで!」
ぶーっとしながらスマホを放り投げる羽依。
「蒼真ってシュマブラはクソ雑魚ナメクジなのに『モン引き』は上手だね。このゲームのために生まれてきたかのような才能だね」
「クソ雑魚ナメクジは言い過ぎだよね? それにこのゲーム、多分俺らしかやってないよ? DL数二桁のゲームなんて初めてみた。そんな才能いらんって」
二人で遊べるものを探していた俺たちは、スマホの対戦ゲームをインストールして遊んでいた。グロいモンスターを引っ張って相手の街を破壊して回るゲーム「モン引き」は、そのシュールさが妙にうちらのツボにはまってしまった。
気がついたら深夜2時。いつもならとっくに寝ている時間だ。
「いい加減そろそろ寝よっか」
「そうだね~。でも楽しかった! 」
満足そうにベッドにゴロッとなる羽依。
今日は二人で寝ようって話になっていた。いまだにピュアな俺たちは、一緒に寝ることに対して、恋人というよりも家族として寝ているような気がする。
「すっごい今更だけどさ、うちらって勉強しすぎじゃない?」
「お、おう、そうだね」
ホント今更な話だった。夏休みの間も学校始まってからも、遊ぶ時間よりも確実に勉強している時間のほうが長かった。
「やっぱり息抜きって大事なんだろうね。蒼真は私みたいに勉強ばかりする子に付き合っててさ、嫌にならないのかなって思っちゃった」
「いやいや、むしろ教わってる身だからね。ありがたいし不満はないよ?」
「……多分私、自分に自信が無いのかも。蒼真はどんどん格好よくなってるし、真桜は生徒会長目指してたりとか。みんなすごいなって思うんだ。けど、私だけなんにも変わってない。置いてけぼりな気がしちゃうの。つまらない女だなって思われちゃってたらやだな……」
……びっくりした。これだけ優秀で可愛くて面白い子なのに、そんな風に考えていたとは。
「羽依がつまらないなんて思ったことないよ。いっつも楽しくて面白いじゃない」
「あうっ。……おバカな子に思われてそうだけど、まあいいや。私もなにか打ち込めることがあればいいのにね」
「今でも十分すぎるほど打ち込んでると思うけど。勉強にバイトに、俺との恋愛とかも……」
少し口ごもった俺の言葉に、羽依がふっと微笑んだ。
「蒼真は私のこといっぱい愛してくれてるよね。……私がヤキモチ妬いたり不安に思うのはさ、真桜の言う通り、全部我儘なの。重くて面倒くさい女なの」
妙に自分を卑下するなあ。深夜のテンションがそうさせてるんだろうか。
でも、ここ最近は落ち込むことが多いようだった。漠然とした不安を抱えているんだろうな。
どうすれば彼女を元気づけられるだろうか。
「――羽依はさ、将来の夢とかってあるの?」
「蒼真のお嫁さん!」
愛らしい大きな目で真っ直ぐに言ってくる羽依。小さい子が言うわけではなく、リアリティーを感じる響きだった。
愛おしさで――心の防波堤が決壊しそうだった。
「そんな嬉しすぎる言葉が聞けるとはびっくりした。俺も羽依と結婚できるように、もっと頑張るよ」
そんな俺の言葉に羽依はくすぐったそうに笑っている。
「あとはね、学校の先生が良いなって思ってるんだ。私、蒼真に勉強を教えてる時ね、”ああ、理解できたんだな”って分かる瞬間がすごく好きなの。あの気持ちを得るために、私は何度でも教えられる」
「俺も羽依のこと、ほんと神か?って思ったよ。なんでそんなに教えるのが上手なんだろうね?」
「それは多分、お父さんとお母さんのおかげだろうね。お父さんはお母さんが高校辞めてからも、勉強を教えてたみたいでさ。それこそマンツーマンだからすごく身についたって話だったよ。私も小さい頃はお父さんに勉強教えてもらってたの。分かるまでずっと丁寧に教えてくれてたんだ」
亡きお父さんの思い出を、大事な宝箱からそっと引き出すように話す羽依。胸がきゅっと締め付けられるような気がした。
「お父さんがいなくなってからは、お母さんが教えてくれたの。お店ですごく忙しいのに合間を縫ってね。今考えると、お母さん大変だったろうなって思うんだ」
羽依の中では、お父さんはまだしっかり生きてる。そんな気がした。
彼女の学習能力の高さは先天的な部分もあるんだろうけど、勉強のやり方や楽しさを両親からしっかり教えてもらった結果だろうな。
「羽依ならきっと良い先生になれるって。ちなみに、先生になるにはどういう進路が良いんだろう?」
「今のままなら一番良いのは神凪院大学の教育学部だね。お父さんの母校ってのもあるし、奨学金も系列の学校の先生になったら免除とかあるみたいなんだ」
「すごい、もうそこまで考えてるんだね。――羽依、全然つまらなくないじゃん。そこまで考えて、実際に今、将来のために頑張ってるんだ。とっても尊敬するよ」
俺の歳でここまでしっかり進路を考えている人がどれだけいるだろうか。自分の目指していること、そのために努力をしていること、その価値を、素晴らしさを、俺の言葉で響いてくれたら嬉しいけど。
「ありがとう。蒼真にそういってもらえると……なんか嬉しいな。きっと私、客観的に自分が見られないんだろうね。もっと自分を認められるようにしないと」
「そうだよ、羽依はとってもすごいんだよ! 落第寸前の俺をここまで成長させてくれたんだ。もう立派な先生なんだからさ。自信無くしそうになったらいつでも言って。羽依がどれだけすごいか、俺が教えてあげるから」
「ありがとう……。もうちょっと、自分に自信がもてるようにならないとね。――なんか嬉しいな。言葉の一つ一つがすごく染み込んでくるの。蒼真と付き合えて、本当に幸せだと思う」
俺の胸に顔を埋める羽依。その頭をそっと抱きしめる。
よかった。ちゃんと俺の言葉が届いたみたいだ。
羽依が自分をちゃんと好きでいられるように――俺はこれからも、何度だって、伝えていこう。




