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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第86話 優秀な新人さん

 金曜日の夕方。雪代家に到着すると、すでに相楽さんのお姉さんが来ていた。羽依は少しわくわくした面持ちで、面接に参加した。


 俺は用件を済ませるために、一旦雪代家の自分の部屋に入った。

 さて、そろそろ来る頃かな。


 ――ティロリン


 やっぱり来た。

 大体毎日同じ時刻に九条先輩からLINEが届いている。

 毎回飼い猫なのか、黒い猫の写真が届いてきていた。

 一体何の意味があるのか分からないが、写真の猫はとても可愛かった。


 今日の写真は、正座している九条先輩らしき人物の膝の上で、猫が行儀よくちょこんと座っている写真だ。

 らしきと言うのは、膝しか写ってないので九条先輩かどうか確信が持てないからだ。

 これって確か香箱座りってやつじゃなかったかな。心底懐いてないと、この座り方で膝の上には乗らないという話だと思った。


 んむむむ、今日の返事はどうしよう。「可愛い猫ですね」は、この前送ったな。「香箱座りですね!」がいいか、はたまた変化球で「綺麗な膝ですね!」が良いのか……悩ましい。


 間を取って「九条先輩の上に乗れる猫ちゃんは幸せですね」にしておいた。九条先輩かどうか確信が持てないけども、何らかの返事を期待してのことだった。少しでも真意が知りたかったからだ。


 既読がついた後に、なんと返事が来た。写真以外は初めてだったので、とにかくびっくりした。内容は「ありがとう」の一言。

 とりあえず返事として「こちらこそ、可愛い写真をありがとうございます」と返しておいた。

 それから返事はなかった。

 一応グッドコミュニケーションだったのかな?


 下に降りると、3人で楽しそうに談笑していた。


「蒼真、こっちきて。ちーちゃんのお姉さんの久保田里紗さんだよ」


「初めまして、久保田里紗と申します。よろしくお願いします」


「藤崎蒼真です。よろしくお願いします」


 少し接しただけでも気づく、所作の綺麗さに驚いた。背筋は伸び、物腰に品格を感じる。見た感じは相楽さんとよく似ていた。特に身長は座っていても高さがよく分かる。相楽さんが大人になったらこんな感じに綺麗になるんだろうなって思った。


「久保田さんはあの超一流のホテルニイクラで働いてたんだって! すごいね~」


「3年ぐらいしか働いてないですけどね。 ウェイトレスならある程度はできるかなって思ってます!」


 声がよく通る感じで、接客業をやってきたんだなって印象だった。相楽さんはおっとりしたイメージだけど、久保田さんは明るく快活な雰囲気だ。例えるなら女子バレー部的な感じだった。


「うちとしては全く問題なさそうだよね。後は働いてみてから合うか判断してもらおうかな。いつから働ける?」


「このお店って平日だけなんですよね。私と条件がとても合ってるんです! いつからでもかまいません。今日は主人が出張中ですので、なんならこの後からでも大丈夫です!」


 久保田さんの返事に美咲さんはとても嬉しそうに頷いた。


「みんなもいるし丁度いいねえ。 夜から歓迎会もできるね。お酒は飲めるのかい?」


「はい! お酒大好きです!」


 美咲さんはとても満足そうににっこりと微笑んだ。


「よし、じゃあ決まりだ。今日のまかないはお店のカレーだよ! じゃんじゃん食べてね!」


「まかない付き! すっごく嬉しい!」


「お昼もまかないあるからね。11時に来てからお昼を食べつつ仕込みの準備、11時半から開店だね。仕事時間は14時までだから3時間だけのパートだけど大丈夫かい?」


「問題ありません! ホント理想的な勤務時間と休みなんで嬉しいです! さらにまかない付きなんて、幸せ! 」


 明るく元気な雰囲気に圧倒されそうだ。お店もきっとさらに華やかになるだろうな。やはりこうなったら制服の導入が待ち遠しい。


「じゃあよろしくね。久保田さんってのも言いづらいから里紗さん――りっちゃんでいいかな?」


「はい! お二人もりっちゃんって呼んでくれると嬉しいな」


「わかりましたりっちゃん。俺のことは蒼真でお願いします」

「私のことも羽依でよろしくおねがいしますね!りっちゃん!」


「羽依ちゃんと蒼真くん! これからよろしくお願いします!」


 とにかく元気な感じのりっちゃん。まかないのカレーも美味しそうにもりもり食べる。軽く二杯食べてた。


「なにこのカレー、めっちゃ美味しい……。こんなまかない食べられるなんて幸せ過ぎる……」


「あはは! いっぱい食べる人は見ていて気持ちいいね! もっと食べても良いんだよ!」


「もっと食べたら動けなくなるから仕事出来なくなっちゃいます! でももっと食べたいぐらい美味しい~!」


 美咲さんはりっちゃんのことを結構気に入ったみたいだった。後は仕事次第か。


 夜の部が開店した。今日もあっという間に満席だ。


「いらっしゃいませー!」


 透き通るように綺麗な声だ。クセもなく、一流ホテルならではって感じだ。


 りっちゃんの所作はとても気品に満ちていて無駄がない。お冷を注ぐのにも見せる技術を持っている。動作の機敏さや料理の配膳等細やかな気配りも完璧だった。


 羽依もその動きを食い入るように見ていた。


「ホテルのウェイトレスってすごいんだね……」


「うん、見習うべきところが多いね。あとでゆっくり話を聞きたいな」


 羽依はかなりの刺激を受けていたようだった。我流でそつなくこなせる羽依だったが、教育をみっちり受けたホテルマンとでは差を感じるのだろうか。

 

 俺としてはどちらにも良さはあると思う。家庭的な接客ってのも良いものだ。


 20時半になったところで俺たちは上がりになった。


「りっちゃんも上がっちゃって。22時から片付け入るからさ、その後歓迎会しようね」


 俺たちはリビングに上がってきた。

 りっちゃんも一緒だったので少し緊張してしまう。


「 やっぱり一流ホテルのウェイトレスってすごいんだね~。なんかカッコよかった!」


「だよね。あれだけ忙しくても、初日から問題なく働けてたのもすごいですよ」


 俺たちの素直な感想に、りっちゃんは顔を真っ赤にしていた。


「そんな褒めすぎだよ! でも楽しかったな~。私やっぱりもっと働いていたかったって思ったよ。お客さんの幸せそうな顔が良いんだよね~」


 きっとウェイトレスが天職だったんだろうな。

 とても充実した顔のりっちゃんだった。


 他愛のない会話をしていくうちに、彼女の人となりが分かった気がした。感じるのは陽の気。眩しくて溶けてしまいそうだった。


 22時になったのでお店に戻った。4人で片付けを始めたがあっという間に終わった。人足はパワーだ。


 お店のテーブルには美咲さんが用意したスナック菓子やおつまみが所狭しと用意されていた。


「じゃあ改めて、新しい仲間だ。みんな仲良くやってね。今後の活躍をお祈りして、かんぱーい!」


 カンパーイと声が飛び交う。俺と羽依はジュースを、美咲さんとりっちゃんは生ビールをジョッキで飲んでいた。

 あっという間に二人ともジョッキを空にする。これが飲み会の流儀なのだろうか。いや、絶対ペース早いだろうな。

 二人ともお酒大好きなのは間違いない。


「りっちゃん、どうだい。 続けられそうかい?」


「はい! すっごく忙しかったけどやり甲斐ありますね! 私忙しいの大好き!」


 忙しすぎてバイトが辞める店としては頼もしすぎる言葉だった。

 美咲さんもとても嬉しそうにうんうん頷いている。


「前は一人でも良いって思ってたんだけどね、やっぱお客さん待たせるのは悪いしねえ。それに夏休みの間の売上はすごかったんだよ。普通8月ってのは売上下がるんだけどねえ。二人とも十分お店の売上に貢献してくれたよ」


 そう言ってくれるとなんとも報われる気持ちになる。 羽依も同じなようで、お互い両手を上げてハイタッチを交わした。


 俺たちはホテルの話や、りっちゃんと旦那さんとの馴れ初めの話など、わりと遠慮なく聞いていた。りっちゃんは嫌がる素振りもなく気さくに話してくれた。


「すごい! ITベンチャーの社長に熱烈アタックされちゃうなんて!」


 りっちゃんは照れたような顔で、でもまんざらでもないようにスマホで旦那さんの写真を見せてきた。2ショットの写真だ。身長はりっちゃんの方が大分高い。なんとなく既視感を感じるなあ。


「この旦那さん、広岡くんに似てない?」


「あー言われてみれば智ちゃんぽいなあ」


 俺たちの言葉にりっちゃんは、かーっと真っ赤な顔になった。


「あう、わかっちゃうんだね。私も智ちゃんのこと大好きだったの……。でも、ちーちゃんとすっごく仲良しでさ、私の入る余地なんて無かったの」


 うーん、わりと歳も離れているし、仕方のない話ではあるのかな? 智ちゃんは罪深いなあ……。


「でもね、代わりってわけじゃないんだよ? としくんもすっごく可愛いの! もう大好き!」


 興奮気味に話しているが、としくんって人がきっと旦那さんなんだな。おのろけがすぎて、俺も羽依も思わず顔が赤くなってしまった。

 

「二人も仲が良いよね! ちーちゃんから聞いたよ。仲良すぎって!」


「その言葉そのままお返しするよね、羽依」


「うちらも仲良いけどね、ちーちゃんと広岡くんもすっごく仲良いもんね~」


 うちらの仲をアピールする辺り、対抗心でも持ってるのかな。


 大人チームはまだ飲むようなので、俺と羽依は先に上がることにした。


「りっちゃん、お母さんエンドレスだから気を付けてね。おやすみ~」


「二人ともおやすみ~! これからよろしくね!」


 俺と羽依はリビングに戻ってきた。

 羽依は妙にもじもじしている。


「羽依、どうかしたの?」


「うん。今日一緒に寝てもいいかな……」


 なんとなく今夜はそうなる気がした。

 羽依の気が済むまで付き合おう。

 不安に思うことが、もう無いように。




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