第85話 繋がっていく縁
週末の昼休み。以前より俺と羽依は口伝てでバイトを募集していた。昼だけ来れる女性限定ってハードル高すぎるよな。……正直、期待してなかった。
「羽依ちゃん、バイト募集の話ってまだ大丈夫?」
どこか嬉しそうな相楽さんが、俺と羽依に吉報を差し出すような優しい笑顔で話しかけてきた。
「大募集中! ちーちゃん誰か心当たりあるの?」
「うん。うちのお姉ちゃんなんだけどさ、専業主婦なんだけど最近落ち着いてきたみたいでパート先探してたんだって~。元々ホテルのレストランでウェイトレスやってたからさ、忙しい飲食店とか好きみたい」
俺と羽依は顔を見合わせた。これこそ正に求めていた人材じゃないか!
「ありがとうちーちゃん! 一回うちの母さんに会ってもらえないかな?」
「お昼だけなら大丈夫って言ってたし、旦那さん出張中だから面接くらいなら今日でもいけると思うよ~」
「やった! じゃあ都合がよかったらうちに来てね。場所はわかるかな」
「知ってるよ~。私もお姉ちゃんと一緒にキッチン雪代行ったことあるんだよ。確か2年ぐらい前かな。ポークソテーがすっごく美味しかった~」
「お! うちの一番人気メニューだね! 嬉しいな~。じゃあお姉さんによろしく言っておいてね~」
――ティロリン
LINEが入った。御影先輩からだった。「今自販機前来れるかな」とのことだった。
「御影先輩から呼び出しだ。ちょっと行ってくるね~」
「……いってら~」
ちょっと寂しそうな羽依が気がかりだった。
自販機に向かうと御影先輩と飯野さんが居た。
「ごめんね呼び出して。ちょっと聞きたいことあってね。文化祭実行委員長が美樹ちゃんになったの。それで委員長が副委員長を決めるんだけど、何人か候補いてね。ちょっと悩んでるんだ」
「そうなんだよね~。でさ、結城さんってどんな子かな? 顔合わせの時に彼女すごく印象に残ってるの。きっと場数経験してるんだろうなって感じでさ。一年生だけどどうかなってね。蒼真くん同じクラスでしょ。 彼女のこと知ってるかな?」
あまりに展開が神がかっていた。ここで真桜が文化祭実行委員の副委員長になればきっと活躍してくれるだろう。生徒会選挙でもプラスの効果は計り知れない。
「結城真桜は俺と同じ中学で生徒会長でした。成績は学年1位で性格は冷静沈着、正義を重んじて俺も何度も助けられました。文化祭実行委員の副委員長には彼女は最適だと思います」
とにかく思いつく限りの推し文句を並べてみた。これでも正直まだ足りなかったけど、俺の勢いに先輩方はちょっと引き気味だった。
俺も、真桜に確認取らずに勝手に推す事自体不安もあった。でも、今を逃して他の候補者に声をかけてしまったらと思うと、止まらなかった。
「な、なんかすごい推すね。でも、君が適任って言うんだから間違いなさそうだね」
「蒼真くん、その子のことも気になってるんじゃないの? めっちゃ可愛かったもんね!」
「そういうのじゃないです。でも俺のとても大事な親友です。是非よろしくお願いします!」
先輩方に深々と、いつまでも頭を下げる俺に、そっと頭を撫でる御影先輩。
姿勢を正すと、二人は何とも言えない優しい表情を浮かべていた。
「ほんとイケメンだよね~君は。友達のためにそんなに一生懸命頭を下げるなんて。でも文化祭実行委員の副委員長なんて大変なだけだけど、ひょっとしてその先を見越してる?」
御影先輩はポンコツなようで思いの外鋭かった。
「はい、おっしゃるとおりです。真桜は生徒会長を目指してます」
御影先輩と飯野さんは顔を見合わせる。ちょっと言うのが早すぎたかな……。
「わかった。結城さんの頑張り次第で、私が推薦人になるね」
「ちょっと、志帆! そんな決めちゃって良いの?」
慌てる飯野さんの反応はもっともだと思う。現生徒会長の推薦となれば効果は絶大だ。俺も後から知ったことだけど、御影先輩のカリスマはとてつもなかった。それも美貌だけではない。優しさと知性を兼ね揃えた彼女なら十分理解できる話だった。
1年生の真桜に現生徒会長が推薦するとなると対抗馬となる九条先輩との軋轢も起こり得る話だ。でも。
「ありがとうございます御影先輩。きっと真桜は良い結果を見せてくれると思います。俺もできる限り協力します!」
今の俺にできることは頭を下げる事だけだった。
御影先輩と飯野さんは苦笑していた。
「熱いね~蒼真! よし! 美樹お姉さんも応援するよ!」
「よかったね、藤崎くん。結城さんとの活躍楽しみにしてるね」
二人の笑顔がきらきらと輝いてる。改めてこの二人ってとても魅力的だなって思った。羽依と真桜のように、全くタイプの違う二人がもたらす相乗効果は計り知れなかった。
後は、勝手な事をした俺に、真桜がなんて言ってくるか。許してくれるかな……。
放課後の帰り道。羽依はちょっと落ち込んでいた。
「私って重すぎるよね……。蒼真に嫌われちゃいそう」
先輩たちと分かれて教室に戻った後の羽依は、ちょっと不機嫌だった。事情を説明したら顔を真っ赤にして机に突っ伏していたのだった。
「 お昼の話? ……でも、それだけ俺のことを想ってくれてるって、すっごく嬉しいよ。俺も逆の立場だったらきっとヤキモチ焼くと思う」
羽依はぎゅっと俺の腕にしがみついた。
「不安に思う必要なんて無いのにね。ずっと一緒にいられるのに。でも、お昼は行って正解だったね。真桜の後押しできたみたいだし」
「それも余計なお世話だったかも知れないけど。真桜が怒らなければいいけどね。でも、後は真桜の頑張り次第かな。生徒会長の推薦が得られても、一年生が生徒会長ってのは難しいだろうからね」
そんな会話をしながらアパートに着いた。
部屋に入るなり、羽依は俺に抱きついてきた。多分そうなるだろうなって予感はしていた。
触れ合い、ついばむような口付けからゆっくりと深く口付けをする。
羽依の汗と制汗スプレーの柑橘の混じった香りが鼻腔をくすぐる。その芳しい香りに脳が焼きつきそうになる。大好きな子の香りってどうしてこんなに心地いいんだろう。首筋に口をあて、ぺろっと舐めてみる。ほんのりと汗の味を感じる。
「蒼真、だめだよ。んっ……」
たまらず羽依が非難の声を上げるが、その声すらも愛おしかった。
二人でベッドに横たわり、暫くの間抱擁を続けた。
気持ちが落ち着くまでには、そこそこの時間が必要だった。
「――蒼真は段々と大胆になるよね。ドキドキしちゃった」
「俺もすっごくドキドキした。でもそろそろ行かないとね」
「うん、新しいバイトの人、ちーちゃんのお姉さん。どんな人なんだろうね! 楽しみだな~」
相楽さんの人柄を見る限り、きっと良い人に違いないと思う。
さあバイトに行こう!




