第79話 護身術と団子と真桜の決意
みんなで食い入るようにテレビを見る。
画面には若かりし頃の二人の姿が。中学生ぐらいかな?
剣道着のような道着を着ている二人。金髪の美咲さん……今と全然違う。ギャップがすごい。
試合が始まった。佐々木先生が仕掛けに行く。右手を伸ばし襟を掴むのか、と思いきや、美咲さんがカウンターパンチ!? 佐々木先生ノックアウト。これ演武だよな……?
佐々木先生、起き上がってめっちゃ怒ってる。美咲さんはごめんごめんって感じかな?
もう一度対峙する二人。今度も佐々木先生が掴みにかかる。そこを美咲さんが逆手取りからの抑え込み。以前チンピラにかけた技だ。流れるような洗練された技のキレがとても美しかった。
「――何とも佐々木先生、お気の毒だね」
「お母さん、若い頃はホント無茶苦茶だね……」
「でも、技のキレはとても良かったわ。お祖父様は『美咲は元が強すぎたから武術を教えた』って言ってたわ。天賦の才なんでしょうね」
動画を見たら、俺も負けてられないという気合が入った。
同じように羽依にも気合が入ったようで、やる気に満ちた仕草を見せている。
その姿が小動物のようで、とても可愛らしかった。
新しい道着を受け取った。白い道着に紺色の袴。以前見た真桜の道着の姿と同じものだった。稽古の時は、お互いジャージ姿だったが、今日からはお互い道着で練習しようって話になった。
「格好良いね蒼真! 何かすごく強そうだよ!」
早速着替えた俺の姿を見て、やたら興奮しながらスマホでパシャパシャ写真を撮っていた。
後から真桜が同じように道着姿で現れた。
「似合ってるわよ蒼真。これで正式に門下生ね。――新兵!私のことはマムと呼びなさい」
「「イエスマム!」」
……俺の時は完全にスルーしたのに。……なんか釈然としないぞ。
稽古場の畳に立った羽依は、緊張とわくわくが入り混じった表情だった。対する真桜は、どこか柔らかい微笑みを浮かべている。
「羽依。まずは簡単な護身の基本ね。もし誰かに手首を掴まれたとき、どうすればいいか」
そう言って、真桜は羽依の右手首をやさしく握った。
「この場合、無理に振り払おうとせず、掴まれてる部分の弱点を突くの。ここ、指と指の間の力が入りにくい方向に、こう――」
真桜が手首を軽くひねると、すっと手が外れる。
「わ、すご……!」
「羽依もやってみて?」
戸惑いながらも羽依が真桜の手を掴み、指示通りに動かすと――
「うわ、外れた! なんかすごい!」
「ふふ、護身術は力じゃなくて理屈なの。女の子でもちゃんと使えるようにできてるわ」
楽しそうに笑い合う二人。そんな光景を見ながら、俺はなんかもう、顔が緩みっぱなしだった。
他にも、後ろから抱きつかれた時の逃げ方や、服を掴まれたときの脱出法。
さらに、急所への反撃や「助けて!」と叫ぶ練習まで――。
これは月に一度行っている講習の内容らしいが、どれも知っておくべき実用的な技術だった。
実に有意義な時間が過ごせたと思う。羽依も少し自信がついたようにも見える。
「一番肝心なのは、そういう場面にならないように気をつけることよね。下手に反撃して逆上されても危険だし、場合によってはこっちが加害者になってしまうわ。使い所には十分注意してね」
「うん、わかった。ありがとう真桜!」
丁度羽依への講義が終わったところで理事長が戻ってきた。
「ただいま。おお、蒼真。よく似合ってるじゃないか。ささ、団子買ってきたからみんなで食べよう」
「ありがとうございます、理事長先生」
羽依が可愛らしくにっこりとお礼を言うと、ジイジはまたもや目を細めてうんうんと頷いていた。
「何か釈然としないわね……実の孫より可愛がってるじゃないの」
ぼそっと俺に告げる真桜に俺は苦笑いしか出来なかった。
美咲さんの娘って理由で可愛さマシマシなんだろうなきっと。
亡き親友の孫であり、手のかかった教え子の子ども。小さい頃は会う機会もあったんだろうけど、しばらくぶりに成長した姿を見て、色々思うところがあったのかもな。
「うわっ、このみたらし団子、まだあったかくて美味しい!」
「草団子もヨモギの香りが良いね。あんこも美味しい」
「近くの神社に用があってな、そこの近所の団子屋だ。有名だから今度行ってみると良い」
真桜がお茶を入れてくれた。甘い団子に合うように濃い目のお茶で、香りがとても良い。
夏もそろそろ終わるけど、残暑が厳しくなりそうだ。道場は空調が効いているので暑くはないが、汗をかいた後なので体が冷えていた。熱いお茶が身に沁みる。
「夏休みもあと一日かあ」
つい言葉にでてしまった。
楽しかった夏休みが終わる。
そして二学期が始まる。何か変わるのか、それとも今のままなのか。
いや、変化は確実に起きると思う。
「――お祖父様、私、生徒会選挙に立候補します」
突然の真桜の出馬表明。明言することにより後に引けなくしたのだろう。理事長は真剣な眼差しで真桜を見据える。空気が少しぴりっとしていた。
「俺は立場上、誰かを贔屓することは出来ないからな。自分で決めたことだ。後悔のないように、頑張りなさい」
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
真桜の瞳は揺るぎなく、その決意に一点の曇りもなかった。
二学期からは生徒会選に向けて動き出すだろう。早速変化が始まったようだった。
「ふむ、生徒会長になったら真桜も忙しくなりそうだな。蒼真の稽古は……どれ、俺がつけるとするか!」
「えー……。あ、いや、はい。ありがとうございます」
「ほらさっそく走り込みだ! 道場100周!」
「お祖父様! 食べたばかりで走らせないで!」
ああ、早速爺さんと孫の漫才が始まった。それにしても昔気質のスパルタに耐えられるのか……。大丈夫かな俺。
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