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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
6章 夏休み後半

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第76話 真桜のバイト初体験 後編

 3人でまったりと会話をしていたら、いつの間にか夕方になり、まかないの時間となった。時間の経つのが早すぎる。夏休みもあっという間に終わってしまうはずだ。

 

「今日のまかないは特別にポークソテーだよ! 」


「珍しいねお母さん。まかないで出すなんて初めてじゃない?」


「あらそうなの? この前食べた時すごく美味しかった! また食べたいって思ってたから嬉しい!」


 予想外のスペシャルメニューに真桜の目はハートマークになっているように見えた。


「蒼真が教えてくれたんだよ。真桜ちゃんポークソテーがすごく気に入ったようだってね。2枚ぐらいペロッと食べちゃうって。 だから真桜ちゃんは特別に2枚だよ。 いっぱい食べてね!」


「え、あ、ありがとう……ございます……」


 照れたような仕草をする真桜に、俺は得意げに親指を立ててウィンクした。ほれ、感謝したまえ。


「いだだだ!」


 真桜に親指を掴まれて、曲がらない方に曲げられそうになった。なぜ……。


 スペシャルなまかないは最高に美味しかった。もちろん真桜は2枚ぺろっと食べた。彼女はとても嬉しそうな表情をしつつも、俺には氷の眼差しを送り続けていた。何か気に触るようなことをしてしまったんだろうか……。

 

 夜の部の開店だ。すでに待っていたお客さんが次々と入店してくる。


「いらっしゃいませ~!」


 真桜の通る綺麗な声。昼のような緊張はもう見られなかった。順応力の凄さに俺と羽依も正直驚いていた。


 外の行列を見ると見知った顔が……理事長だ……。


「真桜、理事長きてるよ」


「来るなって言ったのに……。お祖父様ってば……」


 心配しちゃうんだろうな。はじめてのおつかいみたいなものか。


「美咲さん、羽依。理事長ご来店です」


「あら先生来てくれたのか。真桜ちゃんいるからね。心配しちゃったかな」


「理事長先生は蒼真の担当だね。任せた!」


 どうやら俺が接客するのは決定なようだった。

 ほどなくして理事長の順番がやってきた。ちょっとバツの悪そうな顔をしているのは、間違いなく真桜を意識してのことだ。


「いらっしゃいませ、理事長。カウンターで良いですか?」


「おう、かまわんよ。蒼真、真桜の様子はどうだ?」


 やっぱり心配してたんだな。そんな不安に思うような子では無いとは思うけどな。


「真桜すごいです。初めてなのに、もうベテランみたいに働いてますよ」


「おお! そうか、それなら良かった」


 カウンターに案内して着席する。真桜がお冷とメニューを持ってきた。


「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」


 うーん。全く笑ってない。むしろヒエッヒエだ。


「あ~真桜。よく頑張ってるようだな。引き続き……」


 ああ、言い終える前に去っていった。理事長しょんぼりしてる。背中に哀愁がただよってるなあ。

 その一連の様子を眺めていた美咲さんが、いかにも面白いものを見たって顔でニヤニヤしながら理事長に挨拶する。


「いらっしゃい先生。真桜ちゃんならよく頑張ってるよ。何も言わずに来ちゃったのはルール違反だねえ。心配するような子じゃないだろう」


 けらけらと笑う美咲さんを理事長は恨めしそうに見つめ返していた。


「ああ、そうだったなあ。まあいい。すぐ帰る。ポークソテーだ、頼む」


「はいはい。真桜ちゃんに持ってこさせようね」


 背中をポンと叩く美咲さんに理事長は苦笑していた。ホント仲良さそうな二人だった。


「お待たせしました。お熱いので鉄板に注意してください。――お祖父様、心配してくれてありがとう」


 理事長にそっと微笑む真桜。やっぱり優しいなあ。何か感動した。ほら、理事長も泣きそうな顔してポークソテー食べてる。ああ、むせちゃった。


 お会計をすませて退店する理事長。


「そうだ蒼真、道着が届いたぞ。明日、真桜を迎えに来るから一緒に来なさい」


「はい!よろしくお願いします。」


 理事長は俺の肩をポンと叩いてニヤッとし、そのまま歩いて帰っていった。いい歳のはずなのに、イケオジ感がすごかった。



 20時半になったのでバイト組は先に上がった。

 リビングでぐったりする真桜の姿は、しばらく前の俺と同じようだった。


「疲れたわ……。接客業ってこんなにも大変なのね。良い経験できたわ」


「真桜が頑張ってくれた分、随分助かったよ。初日としては文句なしだったね。気疲れしちゃうのは不慣れだからだよ」


「そうそう、真桜はやっぱりすごいと思う。もうちょっとドジっ子なところが見たかったな。良い意味で期待を裏切ったね!」


 疲労感からか、羽依の豊かな胸に顔を埋めて甘えている。羽依も真桜をよしよしと頭を撫でている。うーん、百合の花が満開だな……。


「お風呂はいつも閉店後の後片付けの後に入ってるんだ。まだ大丈夫かな?」


「ええ、みんなに合わせるわ。でも、ちょっと汗かいたわね。匂わないかしら……」


 そう言ってシャツをくんくんする真桜。隙が無いように見えて隙がある。そういうところが真桜なんだよなあ……。


「真桜の匂い大好き! いい匂いだから大丈夫だよ」


 匂いの話は、どう転んでも変態扱いされそうだ。ノーコメントが正解だろう。強引に話を変えよう。


「真桜、俺の道着が届いたんだってね。明日早速着てみたいな」


「えー!蒼真の道着姿見たい! 明日、私も行っていい?」


「断るはずないわ。是非来てちょうだい」


 真桜が柔らかく微笑む。羽依が見にくるなら恥ずかしいところは見せられないな。気合を入れて頑張ろう。


「ところで真桜はどこで寝る? また俺の部屋で三人一緒に寝るなんて言わないよね?」


「それも有りだけど、二人でゆっくりお話したいな。私の部屋で寝ようよ。シングルベッドだけど良いよね!」


 羽依の提案に真桜は柔らかく微笑んだ。きっと真桜も同じこと思っていたのかな。夏の思い出話はいくらでもありそうだ。


「ふふ、楽しそうね。じゃあ羽依、悪いけどよろしくね」


 良かった。今夜はゆっくり眠れそうだ。


「ところで、私の匂いの話で強引に話題を変えたわね。やっぱり匂う?」


 俺の配慮と裏腹に、真桜がまじまじと俺に聞いてくる。

 俺の脳よ、瞬時に最適解を導き出せ!


「ううん、気にならないよ。嗅ぎ慣れてるし」


 稽古の時だって散々嗅いでいる匂いだ。柑橘系のようなシトラス感溢れるいい匂いだと思う。


 俺の最適解に、真桜はゆでたカニのように顔を真っ赤にする。あれ、失敗しちゃったかな?


「ああ、もう最悪! 嗅ぎ慣れてるって何!? この変態!」


「いやあ……さすがの私もドン引きだよ~。でも、嗅ぎたくなる匂いだよね。癖になっちゃう」


 そう言って羽依は真桜にクンクンと犬のようにあちこち嗅ぎ回った。

 真桜は魂が抜けたようにぐったりして、されるがままになっていた。

 なんかエッチだ……。






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