第75話 真桜のバイト初体験 前編
夏休みも残りあと数日。――そんな終盤に、ちょっとしたイベントが舞い込んできた。
少し前に温泉のお土産を、燕さんから貰ったロードバイク『スワロー号』で真桜の家まで持っていった時のことだ。彼女はお土産にとても喜んでいた。
その時に言われたのが「蒼真はバイト楽しい? 私も経験してみたい」との話だった。美咲さんに伝えたところ、金曜日にお泊りついでにバイトしにこないかという案が出た。
真桜に伝えたところ、「是非お願い!」と返事が来た。
そんなこんなで真桜のバイトの日がやってきた。
「よーし新兵! この店では俺のことをサーと呼べ。わかったな! 返事は!」
羽依と真桜の反応は、笑うでも怒るでも無い。完全な『無』だった。
「――それでね、真桜、テーブルの食器の並びはこうやって……」
「間違えないようにしないと。メモっておくわね」
完全に滑った俺に美咲さんはポンと肩に手をおいた。穴があったら入りたい……。埋めて……。
「蒼真、ドンマイ! それよりも一気に店が華やかになったねえ。うちもウェイトレスの制服でも新調しようかね」
この店に制服は無く、動きやすい大人しめな服に「キッチン雪代」とプリントしてあるエプロンを付けるのがお決まりだ。制服の導入かあ。うん、とてもいい。
「それ良いですね! どんな感じが良いかなあ。メイド風か、それとも二人ともスタイルが良いからフー◯ーズみたいな感じかな!」
ノリノリで語る俺にドン引きしてる女子二人。ゴミを見るような視線がたまらない。
「羽依、ほんとに一緒に住むの? この変質者と」
「何言ってるの、住まないよ? 道場で毎日しごいてあげてね」
「嫌よ、触られただけで妊娠してしまうわ。お祖父様まで妊娠しそう」
「ちょおおお! 二人とも酷すぎ! 泣くぞ!」
二人は顔を見合わせてニヤニヤしている。だめだ、絶対主導権握れないやつ。
ここはまかないで主導権を握るべきだな。彼女たちの胃袋をがっつり掴んでやろう。今日のランチタイム前のまかないは俺が作る番だ。秘策もあるので気合を入れよう。
手の込んだ物はまかないとしてはナンセンスだ。手早く作って、さっと食べられて美味しいもの。
今日はチャーシューたっぷりチャーハンにした。
作り置きの自家製チャーシューを今日のためにたっぷり持ってきたのだ。3人を唸らせてやる!
よく火を通した中華鍋に卵とご飯を投入。香油の香りがたまらなく食欲をそそる。ネギと角切りチャーシューをたっぷり投入。中華鍋を振るうのもかなり慣れてきた。
真桜が感心した様子で眺めている。
「蒼真、結構やるわね。料理上手なのは知ってたけど中華鍋も上手に振れるのね」
「最初の頃は全然振れなかったね。多少力もついたからかな。大分上達した気がするよ」
お玉でチャーハンを盛り付ける。隣で羽依が中華スープを作ってくれていた。
「完成!チャーシューたっぷりチャーハン! さあお食べよ!」
みんなの反応はいかに。
「チャーシューホントいっぱいだね! 肉肉しくて美味しい!」
「うん。上手にパラッとしてる。ホントお肉多いわね。美味しいわ」
「蒼真、腕あげたようだね! 中華鍋も上手に使えてたし。これは美味いよ!」
みんな喜んでくれて何よりだ。どうやら変質者の汚名は返上できたようだった。すぐに挽回しそうなのが悲しいところだ。
昼の部が開店した。真桜の仕事っぷりが楽しみだ。イメージとしてはチートキャラみたいな彼女。ステータスマックスでの初仕事に感じてしまうのは期待しすぎだろうか。
「いらっしゃいませ~!」
「い、いらっしゃいませ……」
ちょっと気後れしているのが伝わってくる。分かるよ真桜。
羽依が隣でニッと笑って親指を前に出した。真桜もはにかみながら同じように返していた。
常連さん達は新しいバイトの子、それもとびっきり可愛い彼女に注目していた。最初のうちは声をかけられるとビクッとしていたが、その初々しさが微笑ましかった。
この店の人気は半端じゃない。夏休みに入った頃より列が長い気がする。クローズの時間もちょっと遅れそうだなこれは……。
嵐のようなランチタイムが過ぎ去った。
ぐったりとテーブルの上に突っ伏した真桜。
彼女は十分一生懸命頑張っていた。多分大きなミスはなかったように思える。初日であれだけ動けるのはさすがだ。
「真桜すごかったよ! さすがのポテンシャルだね。メニュー全部覚えてるし配膳も完璧だし」
手放しで褒める羽依に真桜が元気なさげに笑みを浮かべる。
「もうちょっとね。出来ると思ってたの。難しいわね……」
「いやいやホントすごかったよ真桜。俺の初めての時よりよっぽど上手だった」
「そう言ってくれるのは嬉しいわね。認められたって感じがするわ」
疲れた体に甘い物を提供しよう。まあいつものプリンなんだけど。
「もう飽きちゃったかな? はいプリン」
美咲さんの許可をもらって、アイスをトッピングのスペシャル版。プリンはしょっちゅう出してるけど、誰も嫌がらない。やっぱりプリンって偉大だ。
「この前もいただいたけど、やっぱり蒼真のプリンが一番美味しい。全然飽きないわよ」
「うん! 出される度にニヤけちゃう。お店で出しても良いと思うよ!」
「うーん、この出来なら本当に店で出しても良いかもね。量産体制となると手間が相当かかっちゃうだろうけど」
手作りの多いこの店で、これ以上の負荷をかけるのは難しいだろう。俺も商売にするには辛かった。
「みんなにだけ提供する特別な味ってことで。喜んでもらえて嬉しいよ」
次のまかないの時間まで2時間ほどある。当初は勉強する予定だったが、ぐったりしてる真桜が可哀想だった。それに残り少ない夏休みだ。みんなでのんびり過ごす方を選んだ。
羽依の入れてくれたコーヒーをお供に、ここ最近の話題を共有する。
「――蒼真がモデルね~。確かに前髪切ってカッコよくなったわね。今までが手抜きすぎたのよね」
真桜がニヤニヤしながら俺の顔を眺めてくる。褒められてるのか、からかわれているのか判断が難しいところだ。
「いつ頃広告出るんだろうね! 楽しみだな~。生徒会長がモデルやってるのは有名なんだよ。蒼真知らなかったんだね」
「え、有名だったんだ? 俺ホントそういう情報疎いな……。この前お土産届けた時に聞いたのは、9月発売の雑誌に掲載予定だってさ。でも、俺って分からないんじゃないかって話だったけど」
「顔が映らないのかな? だとしたらちょっと寂しいけど安心かな! 」
羽依はわりと独占欲強めだからなあ。
ふと、彼女はやや神妙な表情をして俺達をみた。そして、ためらいがちに口を開く。
「――話は変わっちゃうけど、聞きたかったのは祭りの話。九条先輩って人、ちょっと気になるんだ……」
「まあ気になるわよね……。うん。そうね、私の知ってる情報としては――九条遥、私と蒼真の中学の一学年先輩。私の前の生徒会長だったわ。人心掌握がとても上手でクイーン的な立ち位置だったけど、周りからは恐れられていたわ。まあ、その辺りは私と少し似てるわね……」
真桜の孤独の理由は先日の祭りで少し分かった気がした。常に崇められているのは辛いと思う。祭りの時に居た彼女たちは、真桜に自分の理想を押し付けていたようだったから。
でも、恐れられてはいなかったと思う。彼女たちは純粋に真桜を慕っていたのだから。
もっとちゃんと話せてたら、俺も真桜も、もっと楽しく学校生活送れてたのかもな。
なんて思っても今更の話だった。
「中学の生徒会長だったって、何で蒼真知らないの? って、ああそっか。真桜のことすら知らなかったもんね」
「返す言葉もございません……」
二人の呆れた眼差しに耐えられず、視線を泳がせてしまう。今日はアウェイ感が強い日だなあ……。
「そう言えば写真があったわね。――ほら、この人が九条先輩。見覚えあるかしら」
真桜のスマホに表示されているのは、中学校の生徒会の写真のようだ。すらっと背が高く美形な九条先輩の姿が写ってる。それを見た羽依は目を丸くして驚いていた。
「蒼真……この人……ほら、私を『先生が呼んでる』って言って校舎裏に呼び出した先輩。この人だ……」
「え、校舎裏に行ったら男の先輩が待ち構えて告白してきたって、あの時か……」
一瞬、空気が凍ったように感じた。背筋がゾクッとする。
九条先輩は羽依に悪意があったのだろうか。それとも他に理由があったのか。
青ざめた俺たちの顔を見て、真桜は表情を変えた。困惑しつつスマホを閉じた。
「その話、詳しく教えてくれないかしら」
俺たちの話を聞いた真桜は深く考え込んでいた。あまり思い詰めなければ良いんだけども……。
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