第73話 家族風呂~耐える蒼真
温泉宿の家族風呂にやってきた。21時から1時間貸し切りだ。
「羽依、ちゃんとバスタオル巻いて入りなよ」
「えー! バスタオル巻いての入浴って、マナー違反じゃなかったっけ?」
「蒼真が可哀想だろう。親としての忠告だ。守れないならキャンセルするよ。それに家族風呂はバスタオル巻いて良いってさ」
口をとがらせて、ぶーってしてる羽依。ちょっと可哀想だけど、俺の精神がもたないので我慢してもらおう。
「ありがとうございます美咲さん。助かりました」
美咲さんは俺の方を見てニヤッとする。
「まあ背中洗う時はバスタオル外すから。それは仕方ないね。諦めな」
安心できるんだか出来ないんだか……。
腰にタオルを巻き風呂場に入る。家族風呂のわりには結構広い風呂だった。10人ぐらい問題なく入れそうだ。ホントいい宿だなあ。
体を軽く洗い湯船に浸かる。あとから来る二人の方を極力見ないようにしないと。うっかり見てしまったらホント倒れてしまう。
羽依と美咲さんが後からやってきた。同じように軽く体を洗い、湯船に浸かる。俺はなるべく視線を向けないよう頑張ったが、羽依が目の前にやってきた。人の気も知らないで……。
「んふ、にごり湯だね。これならバスタオル外しても見えないね!」
そう言ってバスタオルを外す羽依。俺の横に座りまったりと浸かる。
「このにごり具合ならまあいっか」
そう言って美咲さんもバスタオルを外し俺の隣に座る。
気がつけば全裸の女子二人に囲まれている。ああ、身動き取れない。
湯船の中でそっと俺の太腿に触れる羽依。その感触にびくっとしてしまう。俺の反応に羽依はとても満足げな表情を浮かべる。小悪魔め。後で見てろよ……。
「さて蒼真。背中を流してもらおうかな」
美咲さんが湯船から上がり、椅子に腰掛ける。
湯気の中に浮かぶその後ろ姿は、目を奪われるほど艶めかしかった。
よく鍛えられた筋肉のラインに、女性らしい柔らかさが重なっている。
親子そろって美容意識が高く、毎日のストレッチは欠かさないらしい。
今からこの背中を流すのかあ……。
よし、三助に徹するんだ。やましい気持ちは持つんじゃない。
タオルにボディーソープをなじませ背中をこすろうとするが、背中にあるいくつもの赤い筋に気がついた。
俺の気づきを察した美咲さんが俺の方を振り向いた。
「普段は見えないんだけどね、血行が良くなると出ちゃうんだよねえ。気持ち悪いかもしれないけど気にしないでおくれ」
苦笑交じりに呟く美咲さん。これはきっと古傷……?
「気持ち悪くなんて無いですよ。じゃあ洗いますね」
背中から肩、腰、腕のあたりまで、普段の恩を返すように丁寧に洗った。
「蒼真は気持ちがこもってるね。ありがとう。ほら、背中向けな。洗ってやるよ」
そう言ってタオルを取り、軽く体を隠し俺の方を向く。俺も慌てて反対を向いた。
「結構鍛えてるね。初めてあった頃よりも大分逞しくなった。日焼けもしてるし、新学期始まったらちょっとした注目の的になりそうだねえ」
「やっぱそう見えるよね~。髪まで切っちゃったんだからさ。みんな絶対注目するよね。ちょっとやだな」
「大丈夫だよ羽依。俺は羽依しか見ないよ」
俺の言葉に羽依と美咲さんが吹き出した。なんで?
「真顔でそういう事言えるって蒼真、あんたすごいね!」
「も~! ホント心配! いつからそんなタラシぽくなっちゃったの!」
変な事言ってしまったのか。ラノベの無自覚やれやれ主人公みたいだ。いや、俺に限ってそんなことは無いはずだ。
体を流し、美咲さんとバトンタッチする羽依。
「さあ蒼真、頼んだよ! 手で洗っても良いんだよ?」
「俺が保たないから。タオルで洗うよ」
少し日焼けした首筋。そして真っ白な背中が美しい。この前の旅行ではしっかり日焼け止めを塗っていたので水着の後はあまり目立たなかった。ただただ美しい白磁のようなその肌に触れる権利を持てることが幸せだった。
「ん、あん……、だめ。」
「羽依~! 変な声、出さないでってば!」
「だって蒼真上手なんだもん」
べーっと舌を出す羽依。絶対からかってるな……。さっきのお返しもあるし、背後を取られてることを思い知らせてやろう。
両手で脇腹をそっと掴み、きゅっと揉む。
「ひゃああん!」
実にいい声だぞ、羽依。
でも、その後すぐ後悔することになるのは良く考えれば分かるはずだった。
一時の快楽に身を任せちゃいけなかった。
交代して俺が背中を向けて直ぐに羽依は仕掛けた。俺の脇腹を掴み同じように揉みまくる。
「アヒャヒャヒャヒャ! 羽依、ごめん! ごめんって!」
逃げようにも振り返るわけにも行かず、耐えるしか無かった。
なかなか許してくれない羽依。その表情はきっと愉悦に満ちてるんだろうな……。
湯船で爆笑している美咲さん。お願いだから娘を止めてください。
3人で再度まったりと湯船に浸かり、のぼせそうになるまで長湯した。
「あ~いい湯だった! 温泉満喫したね!」
「ホントいい湯だった。家族風呂良いね。秋も来よう!」
楽しそうな二人の会話に、ぐだぐだになった俺はついていけなかった。温泉ってこんなにしんどかったっけ……。
今日は3人川の字で寝るけど、布団が3つに分かれてるから寝相の心配はそんなに無いかな。
「ああそっか。ベッドじゃないから密着しないもんね」
羽依はちょっとがっかりな感じに言ってるけど、もしかして寝相の悪さを期待してた?
そして川の真ん中はまたしても俺だった。いいのかな……。
「寝相の悪さって仕方ないからね。悪意がない分、愛情をもって返せるんだよね~」
「そうだねえ、やっちゃたものは仕方ないからね。うん。そうだね」
妙に歯切れの悪い美咲さん。やっぱりこの前何かしちゃったのかな……。
「おやすみ~」
3人で就寝する。今晩も無事過ごせますように。
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