第70話 御影先輩との出会い
燕さんのブランド「FALLOVA」の撮影のためにスタジオへやってきた。俺がモデルだなんて正直ピンとこない。本当に俺でいいのか? こんなド素人……。
「蒼真、緊張しちゃうだろうけど、あとはプロのカメラマンさんの言う通りにしてればバッチリよ。今日のモデルの子を紹介するね。蒼真は多分見たことあるんじゃないかな。神凪学院の生徒会長よ」
「え、うちの生徒会長ですか!? あ~確か綺麗な人だなって思ったけど……」
「ふふ、こんにちは、藤崎くん」
声の方を向くと、綺麗な女性がやってきた。可愛いというより、本当に綺麗な感じの人だった。学校で見た記憶よりもよっぽど。
髪は明るいブラウン。ふわりと揺れる縦巻きカールが、上品なお嬢様の雰囲気をまとわせている。
知的でくっきりとした目鼻立ち。なめらかな輪郭に、小ぶりでふっくらとした唇――微笑むだけで柔らかい余韻を残すその口元は、どこか余裕を感じさせ、息を呑むほど魅力的だった。――まごうことなき美人だ。
衣装は、ホフホワイトのクラシカルなボウタイブラウスに、チャコールグレーのハイウエストタックワイドパンツ。モデルらしい抜群のスタイルに、撮影用のハイセンスなコーデがよく映えていた。
FALLOVAの秋物広告用らしいが、たしかに納得の存在感。
……この人と一緒に写るのか。俺で釣り合うんだろうか。
「こんにちは。えっと……」
「御影志帆よ。藤崎蒼真くん。学校では何度か見かけたのを覚えてるわ。とても可愛い彼女がいるのよね。雪代羽依さんだよね。」
「え、すごいですね……。俺と羽依のフルネームまで覚えているなんて」
御影先輩はくすっと微笑む。
「生徒会長だもの。常識よ。なんなら家族構成まで覚えてるわよ。あなたは今一人暮らしでしょ」
「ええぇぇ! 生徒会長すごすぎる! まじですか?」
「え……。冗談よ。あなた本当に一人暮らしなの? ……ぷっ、ふふっ、あははは! やだ、おかしい、あははっ……! 化粧崩れる……だめだってば、ふふっ、あははは!」
なんか爆笑しはじめた。笑いのツボだったのかな。そんなに可笑しい内容だったかな……。
「ふう……。良いわね貴方。藤崎くんと雪代さんの話は燕さんから聞いていただけよ。私は生徒会長だけど、自分で言うのも何だけどポンコツだから。クラスメイトの名前もあまり覚えてないわ」
髪をふぁさっとかきあげてポンコツぶりをアピールする御影先輩。なんか濃い人だなあ……。
「志帆は見た目最高なんだけどね、あと勉強もすごいよ! その2つにステータスを全振りした感じね。あとはこっちも引くほど世間知らずのお嬢様。誰かに騙されないかってヒヤヒヤしちゃうの。ほんとモデルなんてやってて大丈夫かしらね」
「燕さんひどいですよ~。こう見えて、私ってけっこう慎重なんですから。だってこのあと、有名なプロデューサーっていう人にご飯誘われてて……『とっても可愛いから社長に紹介したい』って言ってくれてるんですよ。ちゃんと『家まで送る』って約束、もらってますし。ちゃんと大人と交渉してるんですよ。安心でしょ?」
「志帆。絶対行ったら駄目」
燕さんの鋭い指摘は的を射てると思う。ちょっと声が怖かった。この人芸能界とか絶対向いてなさそうだけど大丈夫か?
「藤崎くんも私のことポンコツ扱いする?」
上目遣いで俺を見るのやめてほしいな。綺麗なお嬢様キャラだけども、何て言うか、庇護欲をかきたてる要素がたっぷりある。
「先輩の事はまだよく分からないけど、その食事はやめたほうがいいかと」
ぶーっとしながら燕さん監修の元、LINEで断りの連絡をする御影先輩。残念美人ってやつかな。今までに経験したことのないタイプだった。
撮影が始まった。照明ってこんなに眩しいんだな……。カメラマンの「はい、目線こちら」「もう少しアゴ引いて」「その笑顔、いいね!」という指示が飛び交う。御影先輩はさっきまでのポンコツぶりはどこへやら。カメラが回れば別人のようにキリッとした表情に切り替わる。
まるで恋人同士に見せるような視線を俺に向けてきて、自然とドキッとする。
艶やかな笑顔に思わずときめいてしまう。いかんいかん。ああ、でもモデルとしては良いのか。難しいな……。
「リラックスして。少し肩の力抜いて――OK、ナイス!」
俺への指示もバンバン飛んでくる。ポーズなんて意識したことないから戸惑ったが、御影さんがさりげなくフォローしてくれたのが心強かった。どうにか撮影を終えることができた。
「藤崎くん、お疲れ様!」
笑顔でタオルを差し出す御影先輩は、明るくて人懐っこい空気をまとっていた。気さくで話しやすいのに、どこか抜けていて完璧すぎない。だからこそ、まっすぐな笑顔がすごく魅力的に見えた。
「あ、ありがとうございます! いろいろ助けてもらっちゃって、感謝です!」
「ううん! 初めてなのにカメラマンさんの要求にしっかり応えられててすごいなって思ったよ。私の初めての時より全然良かった!」
そう言って弾けるように微笑んだ御影先輩がとても眩しかった。現役モデルってやっぱすごいな。
「志帆、すごく良かったよ! 蒼真も最高だった! 私の見立ては完璧なんだから。絶対いい広告になる!」
自信たっぷりの燕さん。俺から見ても、きっと良いものができる気がした。御影先輩は別次元の綺麗さだった。そのうち有名になってスターになったりして。今のうちサイン貰っておこうかな。
「じゃあね、藤崎くん。君と仲良くなれて嬉しいな。そうだ、LINE交換しておこうよ!」
「あ、はい。じゃあQRコードを……」
こうして生徒会長、御影志帆さんと友だちになった。
「次会う時は新学期だね。またね~!」
俺と燕さんはお店に戻ってきた。燕さんがバックヤードから自転車を持ってくる。深い傷がいくつかあるが、それ以外は新品同様のピカピカな状態だ。
「うおっ、めっちゃ格好いいロードバイク。これすっごい高そうじゃないですか」
「あはは、そうでもないよ。でもね、この自転車はとっても思い入れがあるの。まだ起業する前のお金がそんなに無い頃に一生懸命バイトして買ったの。大事に使ってたんだ。蒼真も大事にしてくれると嬉しいな!」
「そんな思い入れのある物を。——燕さん、ありがとうございます。大事にします!」
「あはっ! それとこれは今日のモデル代。取っておいてね」
封筒には1枚では無さそうなお金が入っていた。
「そんな、俺、素人なんだから貰えませんよ」
「一人暮らしは何かと入り用でしょ。それに良い仕事したってプロのカメラマンにも言われてたよ。だから受け取りなって!」
散財も多かった夏休み。実にありがたい臨時収入だった。深々と頭を下げて頂戴した。
「蒼真くん。今度彼女連れてきてね。すっごい可愛いんだよね……二人一緒でも全然OKだよ」
飯野さんが俺の腕をぐっと胸に抱き寄せて囁いてきた。半径1キロ以内は大変危険な人だった。
FALLOVAの店員さん、燕さんに見送られ店を後にした。
今日はこのままバイトだな。キッチン雪代までは長い坂があったが、ロードバイクはとても軽く、サクサク登れた。いやこれめっちゃ良い! ありがとう燕さん!
キッチン雪代に到着した。40分かからないぐらいだったかな。これなら繁華街も自転車で行けちゃうな。
「ただいま戻りました~」
「おかえり蒼真、って、えーー!! お母さん! 蒼真が変身した!」
「騒々しい子だねえ……。蒼真がどうしたって……、おー! 蒼真! あんたその髪素敵じゃない! こりゃ羽依、新学期やばいよ」
「蒼真、私の前以外でその髪型禁止! 駄目だよ!」
羽依の独占欲全開の言葉に俺はニヤけが止まらなかった。
真桜は何ていうかな。あとで自撮りしておこうっと。
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