第7話 謝罪
――甘い香り、柔らかい感触。
朝の日差しがカーテンの隙間から入り込む。
アラームよりも先に覚醒する。――なんだか随分良く眠れたようだ。
「――?……!!」
目が覚めると、隣に寝ていた羽依に後ろからしがみついていたことに気付く。
柔らかい肌の感触で、一気に脳が覚醒する。右手の指先には突起の感触をしっかりと感じてしまっていた。左手は、腰骨から鼠径部にかけて触れていた。
こ、これは完全にやらかした……!
上から下まで、はだけたパジャマ姿が艶めかしすぎる。
慌てて羽依のパジャマを整え、布団から出る。
不可抗力とは言え、大変申し訳ないことをしてしまった……。
羽依が起きたら謝るべきか、知らぬが仏の言い伝えに則るべきか……。
――とりあえず、日課のロードワークに出よう。
今の自分に必要なことは、心のクールダウンだ。
表に出てストレッチを行う。程良く体が温まったところで、5kmほどジョギングをする。
運動部では無いから、何もしないとどうにも体が訛ってしまう。
中学の受験勉強で体力も筋力も激減したから、ジョギングと筋トレだけは、なるべく毎日欠かさないようにしている。
全行程を1時間程度で済ませ、帰宅する。
家に着くと、パンの焼けるいい香りがしてきた。
羽依はもう起きているようだ。
「おかえりー! 食材使わせてもらっちゃったから、後でお金払うね〜」
「ああ、ありがとう。いい香りだ。お金は良いよ。手間賃と相殺で」
だめだ、どうしても顔が蕩けてしまう。
おかえりの言葉。自分のために作ってくれた食事。俺が欲してやまないものが、そこにあった。
……誰かに“待たれている”って、こんなにも嬉しいことなんだな。
テーブルにはトーストとサラダにハムエッグが用意されてるが、今日の配置は向かい合わせでは無く、羽依のお皿は俺の右隣に配膳されている。
特にこだわりも無いので好きな場所に座ってもらおう。
「いただきまーす」
羽依を見ると、何だか顔が赤い。まさか熱でも有るのかな?
俺は一口目のコーヒーを飲む。
タイミングを見計らったように、俺の方を見ずに話し始める羽依。
「――蒼真、私の抱き心地どうだった?」
「ブーーッ!!」
俺は飲みかけたコーヒーを思いっきり吹いた。
「ガハッ!ゲホッ!……お、起きてたの!?」
「私のパジャマ直してくれて、ありがとう」
ジト目で睨まれながらお礼を言われても、全然嬉しくない。
「大変申し訳ございません!!」
盛大に土下座する俺に、吹き出す羽依。でも怒っている顔は継続中。
まあ、頬を膨らませてるだけで目は笑っているが、許された訳では無いので、謝罪を続ける。
「俺に出来る事なら何でもするから、本当にごめん!」
ああ、羽依が俺の知る限り、過去一悪い顔になっている。
「何でもするって言ったね! 言質取りましたあー!」
勝ち誇る羽依。俺、何されるの……。
吹き出したコーヒーを拭いてから、食事を再開する。
「悪気がないのは分かってるからね~。気にしなくてもいいよ。なんでも言う事聞いてくれるんだし♪」
やたらと上機嫌の羽依。好きでもない男に体を触られて嫌な気しないのかな?女の子の考えることは、よく分かんないや。
「で、俺は何をすればいいのかな?」
羽依が顎に指をあてて考えてる。
「蒼真、今日動物園にいきたいって言ったら連れて行ってくれる?」
それってデートじゃない!? 土日は全く用がないし、断る理由が見当たらない。
「もちろんかまわないよ。でもそれじゃ謝罪にはならないよね?」
「そうかな? 私のわがまま聞いてくれるんだから、それでもう良いよ」
羽依は茶目っ気たっぷりに笑って、そう言ってくれた。怒りが収まったのか、そもそも怒ったフリしてたのか。何にしてもよかった~……。
「今日は動物園で遊んで、明日は勉強しよっか! 蒼真がどれだけ出来るか、確認もしておきたいしね~」
「ありがとうね。動物園なんて久しぶりだから楽しみだよ」
色々気を遣ってくれているのが伝わって、心がほっこりと温かくなる。本当に優しい子だなと思う。
食事と片付けを済ませて、支度を始める。
「ちょっとシャワーだけ浴びるね。ジョギングの後だからさ」
風呂場に行こうとする俺に羽依がニマニマしながら近づいてくる。
「覗いても良いよね?」
「いや、駄目でしょ!?」
「私の裸見て触ったのに?」
「人聞き悪すぎね!? やっぱり羽依、俺のこと許してないよね!?」
俺は逃げるように風呂場に入って鍵をかけた。ケラケラと羽依の笑い声が響いてきた。ああ、当分いじられそうだなこれは……。