第68話 羽依とデート~カラオケボックスにて
日曜日。今日は羽依と、どこかへ出かけようって話になっていた。
昨日は図らずとも、真桜と地元の夏祭りを満喫したからな。気持ちよく送り出してくれた羽依には、本当に感謝している。
だからこそ、今日はその分だけ羽依を楽しませてあげたい――そんな気持ちでいっぱいだった。
9時を少し過ぎた頃、玄関の鍵がカチャリと音を立てた。
「蒼真~!」
羽依の元気な声が聞こえたと思ったら、ぱたぱたと走ってきて俺の胸に飛び込んできた。夏らしい白いオフショルのブラウスに、デニムのショートパンツ。髪はいつものサイドテイルで、愛らしいピンクのシュシュが揺れていた。夏の陽射しに負けないくらい、今日の羽依は眩しかった。
「昨日は楽しかったみたいだね。ごめんね断っちゃって 」
「ううん、こっちこそごめんね。いきなり決まっちゃって」
「理事長先生が言うんだからしょうがないよ〜。それより真桜の方が気にしちゃってね。タイムチャートでどこどこ行ったとか言ってくるの。もう真桜可愛い! 大好き!」
真桜の焦る顔が目に浮かぶようで、思わず笑ってしまいそうになる。――でも、そんなちょっとした波紋じゃ、この関係は揺るがない。俺たちは、ちゃんと信じ合っている。
「あはは……。俺はそこまで詳細には言ってなかったね。さすが真桜だ」
「蒼真に埋め合わせしてもらってね。だって。さて、蒼真はどうやって埋め合わせしてくれるのかな~」
俺を試すように、上目遣いでニヤニヤしてくる羽依。やっぱここは一つ、楽しめるところに連れて行くべきだろうな。
「うん、テーマパークはどうだろう」
「ん~……お金かかるところはちょっとね~。夏休みで色々使っちゃってるし。蒼真もこれからの事を考えたら倹約したいよね」
羽依の言うことは全面的に正しい。節約は大事だ。でも、どこに行くにもお金はかかるからなあ。
「そうだ! カラオケってどうかな? まだ二人で行ったこと無かったね。そこまで高くもないしさ」
まるで向日葵が咲いたように、羽依の表情がぱっと明るくなる。正解を当てた気分だ。俺としても、昨日ステージで歌った時の余韻がまだ残っていた。
「私をカラオケに誘うってことは、歌に自信があるんだね?」
「どうだろう? あまり期待しないでね」
「聴いてからのお楽しみだね! じゃあフリータイムで思いっきり歌いまくろうよ!」
というわけで、駅前にあるカラオケ店まで向かうことにした。
照りつける夏の日差しが容赦なく俺達に攻撃する。うだるような暑さに羽依はすっかり溶けきっていた。
「あづい……。蒼真の部屋でもよかったかもね……」
「都内の暑さはホント地獄のようだねえ……。まあカラオケボックスならきっと涼しいさ。あとちょっと、頑張ろう!」
店内に入ると冷房が心地よく効いていた。
フリータイム19時までで1300円。たっぷり歌えるし、昨日の埋め合わせと思えば随分と安上がりだ。
「ポップコーン食べ放題だって。都内のカラオケボックスはすごいね~」
「その分狭いけどね。ここはまだマシだけど、この間、真桜と行ったところなんてすごく狭かったよ」
「へえ~、恋人同士なら密着できて良いかもね」
「蒼真と私なら問題ないね! 膝の上に乗って歌っちゃうよ!」
部屋に入ると中は薄暗く、ソファーはやや大きめな二人がけのタイプだ。ローテーブルがあるだけでステージはない。思ってたよりずっと狭かったけど、窮屈ってほどじゃない。
汗をかいたままだとクーラーで風邪をひいてしまうので、持参したタオルで汗を拭き取る。羽依のブラウスも汗でやや透け感が出てしまって、妙に艶っぽくて目のやり場に困った。俺の視線に気づいたのか、羽依が悪戯っぽくニヤニヤしている。そんな彼女から視線を外し、周囲を見渡した。
「――なんか雰囲気あるね。二人きりになりたい時は良いかもね」
「そうだね~。私たちは二人きりになれる事多いから関係ないけどね。蒼真がアパート暮らしで良かった」
「でも、この先羽依の家にやっかいになる場合、アパートは解約しちゃうんだけどね」
俺の言葉に羽依がくすっと笑い、俺の手を握り自分の膝の上に持ってくる。その生肌の感触に心臓が跳ねる。
「一緒に住む方が絶対楽しいって! アパート行けなくなるのはちょっと寂しいけどね。今のうち一杯思い出作っておこうよ!」
ポジティブな羽依がとても愛おしかった。頭をぽんと撫でるとくすぐったそうに目を細めた。
ドリンクバーからポップコーンとコーラを持ってきた。羽依はクリームソーダ。ソフトクリームを乗せたやつだ。そんな事もできるのか。
「羽依のクリームソーダ、美味しそうだね」
「蒼真のコーラにもソフトクリーム入れたらコーラフロートだね」
「その手があったか! 羽依は天才だね!」
「常識だよ~! 蒼真は友達と来たこと無いのかな?」
「無いですよぅ……」
羽依がよしよしと慰めてくれた。頭を撫でられる感触がくすぐったくて、ちょっと照れた。
そんな軽い会話の後に端末を操作する。予め決まっていたのだろう、羽依が手慣れた感じに選曲をした。
「~♪」
今流行りのJPOPだ。とても上手に歌っている。
少し高めで、ちょっと癖のある歌い方。でも、それが羽依の個性になっていて、思わず聴き惚れてしまう。
アニメ声っぽい可愛さなのに、ちゃんと芯があって、耳に残る。
なんだろう……この曲、羽依のためにあるみたいだ。
……やばい、惚れ直しそう。
「95点! すごいね羽依! めっちゃ上手だったよ」
「んふ、蒼真にこの点を超えられるかな?」
得意げな羽依が可愛らしい。でもギャフンと言わせたい気持ちにもなるよな。よし、本気をだそう。少し古めなロックだけど羽依は知ってるかな?
「~♪」
俺の歌を終始じっくり聴いていた羽依。歌い終わって拍手をするものの、ぼーっとしていた。
「蒼真、すごいね……」
「すごいってどっちとも取れるね……。下手だったかな?」
あまり人に歌を聴いてもらうことなんて無かったからな。下手ではないと思いたい。
「ううん、すごく上手。点数も92点だって。でももっと高くてもいいと思う。巻き舌もファルセットもきれいに決まってたよ! 高音もブレなかったし、音程も安定してた。ほんと、カッコよかったよ!」
「え、えへ。そっかな。そんな手放しで褒められると勘違いしちゃう」
羽依は褒め上手だなあ。でも、気分良くなっちゃったので、もっと歌おう!
懐かしめなJPOPや大分古い洋楽。俺の知ってる歌を羽依と交互にいれる。やばい、楽しすぎる。ご飯も食べずに気づけば夕方近くまで歌い続けてた。
「そろそろ無理……。喉が枯れて声がでない……」
「ガチで歌いすぎたね。でも蒼真の意外な一面がみられて嬉しい! こんなに歌が上手いなんてね~」
「いや~一人で家で歌いまくってたからね。家族が居ないメリットかな! あはは!」
「——自虐がきつすぎて笑えないよう~……」
「ごめん……」
そう言って二人見つめ合い、吹き出してしまった。
「二人きりのカラオケだからね、もっとイケナイ雰囲気にもなるんじゃないかって思ってたけど、やっぱり蒼真だね~」
「あれ、期待外れだったかな。——でもそう言われると、ちょっとは頑張ろうかなって気になるよね……」
羽依の目が途端に妖しい目に変わる。ちょっとスイッチが入ったように見えた。
「へえ~……。蒼真はどうやって頑張るのかな」
羽依がそっと俺の膝の上に手を置く。何とも言えない艶めかしい感触だ。
挑発的に俺の目を見る羽依。いつもの明るく可愛らしい雰囲気ではなく、気まぐれに悪戯してくる雌猫のようだった。
羽依のオフショルのブラウスがとても可愛らしい。デコルテをそっと撫でると羽依がびくっとした。
優しく落ち着かせるように口付けを交わす。デコルテから下の方までそっと撫でていくと、羽依はさらに体を俺に預けてくる。二人の触れ合いをもっと促すように。
羽依の体温を感じる。汗をかいているはずなのに不快な匂いが無い。どうして羽依はこんなにいい香りなんだろうか。俺は匂わないかなとか、うっかり考えてしまう。
そんな俺の考えはお構いなしに、羽依は両手を伸ばし、ぎゅっと俺にしがみついてきた。
優しい口付けは強さを増していく。徐々に口の中を甘く触れ合っていく。
俺の手から伝わる柔らかくも温かい地肌の感触。――脳が焼け付きそうになる。
息をするのも忘れてキスをしていた。
二人の息が切れると同時に口を離す。
銀糸がつーっと離れていった。
火を吹き出しそうなほど真っ赤な顔をしてる羽依。俺の方を潤んだ瞳で見つめてくる。
「……ばか、蒼真のえっち」
「ごめん。嫌だった?」
何も言い返さずに俺の胸に顔を埋めてくる羽依。その可愛らしい仕草に、俺の理性が崩壊しそうになっていた。
――ふと時計を見ると17時を過ぎていた。羽依を無事に送り届けるという使命感が俺を制止させた。
お会計を済ませ店を後にする。帰り道は口数が少なかった。
「ちょっと遅くなっちゃったね。家まで送るよ」
「うん、ありがとう。ご飯食べそびれちゃったね。うちで食べていこ? ――もうちょっと一緒に居たいの。だめ?」
甘えるように俺を誘う羽依。そんな可愛い誘いに断る術はなかった。
「美咲さんに連絡入れないとね。今日はそっちに泊まりますって」
羽依はぱっと明るい顔になった。離れたくなかったんだな。俺も一緒だ。
「アパートとカラオケ、同じ二人きりなのに、なんか……こっちのほうがドキドキした」
「俺もそう思った。背徳感があるからかなあ。アパート住んでなくても、二人きりになりたかったらカラオケでも良いかもね」
「うん! 良いこと知ったね蒼真! またカラオケでイチャイチャしようね~」
そう言って、羽依はぎゅっと俺の腕にしがみつく。道端でもイチャイチャしてるじゃないか、と思ったら、何だか可笑しくなってきた。
カラオケの楽しさを知ってしまった。――もう、アパートにこだわる必要なんてないのかもしれない。
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