第67話 夏祭り後編~九条先輩来襲
「お久しぶりです真桜様! いいなあ~彼氏とデートですか! ってそっちの彼氏って……あれ……藤崎蒼真!?」
知らない女子にフルネームで呼ばれてしまった。いや、見たことはあるような……。
「二人、つきあってるんですか!? まさかそんなはず無いですよね!? 真桜様が、こんなミジンコと……。まさか、脅されたんじゃ!? 藤崎蒼真、なんて卑怯な……このゲス野郎!」
4人の女子は俺達を囲むようにやいやい言ってる。
はぁ……。だから地元には来たくなかったんだよなあ。
「蒼真、あなた本当に嫌われてるわね。よっぽど彼女たちに悪い事してきたのね。最低だわ。一緒に謝ってあげるから、何をしたか白状しなさい」
真桜が面白そうに言ってくる。でも目が笑ってない。明らかにイライラしているようだ。
「申し訳ないけど、全く身に覚えがない」
「あらそうなの? おかしいわね。——私の彼氏は貴方たちに何もしてないそうよ。あなた達の言い分は?」
「か、彼氏!? そんな、真桜様に不釣り合い過ぎます! もっと良い人いたじゃないですか! 野球部のキャプテンの杉沢くんとか」
「私が付き合う人をなぜ貴方たちに決められなくてはいけないの? それと前から言ってるでしょ。様付けは止めてと」
「あ、その、すみません。ですが、その男は評判のワルで」
「ワルねえ……。何か蒼真、悪い事したの?」
「うちの裏の空き地の芝を育てたのは罪になっちゃうかな。あれは不法侵入だったかなあ……」
「まあっ! そんな悪い事したの? それは重罪ね」
大げさに驚く真桜。そして彼女たちを見据える。
「ごめんなさいね、私の彼がそんな悪いことをしたなんて。確かにワルだったようね」
「いや、あれ? そんな……。藤崎蒼真はワルで有名で……」
俺を責めていた女子たちは一様にお互いの顔を見つめしどろもどろしていた。その時だった。
「あははは! 藤崎蒼真は悪い子よ。私が言いふらしたの」
彼女たちの背後から浴衣姿の長身美人が現れた。——この人、学校で見たことあるような。
「貴方は二年の九条さん。蒼真、同じ中学高校の先輩よ。貴方面識あったの?」
「高校では見たことあると思う。でも、中学の先輩ってのは知らない……」
俺の知らないという言葉に顔を引きつらせる九条先輩。
「藤崎くん。あなた以前、草刈りバサミで先輩たちを追い払ったでしょ。あの中に私もいたのよ。覚えてないのかしら」
「あの時は頭に血が登ってたから……でも、言われてみれば……。少し離れたところに女子がいたかな?」
「居たのよ。私の彼――元彼もね。貴方の剣幕に元彼がみっともなくお漏らししてたの。まあ、そんな男とはすぐ別れたけどね。チビリの元カノって言われて随分恥ずかしい思いをしたわ」
懐かしむような笑顔でとんでもない思い出を語ってる。
「え、マジですか。ああ、いや。それは大変申し訳無いことをしました……。ごめんなさい……」
「刃物を振り回すなんて、悪い子って言われて当然でしょ? 私が広めた話はあっという間に尾鰭がついて伝播して行ったわ。今の時代ってホント怖いわねえ」
自分のやらかした事が自分に返ってきたわけか。尾鰭がついたとしても自業自得だったな。悪い事してないなんて言えなかった……。
「でも、そんなことはどうでもいいの。 私、あれから貴方に興味を持っちゃったの。藤崎くん。私と同じ高校を選んでくれるなんてね。運命感じちゃうじゃない? 嬉しい……」
すっと俺に近づいてくる九条先輩。セミロングの黒髪に狐のお面を付けている。身長は俺より少し高いぐらい。
そっと手を伸ばし俺の頬を撫でる九条先輩。——振り払おうとするものの、体が硬直して動かない。綺麗な人なのに……何でこんなに怖いんだろう……。
「ところで結城さん。貴方、藤崎くんの事を彼なんて言ってたわね。何でそんな嘘つくの?」
敵意を剥き出しにして真桜を睨む九条先輩。同じ学校であればすぐボロがでる嘘だった。しかし真桜は顔色一つ変えずに涼しい顔をしている。
「私と蒼真は彼女公認の仲なの。私たちの形をとやかく言わせるつもりはないわ」
真桜の言葉に少しだけ驚いた風に見えたが、すぐに薄く笑みを浮かべる。
「ふふ、貴方も大概いびつね。——ああ、藤崎くん。やっと貴方とお話ができたわ。嬉しい。今度私のうちに遊びに来なさい。 良いもの見せてあげるから」
笑顔を向ける九条先輩。表情は笑顔のはずなのに、どうして空虚に見えるんだろう。過去に覚えのないぐらい背筋がぞわっとした。この人は危険過ぎると俺の本能が警鐘を鳴らしている。
「結城さん。貴方、秋の生徒会長選に立候補するんでしょ。楽しみにしてるわね。またね……藤崎くん……。蒼真くん」
人混みに紛れるように去っていった九条先輩。一体何だったんだ……。
皆一様にぽかーんとしていた。
「九条先輩って、あの激ヤバな先輩だよね。お金持ちで頭良いんだけど、裏で何やってるか分からないって。知り合いの先輩たちみんな怖がってた……」
「怖かったあ~……」
「藤崎くん、ごめんなさい! 私たち噂を鵜呑みにして酷い誤解してたみたいね。それにしてもすごい人に目をつけられてるね。気をつけてね……」
彼女たちは口々に謝罪の言葉を述べているが、俺にも責任があることも分かったし、正直くすぐったかった。
「いや、俺なら大丈夫だよ。もう気にしてないし。それに、今は毎日が楽しいんだ」
実際過去のことはもう気にしてない。彼女たちに笑顔を向けることもできた。しかし、彼女たちはまじまじと俺を見つめ返してくる。変なこと言っちゃったかな……。
「……はっ! 真桜様、じゃなくて結城さん。ごめんなさい! 色々思い違いで藤崎くんを傷つけてました。二人のこと応援してます! 頑張ってね、蒼真きゅん!」
散々騒いだあげく、彼女たちは去っていった。
取り残された俺と真桜。
「……行こうか、蒼真きゅん」
「マジやめて。真桜様」
お互い顔を見合わせ思いっきり笑ってしまった。
「それにしても俺達って付き合ってたの?」
「うっさいわね、冗談よ。まあ、今日ぐらいは彼女公認なんだし、許してくれるわよ」
そう言って再び手を繋いだ。今度は指を絡めるようなカップル繋ぎ。その感触にドキッとしながらも、楽しそうに顔をくしゃっとさせて笑う真桜に、俺もつられて笑ってしまった。
その後も真桜の食べ歩きは続いた。俺も散々つきあわされて腹が苦しくてはち切れそうだった。
のど自慢に飛び入りで参加した真桜。和装美人なのに洋楽の女性シンガーの大ヒットソングを披露した。抜群の声量と声域、素晴らしい歌声だった。
さっき居た女子たちも「真桜様」を連呼していた。ファンサで手を振っていた真桜に少しホッとした。地元に変な軋轢を残して欲しくなかったから。
アンコールの声が飛び交い、真桜がデュエットソングを選択する。無情にも壇上に俺を引っ張り上げる。こうなったらヤケだ!
洋画アニメのデュエットソング。知っててよかった。
俺の歌声はどうかは分からないけど、真桜は喜んでいた。さっきの女子たちも「蒼真きゅん~!」と声援をかけてくれていた。案外悪くなかったのかな? でも、きゅんは恥ずかしいから止めてほしかった。
景品は可愛くて大人気な地元のゆるキャラの大きなぬいぐるみだ。真桜は顔をくしゃくしゃにして、とても喜んでいた。
こんなに楽しい祭りは初めてだ。気の合う親友と一緒に過ごせて、地元に良い思い出を残せた。
——その後、理事長と合流した帰りの車中。真桜は遊び疲れて寝てしまっていた。
「理事長。今日はありがとうございました。おかげで地元に良い思い出が残せました」
「——そうか。お前の話は健太と美咲から聞いた。随分と辛い思いをしたようだったからな。楽しかったなら——それでいい」
理事長の胸の内は計り知れない。ただ、俺の家の前を通ったのは偶然では無かったようだ。あのルートは通る必要がなかったのだから。
売れる見込みも無いので更地にする話は聞いていた。最後に生家を見られて本当に良かった。
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