第65話 真桜の手料理
今日は土曜日。朝食を雪代家でいただいた後はアパートに帰宅した。心配していた寝相の悪さは今日は現れなかった。らしい……。
「蒼真はお母さんと一緒なら寝相が良いんだね。これなら温泉旅行も安心だね!」
「あ、あぁ。そうだねえ……」
「……」
少し言い淀んだ美咲さんがとても気がかりだった。
羽依と美咲さんは土曜日の午前中に仕入れに行くのが恒例になっている。
俺も仕入れに付き合ってみたいけども、真桜との稽古があるのでそっちを優先させてもらう。
今日は真桜の家で古武術の稽古の日だ。そろそろ10回ぐらい通ったかな。基礎的な動作は家でも練習はしているので、大分覚えてきたような気はする。ちょっとは強くなってきてるのかな?
真桜からLINEがきた。
真桜「おはよう、今日のお昼、何が良い?」
蒼真「おはよう、いつもありがとうね。お昼は高級フレンチな気分かな!」
真桜「ふーん」
……俺のウィットに富んだジョークに塩対応。
あれ、なんかスイッチを押しちゃった?
蒼真「すみません生意気言いましたあ! 何でも良いです!」
真桜「トリコロールカラーのおにぎり握っておくわ」
蒼真「赤はともかく青はどうすんのさ!?」
真桜「ブルーハワイのシロップがあるの。丁度いいわね」
蒼真「やめてーー!」
大体いつも稽古前にお昼を食べさせてもらっている。料理上手な真桜の手料理を毎週食べられるって贅沢だなあと思う。
ただ、頂いてばかりでは申し訳ないので、俺も何かしらを作って持っていく。今日はプリンだ。なんか女子ウケ良いんだよなこれ。俺も大好きだから、つい作ってしまう。
プリンを保冷バッグに入れて道場まで歩いて行く。自転車欲しいなって思ってたけど、未だ買ってない。盗まれても悲しいし、どうしようかな。
都内の8月は地獄の暑さだ。灼熱の太陽が恨めしい。40分の道のりが果てしなく感じる。焼けたアスファルト、ジメッとした湿気。家でまったりしていたい……。
でも、無償で俺に付き合ってくれている真桜の事を思うと頑張ろうって気になる。さあ、あと少しだ。
道場前についた。ここで「たのもー」とか言ったら、道場破りっぽくてエモいな。
……そんな事はせずに呼び鈴を鳴らす。
「いらっしゃい蒼真。さ、上がって」
ライトブルーのTシャツとグレーのショートパンツ姿の真桜が出迎えてくれた。髪は後ろにお団子で纏めてある。暑いからかな。普段隠れているうなじが見えるのってやっぱり色っぽいと思う。
相変わらず家ではラフな格好だな。よそ行きの時は清楚なお嬢様スタイルが多い彼女だけど、俺と会う時は大抵飾らない家着だ。俺もその方がお気楽で助かる。ただ、綺麗な生足にはドキッとする。
「真桜、これプリン。冷蔵庫に入れておいてね」
「うれしい! ホント蒼真はマメね。あとで一緒に食べましょう」
とても嬉しそうにニコニコして台所へ向かっていった。プリンの力は絶大だなあ。
居間に通されてすぐに麦茶を出してくれた。ありがてえ!
灼熱地獄から冷房の効いた室内に入り、キンと冷えた麦茶を飲む。ああ、幸せだ。
「表は暑いわよね。蒼真は自転車持ってないの?」
「購入検討中だよ。ここまでの道のりは徒歩だと疲れるね。バスは勿体ないし、まあ修行の一環だと思っておくよ」
真桜はくすっと笑って麦茶をもう一杯ついでくれた。
「心配なのは熱中症よ。ちゃんと水分とりなさいね」
「ホント都内は暑いよねえ。麦茶ありがとう。真桜の入れる麦茶はほんと美味いね。何か工夫があるのかな」
「ふふ、さすが蒼真はわかるのね。軽く炒ってるのよ。ちょっとだけ手間を掛けるととても美味しくなるの。おすすめよ」
その、一手間が面倒なんだけどね。そういうところを妥協しないのが真桜らしさなんだなって思う。
「そのマメさは尊敬するよ。理事長もいつも美味しい麦茶が飲めて幸せだろうね。そういや理事長はお出かけ?」
「居ないことがほとんどだからね。でも今日はどうかしらね。来るかもしれないわ」
「また喧嘩しないでね……」
以前の二人のやり取りを思い出す。育成方針の不一致で揉めに揉めて一触即発の状態だった。お互い譲らないんだものなあ。
「その件に関しては解決してないわね。でも、私のほうが理に適っていると思うでしょ?」
「そうだね。理事長の稽古はしごきって感じだったからね……」
「頑固なんだから、まったくもう。まあスパルタも悪いばかりではないのも分かるわ。私ももうちょっとだけ厳しくしちゃおうかな」
真桜の目が妖しく光る。背筋がゾクッとした。
「俺は優しい真桜が好きだなあ!」
「あら、私はいつでも優しいでしょ? 今日のお昼も特別なものを提供するわ」
「えー? マジでトリコロールおにぎり!?」
「ふふ、後でのお楽しみね。そろそろお昼の支度始めるわね。蒼真はゆっくり休んでてね。寝ててもいいわよ」
そう言って支度を始めに行った。
特にやることもないので部屋の中をぼーっと眺める。
サイドボードにはDVDが大量にあった。全部自作のDVDだ。道場関連のものかな?
勝手にいじるのも悪いので、ごろっとしながらスマホをイジってよう。暇つぶしには最高だね。現代の必須アイテムだ。
新し目な畳の香りを感じながらスマホをぽちぽちしていたら眠気が……。
「——蒼真。おまたせ、食べましょ」
「あ、ごめん真桜。寝ちゃってた……」
「昼寝なら悪い癖は出ないのね。ちょっとだけ焦ったわ」
真桜が意地悪な顔でからかってくる。ぐぬぬ……。
チーズの焼けた良い香りが漂ってる。思わず腹の虫が鳴った。
テーブルの上にはホットサンドの上に目玉焼きが乗っている。これは確か、クロックマダムってやつだったかな。ボールに入ったサラダもツナ、トマト、いんげんと見た目も華やかでとても美味しそうだ。
「おお、ほんとにフレンチ作ってくれたんだ。こっちのサラダもフレンチぽいね」
「ニース風サラダね。私もこの前の旅行でフレンチに目覚めたの。色々作ってみたけど、これはとても簡単で美味しかったわ。さあ、熱いうちに食べてね」
「さすがだね~。どれ、早速。いただきます」
香ばしいパンの香りとベシャメルソースのクリーミーな風味がたまらない。チーズに目玉焼きの相性も抜群だ。
「うまっ! 初めて食べたけど、これ良いね~」
「ふふ、ありがとう」
真桜がサラダをトングで取り分けてくれる。それにしても今回も量がすごいな。
「かなりの量だね。食べきれるかな?」
「全部食べれるならそれでも良いわよ。一応余ったらお祖父様の分ね」
理事長の分もあるなら納得な量だな。さすがは真桜。効率的だ。
「うん、やっぱり美味しい。簡単で美味しいのは良いわね。フレンチって難しい技法も多いけど、手軽で美味しく作れるものも色々あるのよね」
「そうそう、キッシュなんかも簡単でよかったよ」
「へえ、どうやって作ったの?」
そんな感じでフレンチ談義で大いに盛り上がりながら昼食を終えた。趣味が合うのって楽しいよね。
食休みをしているところで玄関から物音がした。理事長かな。
「ただいま。蒼真、真桜。今日は稽古が終わったら出かけるぞ」
「へ? どこへ?」
「なに、お祖父様いきなり。どこに行くの?」
理事長はニヤッと笑っている。どこかの悪役俳優のようだった。
「おまえらの地元の夏祭りだろう。俺が用があって行くからな。お前たちも来なさい」
理事長と何度か接して俺も十分理解している。
ああ、これ拒否権無いやつだ。
真桜も諦め顔で俺の方を見ていた。
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