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第64話 覚悟

 22時になった。お店の片付けの時間だ。店内に入ると、羽依が美咲さんに向かって得意げな顔でサムズアップしていた。


「あは、羽依、蒼真落ちたんだね」


「んふ。やったねお母さん! 私のプレゼン力の前では蒼真なんてちょろかったね!」


「それ、本人眼の前にして言うか?」


 羽依と美咲さんは両手でグーパン、ハイタッチからハグしてた。なんだその無駄に完成された連携は。練習してたのか?


「じゃあ今夜は酒盛りだね! いやーめでたいめでたい。リビングで飲もっか!」


「お母さん飲む口実欲しいだけでしょ。でもいいよ。今日はめでたいからね!」


 二人のこの喜びようはなんだろう。

 やっかいものが一人増える事になるのに。


 そんな、駄目。


 もう無理……。


 嬉しくて、温かくて、こらえきれないじゃないか……。


「あ~お母さん、蒼真また泣いちゃったよ。最近涙腺緩みっぱなしだね」


「羽依、男も泣きたい時はあるんだよ。ほら蒼真。こっちきな」


 そう言って俺を優しく抱きしめる美咲さん。

 その包容力に今はただただ甘えていた。



 みんなでリビングに移動し、宴会状態となった。夜更けに食べると危険な高カロリーおつまみや乾き物がたっぷり用意された。


「もー無理。恥ずかしすぎる。やっぱ一緒に住まない」


 ニヤニヤする羽依と美咲さん。ほんと俺の涙腺一体何なの。ぶっ壊れた蛇口か。


「蒼真。男に二言は無いんだよ。ね、お母さん」


「そうだねえ。で、実際のところいつから住むかは考えたのかい?」


「——もしよかったら、アパートの更新が3月いっぱいだから、2年生になる前ぐらいからご厄介になろうかと」


「えー! 来年!? 今日からでいいよ~」


 さっきいつでも良いって言ってたと思ったけど気のせいだったかな。


「あはは、まあ良い頃合いだと思うよ。一人暮らしだって満喫したいだろうしね。しばらくはアパートとこの家を両方使いな。これ、うちの鍵。大事にしなよ」


 美咲さんは家の合鍵を渡してきた。


「ちょっ、美咲さん! 受け取れませんよ!」


「蒼真だって羽依に合鍵渡したんだろ? お相子だよ」


「一人暮らしのアパートと価値が全く違います! 一緒に住んでからでお願いします」


 美咲さんはくすっと笑って合鍵を戻す俺の手を握った。温かい手の温もりに緊張が少し緩んだ。


「私たちの本気を見せたいんだ。冗談や安請け合いじゃないってことだよ。男手が欲しいって以前言ったのを覚えてるかい? お父ちゃんが死んでから、羽依も私も散々怖い目にあってきたんだ」


 洒落にならない内容ばかりの事例を聞いた後なだけに、生々しさがあった。俺はごくりと生唾を飲んだ。


 美咲さんは元ヤンで腕っぷしも相当強く、複数の男性を圧倒するって話だ。そんな彼女が素直に怖いと表現する。説得力は絶大だった。


「舐められたらおしまいってヤンチャしてたころは言ってたけどね。女ってだけで舐められるのは事実としてあるんだ。自分の力量も理解できずに無謀に喧嘩売ってくるバカを全部相手する事なんて出来ないしね」


 いつも勝ち気な美咲さんにしては珍しく弱音を吐いている。それだけ色々な目にあってきたんだろう。羽依もすっかり落ち込んじゃってる。


「男手があればすべて解決するってわけでもない。蒼真だって危険な目に巻き込まれるかもしれない」


 美咲さんの言葉に羽依がびくっとする。羽依はそこまでの考えには至ってなかったようだ。美咲さんの顔を見つめる羽依はいつになく怯えているようにも見えた。


 俺にできることが分かってきた気がした。務まるかどうかは分からない。ただ、彼女たちが穏やかな心で過ごせる一助になるのであれば、俺は何でもしたい。恩を返したい。


「美咲さん、羽依、俺、もっと強くなるから。みんなを守れるように。この鍵は預かりますね。大事にします。俺の覚悟です」


 俺の言葉に美咲さんが真剣な表情から一転、大輪の華が咲くような艶やかな笑顔を見せてくれた。


「あはは、そこまで深刻に考えなくてもいいさ! でも、これで正式に我が家の一員だ。よろしくね。蒼真」


「蒼真、私を守ってね! 私も蒼真を守っちゃうよ!」


 羽依らしい言い回しにちょっと笑っちゃった。なんか良いな。お互い守り守られる感じ。


 その後はみんなで大いに盛り上がった。美咲さんは旅行のお土産の地酒を堪能し、羽依もずっと楽しそうに笑っていた。

 

 やっぱり良いなあ、この家。家族の一員だって言ってくれた美咲さんの言葉がずっと頭に残っていた。スマホで録音しておけばよかった。リピってずっと聞いていたい。


 宴会もお開きになり、お風呂に入って寝支度を済ませ部屋に戻った。

 

 今日は色々あったな~。バイトは忙しかったし、先生来たりとか。そしてプレゼンから宴会の流れ。雪代家はいつも賑やかだなあ。


 ——トントン。


 羽依が部屋に来た。旅行で燕さんからもらったナイトウェアを着ていた。とっても可愛らしい白いベビードール。透け感があって、とても艶めかしい。頬を赤らめて羽依が寄ってくる。


「今日は一緒に寝てもいい?」


「うん。俺も一緒に寝たいなって思ってた。おいで」


 布団に入ってきた羽依を抱きしめる。触れる肌には未だに慣れず、やはり心臓は大きく跳ねる。でも、羽依の体温に心が安らいでいく。


「明日は真桜とずっと一緒だもんね。今は私だけの蒼真」


「——真桜と一緒なのって嫌だって思ったりする?」


「ううん、それはない。むしろ仲良くしてくれた方が全然嬉しい。真桜って寂しがりやなんだよね。電話しててもずっと切りたがらないの」


 旅先での真桜の言葉を思い出す。常にクールで勝ち気に見えて、内面はとても脆そうな彼女。


「だから蒼真には真桜を大事にしてもらいたい。遊びの浮気は絶対許さないけど、真桜も大事にするならちょっと良いかなって思っちゃう」


「——羽依の気持ちは複雑だね。俺にそんな器用なことは出来ないよ。真桜は俺にとっても大切な友達だから大事にするよ。それに今は彼女の教えが必要だとも思うし」


「そうだね、ごめんね変なこと言っちゃって。私も正直どうしたいのかさっぱり分かってないな。とにかく真桜と蒼真が一緒に居ることに嫌ってことはないよ。ただ、明日会えない分ぎゅってしたいの」


「羽依あったかくて柔らかい。最高の抱き枕だね」


「んふ、最高級抱き枕だよ。絵も可愛いでしょ? いっぱいキスしても汚れないんだよ?」


 羽依の顔が近づいてくる。その距離……ゼロ。彼女の唇が俺の唇に触れ、静かに押しひらかれていく。熱と柔らかさが、じんわりと染み込んでくるようだった。その時。


 トントン。


「お邪魔するよ~私もいれて~」


 美咲さんが入ってきた。シンプルな赤いパジャマ姿だけど、羽依以上に主張している双丘の谷間の主張がやばすぎる。


「ちょっ、お母さん! なんで!」


「いいじゃないか、家族なんだから。たまには3人で寝ようよ」


「もう〜、すっごくいいとこだったのにぃ……!」


 羽依はぶぅっと頬を膨らませて、ぷんすかしてる。……でも、目は笑ってた。乱入イベントを楽しんでる様子だ。


「あはは、続けてもいいよ。見守ってやるから」


「すみません遠慮させてください」


 美咲さんはちょっとだけ意地悪な顔をしていた。


「蒼真の寝相の悪さも知っておかないとねえ」


「ちょっ、羽依! そんな事、美咲さんに言ってるのっ!?」


「全部言ってるよ。責任とらせないとね~」


 ね~って親子で可愛く言ってる。

 ああなるほど。俺はもうすでに詰んでたのか。納得。



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