第63話 羽依のプレゼン~質疑応答
「……以上で発表を終えます。ご清聴ありがとうございました」
10分程度のプレゼンが終わった。ネタかと思ったプレゼンだったが、思いの外しっかり良く出来ていた。それに聞き捨てならない内容もいくつかあった。
とりあえず、形式に倣って手を挙げてみる。
「はい、蒼真さん」
「えー、プレゼンの中にあった、1・雪代家のメリットの中にあった過去のトラブル事例ですが、もう少し詳しく聞いてもいいですか。特にこの羽依の中学生時代の拉致未遂事件」
「私が奔放というデマが外部に流出した事例ですね。SNS等で出回ってしまったようで、不審者の付きまといが発生していました。警察に相談しようとしていた矢先、不審者は強硬手段をとってきました。私が店先に出たのを見計らってワゴン車で拉致しようとしたのです。とっさに大声を出したからお母さんが来て助けてくれました」
淡々と述べる内容にはあまり熱がなかった。羽依としては客観的に述べているほうが、事実を説明しやすいのだろう。その為のプレゼンなのかと納得した。
いや、洒落にならないだろう……事件じゃないかこれは……。
「羽依と美咲さんに怪我は無かったの?」
「うん。それは大丈夫。すごく怖かったけど、私は腕を掴まれただけで済んだの。……あの時、本気で怒ったお母さんを初めて見たんだ。お母さんは多分誰にも負けない。男の人3人居たけど、気づいたらみんな倒れてたんだ。」
「——美咲さんすごすぎるな……。でも、無事で良かった」
「他にも資料にあるように、下着泥棒とかもあったし、お母さんも盗撮されたこともあった。そういうのがSNSで拡散されて、また不審者がやってくると」
最悪な悪循環だ……。
「女の人だけの家は狙われやすいの。お母さんがいくら強くたって防げないものもあるの」
「美咲さんが言ってた男手があったほうが良いって言ってたのは単に力仕事だけでなく、そういうのも含まれるのか……」
確かに下着泥棒とかは男の下着を一緒に吊るすと狙われにくくなるって話があるらしい。
雪代家のメリットとして俺が住むという話は実に合理性があるように感じた。
「続いて2・藤崎蒼真の経済事情についてだけど。俺のアパートの家賃や光熱費とかスマホ代とかバイトの給料とか随分丁寧に調べたね」
「うん、そこは頑張った!」
誇らしげに得意満面な表情の羽依。
頑張っちゃったんだ。
——俺のプライバシーはひとまず置いておこう。
一人暮らしを続けた場合と雪代家で暮らす場合の収支が記されている。
この先の潜在リスクとして、仕送りが途絶えた時のリスクの回避方法まで記載されている。ちょっとこれ、すごすぎるぞ……。
「俺が一人暮らしを続けていて、経済的困窮に陥った際の法的手続きや学校の手続き方法とか、よく調べ上げたね。いつの間に……」
「蒼真が一人暮らしにこだわった場合でもやり繰りできる方法も考えてあるんだ。でも、雪代家に来た方のが経済的メリットは大きくなるのは表にある通り」
「ふむう……」
「ちなみにこの資料はお母さんも目を通してるんだ。アドバイスも貰ってるよ」
「美咲さんまで一枚噛んでたか。んむむむ」
「まあ1と2を読んでもらえたら雪代家と蒼真のウィンウィンな関係が理解してもらえると思うんだ。もちろん決めるのは蒼真だからね。蒼真が好きな時に住み始めて良いんだよ。でも、この次を聞いて我慢できるかな?」
羽依は大詰めを迎えたように次の一手を放つ。
「3・二人のメリット。ここはこれから口頭で説明します」
「うん。伏せ字だらけでよくわかんなかったからね。頼むよ」
「まず第一に、いつも一緒にいられます! おはようからおやすみまで一緒!」
「それは……確かにとてつもない魅力だね」
そもそも『迷惑です』なんて絶対言えないじゃないか……。
「第二に私を抱き放題!」
「抱き放題!?」
強烈なインパクトだ。魅力的すぎるけど、アパートでも良くね?って言ったら絶対ダメなヤツ。そもそも俺たちまだピュアなんだけど。
「んふ、蒼真はもう陥落寸前だね。第三に、——もう、寂しくないよ」
そう言って俺にぎゅっと優しく俺の頭を抱き寄せる羽依。
頬に当たる胸の感触に、心臓が跳ねる。
ここまできてやっと理解した。
この前、迂闊にも泣いてしまったことを羽依は気にしてたんだな……。
自分の弱さがほとほと嫌になる。
どうしたものか……。
羽依のプレゼンは雪代家のメリットと俺の経済的メリットが魅力的に示されていた。一人暮らしとの比較など、選択肢も用意してくれてあった。考える余地を与えてくれる優しさもあった。
デメリットを考える。まず考えられるのが雪代家の経済的負担増。ここはどうしても考えてしまう。俺のバイト代の時給見直しで相殺できるかどうか。
世間体的デメリットはどうだろうか。学校に知られたら、同級生に知られたら。
佐々木先生は以前、いざとなったら美咲に頼れと言ってくれていた。多分学校的には問題が無い、もしくは対処法を見越しての発言だろう。
同級生に知られたら。まあやっかみはきっとあると思うけど、夫婦と称されるぐらいの仲ではあるからな。実際一緒に暮らしてみないとなんとも言えないか。
きっと後は俺がどうしたいかって事なんだろう。
羽依も今すぐ結論を出せと言ってきてるわけではないと思う。
でも、羽依と美咲さんと一緒に住む生活は——俺の求めていたすべてがそこにあると思う。
家に誰かがいる。おかえりを言ってくれる。温かいご飯を共に食べることができる。
大好きな人達に囲まれて暮らせたらどんなに幸せだろうか。
危険な目に合っているという事実も見過ごせない。あまりにも美人な二人という存在は、リスクが増大するのは十分理解できる。
俺に二人を守れる力があるかは分からない。でも、後悔はしたくない。全力で守りたい。もっと、もっと強くならないと。
じっと押し黙る俺を、羽依が不安げな眼差しで見つめる。
この瞳を曇らせたくはない。
俺も少しだけ、図々しくなってみよう。
「羽依。ありがとう。俺からもお願いしたい。——俺も羽依と一緒に暮らしたいよ」
「——蒼真っ!」
羽依は俺の胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。きっと怖かったんだろうな。俺が何て言うか。もしかしたら引かれるんじゃないかと。結局泣かせてしまったが、これなら許してくれるよね。
俺も羽依をぎゅっと抱きしめる。
こんな素敵な彼女が他にいるだろうか。
俺は一生彼女を愛し続ける。絶対悲しませるような事はしない。そう改めて誓った。
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