第62話 週末の夜~そして謎のプレゼン
金曜日、夜のバイト前のまかないの時間だ。
今日の担当は羽依。何を作るかはお楽しみだそうだ。
楽しそうに鼻歌交じりにまかないを作る羽依。なにやらふわっと良い香りがしてきた。卵料理かな?
「おまたせ! ハヤシライス風オムライスだよ~!」
おお、ビジュアルは完璧だ。この前作ってくれたホワイトソースのオムライスよりもさらに手が込んでそうだ。ふわとろ卵の上には直接かけずに、周辺にかけているのがお洒落で素晴らしい。お味の方はどうかな。
「うお……。これは美味い。ホワイトソースもめっちゃ美味かったけど、こっちも全然有りだなあ」
羽依はふふんって感じで満足げな様子。自分でも一口食べてみる。とっても美味しいって顔をすると思いきや、ちょっと首を傾げてる。
「羽依、惜しいねこれ。チキンライスじゃなければさらに良かったかもねえ」
美咲さんがそんなことを言う。ああそっか。チキンライスのケチャップとハヤシライスのベースのトマトソースが喧嘩しちゃってるのか。十分美味しいと思うけど、もっと美味しくできるのが分かっちゃったんだろうな。
「う~ん、いけると思ったけど、ちょっと味がぼやけちゃってるかなあ……。難しいなあ。まあ次の課題だね。でもこれはこれで美味しいからいっか!」
彼女のそういう前向きなところがたまらなく愛おしい。
「めっちゃ美味しいよ羽依。次はさらに美味しくなるなら楽しみ倍増だね」
「ありがとう蒼真! 次回のアップデートに乞うご期待!」
さあ開店の時間だ。今日もお客さんはすでに並んでいる状態。
「いらっしゃいませ~!」
あっという間に満席になる。表も順番待ちのお客さんが何組かいる。その中に見知った顔が。佐々木先生だ。
「美咲さん、佐々木先生来てますよ」
「お、健太きたか。ふふん、約束守ったようだね」
そう言ってニッと笑う美咲さん。お店来るようにって前の面談で言ってたもんな。でも担任が来るのはちょっと緊張する。羽依にも伝えておこう。
「羽依、佐々木先生来てるよ。表で並んでる」
「げ、そうなの?—— 緊張しちゃうね~」
羽依はちょっと嫌そうな顔をしていた。担任が来るのは確かに嫌かもしれないけど、羽依らしからぬ反応だなって思った。
30分ほど経って佐々木先生の順番がきた。
「いらっしゃいませ先生。お久しぶりです」
「藤崎、頑張ってるみたいだな。いや~相変わらずの人気ぶりだな」
「毎日こんな感じです。もう慣れました」
「はは、忙しい店でバイトするのは良い経験だろう。頑張ってな」
苦笑する俺の肩をぽんと叩く。相変わらず爽やかな佐々木先生だった。
「先生、いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
「雪代も頑張ってるんだな。ウェイトレス姿がとっても似合うね」
「ありがとうございます。ではごゆっくり」
ちょっと固めな挨拶だった。ホームに来られるのが嫌だったのかな。まあ分かる気はする。
厨房から美咲さんが出て来た。仲のいい友達と会うような、明るい笑顔だ。
「健太、いらっしゃい。今日はゆっくりしていくのかい?」
「いや、ご飯食べたらすぐ帰るよ。長居しても商売の邪魔だ。それに酒に付き合わされたら……嫌だし」
「あは、そんな嫌そうな顔すんじゃないよ。この前は悪かったって思ってるんだよ? 今日はサービスしとくからさ! 注文きまったのかい?」
「やっぱこの店来たらポークソテー食べたいよな。よろしく」
「はいよ、じゃあまっててね」
そう言って美咲さんは厨房に戻っていった。相変わらず先生と距離感近いな。幼馴染で小中高と一緒。さらに同じ道場で学んでた。ちょっとはロマンス的要素はなかったのかなって考えてしまうなあ。
ふと羽依と目があった。俺と同じく美咲さんと先生のやり取りを注視していたようだ。興味が無くなったように、ぷいっと自分の仕事に戻っていった。
食事を終えて満足げな佐々木先生。お会計を済ませ退店する。
「久々に食べたけど相変わらず美味いな! 二人とも頑張ってな、美咲によろしく」
佐々木先生は優しい笑顔を残して店を後にした。俺と羽依は表まで見送る。
「また来てくださいね~」
「先生さようなら~」
羽依の様子がちょっと気がかりだったけど、先生の帰る時はもういつも通りだった。色々思うことでもあったのかな?
20時半になった。俺たちの上がりの時間だ。
「二人ともお疲れ様、上がっちゃってね」
「は~い」
俺と羽依は賑やかなお店を後にして、リビングに上がった。
ソファーに座ると羽依が俺の膝を割って座る。甘えるように体を預けてくる彼女の髪と汗の甘い香り。ずっと嗅いでいたくなる衝動に駆られる。羽依を抱きしめるようにお腹の上に両手をそっと置く。
「あ~疲れた……。それにしても今日はびっくりしたね。先生来るなんてさ」
「そうだよね~。——先生ってさ、もしかしたらお母さんに気があるのかなってちょっとだけ思ったんだけど、そうでもないのかな」
「うん、どうなんだろうねえ。幼馴染の距離感ってさ、近すぎて恋愛に結びつかないってのもあるのかもね」
幼馴染はラノベでも当て馬になること多いからなあ。
「先生からはお母さんにラブの波動は見られなかったからさ。ちょっとだけ安心かなって」
「そんなの分かるもんなの?」
羽依は自信たっぷりに頷いた。
「分かっちゃうんだよなあ~! 蒼真は私にラブの波動全開だよね!」
そう言って俺にぎゅっと抱きつく。確かに全開だけど、分かりきってる事じゃないか? 俺の胸に頬を寄せる羽依がとても可愛らしかった。
「まあ、間違ってはいないね」
「んふ。蒼真はずっと私と一緒だよ。——さて、ちょっと支度してくるからさ、待っててほしいんだ」
「支度? べつに良いよ。22時までは何も無いしね。待ってるよ」
「そんなにかからないよ。待っててね~」
そう言って羽依は階段を登っていった。自分の部屋に入ったようだ。何の支度をするんだろう?
することも無いのでスマホをポチポチ。
ほどなくして羽依が戻ってきた。
白いブラウスに紺色のタイトスカート。メガネをかけて頭はお団子に纏めてる。
なんかOLみたいな格好してる……。何するつもりなんだ?
「これより、私からの提案を始めます。……まずはこちらの資料をお渡ししますね」
少し芝居がかってる羽依。バリキャリの真似のようだ。とりあえず乗っかっておくか……。渡された資料のタイトルを見る。
「雪代家における家族的同居提案書……。え、なに?どういうこと?」
「では始めさせていただきます。司会進行は私、雪代羽依が行います。」
「はあ……。」
こうして謎のプレゼンが始まった……。
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