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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
5章 貸別荘一泊旅行

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第58話 夏の旅行 その10 旅の終わり

 ゆっくり眠っている女子二人を部屋に残し、リビングに向かった。燕さんが鼻歌交じりに一人で朝食の支度をしていた。


「おはようございます。すみません燕さん。手伝います」


「おはよう! あは、ゆっくりしてて良いんだよ。それよりさ、お部屋のアロマどうだった? ラベンダーはリラックス出来るんだよね~。——普段出ないような本音とか、ポロッと出たりしてね」


 燕さんは茶目っ気を見せつつ、何の気なしに聞いているようだけど、俺には思い当たる節ばかりでちょっとドキッとした。


「そんな効果が……。確かにそんな気がしました」


「お、何か良い事あったのかな! あれも私がブレンドしたやつだからさ、商品化行けそうかな。 ——蒼真には色々聞きたいなあ。後でお姉さんに教えてね!」


「あはは……。お手柔らかに」


「ふ~ん……。何か言いづらいことでも起きたのかな。まあいっか。この後にかなりガッツリ目なお昼を予約してあるからね。思いっきりお腹空かせてね!」


 一瞬妖しい目をした燕さんがちょっと気がかりだったが、まあ気のせいかな。


 ガッツリ目なお昼かあ。燕さんプロデュースなんだからもう間違いないという圧倒的信頼があった。お昼も楽しみだな~。


 朝食はフルーツヨーグルトとシリアルという至ってシンプルなものだった。その代わり早めの昼食にするらしい。


 朝食を済ませた後は、隼は腹をさらに空かせるためにプールで思いっきり泳いでた。体育会系だなあ。


 残る4人はリビングでゆったり会話していたが、女子3人はすっかり仲良くなっていた。そんな中に男一人では立場がない。ちょっとした一言でもツッコまれる。完全にアウェイだ。早々に退散し、隼と一緒にガチ泳ぎで腹をすかせることにした。


「みんな綺麗に片付けてね!」


 燕さん号令のもと、みんなで別荘の片付けや掃除を行った。名残惜しいけど、そろそろ帰宅だ。


 貸別荘のチェックアウト時間になった。身なりの整った管理人らしき人物がやってきて、燕さんとしばし楽しく談笑していた。


「また是非起こしください、高峰様、皆様」


 執事っぽい服装の老紳士に見送られ、俺たちは貸別荘を後にした。


「さっきの方がオーナーさんなんだよ。かなりの資産家でね、リタイア後に趣味で始めたんだって! すごいよね~」


 燕さんが先程の男性の事を教えてくれた。セレブ感全開な紳士だったのはそういうわけか。


 高級SUVで山道を走り抜ける。今日も天気は良く、夏の日差しに照らされた緑がとても綺麗だった。ほどなくして目的の場所に到着した。


「さあちょっと早いけど、レストランに到着だよ! 食べたら後は帰るだけだから、心残りの無いようにしっかり食べてね!」


 駐車場を降りてレストランを見る。看板が目立たない隠れ家的なオーベルジュだ。エントランスは大理石で、セレブ御用達な雰囲気がすごすぎる。


「高峰様、いらっしゃいませ。お待ちいたしておりました」


「よろしくお願いします。お料理楽しみにしてますね」


 店内に案内される。BGMはピアノの生演奏だ。壁には絵画がいたるところに飾られている。


「いい雰囲気でしょ? ——あそこの絵画の1枚は、私が描いたものだよ」


 指さした先の絵は、水面に写った二人の影を現している絵画だった。触れ合う二人の指先が、波紋で揺れている。——結局二人の指先は繋がっていたんだろうか——燕さんと隼の暗喩なのかと思うと少し切ない思いがした。


「すごく良い絵ですね。なんかテーマを感じるっていうか」


 俺は絵のことはさっぱりわからないが、なんとなく心に染みた。

 燕さんはふふっと笑って「ありがとう」とだけ答えてくれた。


 女子二人は固まっていた。セレブ耐性が欠けているんだな。俺もだけど。


「真桜、テーブルマナーわかる? 私、キッチン雪代マナーしか知らないよぉ」


「大丈夫よ羽依、外側から使っていけば良いのは一緒よ。後は燕さんの真似をしましょう……」


「二人とも大丈夫だよ! ここは私の知り合いの店だからさ! 緊張しないで味わってね。お味は最高なんだから!」


「姉さん、緊張するのは仕方ないって。俺も膝の震えがとまらん」


「隼もかよ、俺もこんなレストラン来たことないな。でも、楽しみだな~。本格フレンチ一度は食べてみたかった」


 俺の料理スキル上達には食べる経験が必要だとは思っていた。でも、美食を趣味にするには金が無さすぎる。こんな良い経験をさせてもらって本当に感謝だ。


 ほどなくして前菜がやってきた。


 キャビアとカリフラワームースのグラス仕立て。


「キャビアだって。架空の食材じゃなかったんだな……」


 俺の言葉に羽依も激しく同意する。


「ね! このキャビア、黒いよ!?」


「そりゃキャビアだからね……。羽依、動揺しすぎよ」


 そういう真桜も緊張の色は隠せない。


「アミューズ・ブーシュはスプーンで掬って食べるんだよ。一口で食べるのが良いみたい」


 そう言って燕さんがスプーンで掬って一口で食べる。満足そうな表情が広がっていく。

 俺達も続いて食べてみる。


「うんまっ! キャビアってこんな味なんだな」


「うん、美味しいよぉ! 何だろう、臭みのないイクラみたいな感じ?」


「ホント美味しいわね……。奥深いっていうか全部合わせて一つの味にたどり着くのね」


「美味い! けど足りね~! どんぶりで食ってみたいな!」


 実に隼らしい意見に、どっとウケた。みんなの緊張も大分ほぐれた感じだ。


 次々に料理がやってくる。


 前菜は帆立とトマトのタルタルにフォアグラのソテーとりんごのキャラメリゼ。


 魚料理は甘鯛のポワレ、ヴァンブランソース。


 初めて食べる味にみんな度肝を抜かれつつ、とても楽しんでいた。


 メインディッシュは和牛フィレ肉のロティ、赤ワインとトリュフのソースだ。


「美味しい、美味しいよう……。こんな美味しいお肉初めて食べたよぉ」


 羽依は美味しすぎて悶えていた。真桜ももう言葉を失っていた。


「美味い! けどもっと食いたい……!」


「あはは! 良いよ。腹ペコ高校生がこの程度でお腹いっぱいになるなんて思ってないからね! まだみんな食べれるよね!」


 そう言って燕さんはハンドサインをウェイターに送る。


 ほどなくして巨大な塊肉がジュージューと音を立ててやってきた。


「ふふ、私も初めて見たけど、トランシェって言うんだよ。眼の前で切り分けてくれるの。腹ペコ達が来るって言ったら特別に提供してくれるってさ!」


 塊肉をシェフが切り分ける。「フランベしますから離れてくださいね」との説明の後にソースを掛けて火を付ける。ボォ!っと炎が立ち上がり、俺らの度肝を抜いていく。


 鉄板の上でジュージュー言ってる肉。ボリュームがすごすぎる。

 ナイフを入れてみる。さっきの和牛もそうだったが、柔らかく簡単に切れる。そして、恐る恐る口に運ぶ。


「……至福だ」「すごい、すごいよう」「……」


 俺と羽依と真桜は完全に語彙を失った。柔らかい肉質に奥深いソースの味わい。フランベされた香ばしい肉の香り。甘い脂。すべてが完璧だった。


 唯一、隼だけはうまいうまいとバクバク食っていた。もっと味わって食え。


「——いやあ、フレンチってすごいな。奥深い。今度美咲さんと一緒に来たいね」


「うん! お母さんも絶対刺激受けると思う。キッチン雪代がまた一段と美味しくなっちゃうね!」


 デザートを食べ終えた俺たちは、限界近くまで腹いっぱいになっていた。食後のコーヒーの香りに身も心も落ち着いていく。


「さあ、お名残惜しいけど、そろそろ帰るよ。お土産屋に寄ってから帰ろうね!」


 そうだ、美咲さんからもらった餞別、まだ中身見てなかった。


「羽依、美咲さんからもらったポチ袋、もう中見た?」


「あ! 後で見ようと思って忘れてた。せっかくだから餞別でお土産買っていこうよ」


 俺と羽依は餞別のポチ袋を開けてみた。やけに膨らんでいるから何が入ってるのかと思ったら、1万円札と0.03ミリの薄いやつだった……。


「お母さんらしいね……。」

「うん……。」


 美咲さん、この0.03ミリは出番ありませんでしたよ?



 お土産屋では、俺は未成年なので、地酒を燕さんに頼んで買ってもらい、羽依は可愛い木彫りの人形を買っていった。


「私はお祖父様に何買おうかしら。本当ならお酒が良いんだけど、この前のアレを見てからお祖父様には禁酒を言いつけてるからね。——でも、そろそろ解禁してあげてもいいかしらね」


 くすっと笑う真桜。先日キッチン雪代で乱れまくった理事長に大層ご立腹だったからな……。

 結局、真桜も燕さんにお願いして地酒を買ってもらった。よかったなあ理事長。


 帰り道の高速道路では燕さんと俺以外全員寝ていた。隼、お前は寝ちゃ駄目だろ。


「あはは! いつものことだからね! 遊びに行った先で全力で遊んで寝ちゃうの。昔から変わらないなあ」


 ちらっと隼を見るその目が慈愛に満ちあふれていた。愛し愛されてる姉弟なんだな。


「蒼真も楽しかったみたいで何よりだよ。3人の関係がすごく素敵だった。なんか創作意欲わいちゃう気がしたな。 しばらくまた忙しくなりそう!」


「全部おんぶに抱っこで申し訳ないです。1万しか払ってないし……」


「そういうのを気にしないためにお金もらったんだからね。胸を張ってお金を払って楽しんだって言って良いんだよ。私は今回3人から得難いものを色々もらったからね。それで全部チャラでおつりが出ちゃうよ! 帰りにうちのスタジオに寄ってね。おつり渡すからさ!」


 帰りに燕さんの会社に寄って色んな服をもらった。俺はジャージの上下とTシャツを数枚、羽依と真桜は、なんか色々いっぱいもらってた。


「ありがとう燕さん!」

「ありがとうございます。こんなにいただいちゃって……」


「あはは! タダじゃないよ、モニターだからね。あとで感想聞くからLINEおしえてね!」


 そう言ってLINE交換をみんなでしておいた。燕さんのLINEアイコンはサッカーのユニフォームを着た隼だった。ブレないなあ。


 日が暮れた辺りでキッチン雪代前に到着した。名残惜しくも、みんなでお別れの挨拶を済ませる。


「またね~!」


 高級SUVが走り去っていく。羽依は見えなくなるまでずっと手を振っていた。楽しかったなあ。心地よい疲労感が体を包み込む。


 丁度その時、お店の扉が開いて、美咲さんが出てきた。


「お母さん! ただいま!」


 美咲さんは俺たちが無事に帰ってくるのを待っていたようだ。


「二人ともお帰り。さ、こっちにきな」


 そう言って俺達をまとめて抱きしめる。ふわっと美咲さんのいい香りがした。一泊だけの旅行だけど、帰ってきたなって実感した。


「今日の夜は何にしようかね。さんざんうまいもの食ってきたんだろうからね」


「お肉いっぱい食べたからヘルシーなのが良いな。そうめん!」


「あはは! じゃあ今夜はそれにしよう。蒼真、うちに泊まっていきな。ゆっくり話をきかせておくれ」


 そういって美咲さんは笑顔で俺の肩を叩いた。


 ——今日は素直に泊まっていこう。


 一人になるのは少し寂しいと思ってたのを見透かされたようで、ちょっとだけ恥ずかしかった。



 うちの可愛い子たちに思いっきり旅行を楽しんでもらおうと思ったら、一泊二日でまさかの10話……。

 楽しんでいただけていたら嬉しいですが、我ながらちょっと冗長だったかもと反省しております。

 後日、旅行回を章分けするかもしれません。


 とはいえ、物語はまだまだ続きます。夏休み編ももうしばらく続く予定ですので、今後ともお付き合いいただけると嬉しいです。


 引き続き応援してやってもいいよと思っていただけたら、ブックマーク、感想等、是非よろしくお願いします!

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