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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
5章 貸別荘一泊旅行

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第55話 夏の旅行 その6 夏の夜

 さんざんプールで遊び倒した俺たちは、危険なまでに腹ペコ状態だった。真桜の羽依を見る目つきがちょっと怖い。きっとご馳走だと思ってる。隙を見せたらぱくりと食べちゃいそうだ。


「さあ腹ペコども! お楽しみのBBQだよ! この豪華な食材を見てお腹を空かせてね!」


 腹ペコ高校生4人は「おお~!」と感嘆の声をあげた。


 見るからに高級食材のオンパレード。和牛、骨付きラム肉、鶏肉と肉類は充実のラインナップだ。さらに魚介類は大きなエビ、ホタテ、アワビ、ハマグリと贅を尽くした内容。しっかりと野菜もパプリカ、ズッキーニ、とうもろこしと欲しいものはすべて揃っていた。


 みんな急いで水着から私服に着替えてウッドデッキに集合する。


「露天風呂に入りたかったけど、先にご飯だよね~」


「匂いつくからね。その方が良いと思うよ」


「私はもう無理。お腹空きすぎて倒れそう。羽依がとても美味しそうに見えるわ。食べても良い?」


 そう言って真桜は羽依に抱きつき首筋や耳を甘噛している。羽依は「いやー!」と悲鳴を出しつつも喜んでた。ほんとに食べ始めるとは……。


「真桜ってホント学校とキャラ違うなあ。マジで同一人物か?」


 隼の率直な感想に真桜がくすっと笑う。


「隼、女の子にはね、色んな顔があるのよ。勉強になったかしらね」


 そう言いながら髪をファサッとかきあげる真桜。その仕草だけ見ると素敵な女性っぽかった。


「なんか格好いい事言ってるけど、ただの腹ペコムーヴだからね?」


 俺の余計な一言に、真桜がキッと睨んだ。おお怖い怖い。


「あはは! 真面目で厳しい優等生って印象だったからな。そういや秋の生徒会選挙にも立候補するって噂だけど、やっぱ出るのか?」


「悩んでいるところよ。でも、生徒会長になったら忙しくなりそうよね。もう少しみんなと遊んでいたいな」


 そう言って照れたようにはにかむ真桜。

 真桜が生徒会長に立候補したら、1年生とはいえ当選する可能性は高いかもしれない。そうなったら色々忙しくなるだろうな。今までのようにみんなと遊んだり、稽古に付き合ってくれたりってのは難しくなるかもしれない。


「真桜が遠いところに行っちゃう~」


 羽依が真桜にぎゅっと抱きつく。真桜も待ってましたとばかりにぎゅっと抱きしめ返す。背景に無数の百合の花がぶわっと広がったようだった。

 いい加減、俺は危機感を持ったほうがいいのかな? 羽依を取られちゃいそう。


「百合百合してていいね! そういうのもお姉さん大好物よ!」


 BBQの準備をしていた燕さんがいつの間にか隣りにいた。


「あ、燕さんばかりに準備してもらってすみません! 俺も手伝います」


「良いんだよ。私、世話焼くの大好き。でも、そうだね。じゃあ串刺し手伝ってもらおうかな。私は炭に火を入れるね!」


 腹が減りすぎた隼は、大きいエビを生で剥いて食べてた。そりゃワイルドすぎだって……。お腹、大丈夫かよ?


 かなり大型のBBQコンロだが、その広さを惜しみなく使って、食材を並べていく。

 火力は右側が高く、左にいくにつれて弱まるよう炭を並べたようだ。さすがは燕さん、手慣れた手つきで火加減を見極めている。本当に、何でもできる人だなあ。


 肉が焼けて脂が炭に落ち、ボワッと炎が立つ。脂の焦げた香りがたまらなく食欲をそそる。BBQやってるなあって実感する瞬間だ。


「おーい腹ペコども、そろそろ良いよ! 焼けたのからじゃんじゃん食べてね!」


 次々と手が伸びてくる。腹ペコ達の限界はとっくに過ぎていた。みんな夢中で肉にかぶりつく。


「なにこれ! めっちゃ美味しい!」


 そう叫んだのは意外にも真桜だった。魂の声が溢れでたようだった。


「美味しいよぉ……美味しいよぉ……」


 泣き出しそうな顔の羽依。そんなに腹減ってたか。


「やっぱ肉だよな! 腹減らせておいた甲斐があったぜ! くぅ~! 胃に沁みる!」


「隼はフライングで生エビ食いまくってたろ、腹大丈夫か?」


「ふふん、自慢じゃないが、俺は食あたりになったことがない!」


「そうか。じゃあハマグリ生で食うか?」


「ああ、それは……いいや。野生の勘がNGを出してる」


 ワイルドな隼は良い嗅覚を持っているようだ。こういうやつがサバイバルで最後まで生き残るんだろうな。


 しかし本当に良い肉だ。ジューシーで柔らかく、口の中ですっと溶けるような歯ざわり。きっと名のあるA5ランクとかの肉なんだろう。塩コショウだけでもとても美味い。でも、このあたりで奥の手をだそう。


 俺は自分のバッグからとっておきのブツを取り出した。それを見て羽依が目をキラキラ輝かせて喜んだ。


「ほりにちスパイス! もってきたんだね! さすが蒼真!」


「BBQでは絶対使いたいなって思ってたんだ。あると嬉しいほりにちスパイス!」


 塩だけで十分美味しい肉だけど、味変でこいつをかけたら、飛ぶほど美味い!


「羽依からのおみやげだったからね。もってきて大正解! 最高だね。めっちゃ美味いよ。ありがとうね」


 羽依はえへへっと笑って俺にくっついてきた。


「蒼真が持ってきてくれたからだよ。私たちが正式に付き合った日にあげたものだったね。そういうのを大事にしてくれてるのがすっごい嬉しい! ありがとうね!」


 俺たちのやりとりを、隼と真桜がじっと見守っていた。


「ホントあの二人仲いいな。なんか付き合いたてのバカップルを見せつけられてるなあ」


 呆れつつ、面白そうに隼が言ってる。まあ放っておいてもらおうか。


「ふふ、それが良いんじゃないの。そんな二人を愛でるのが私は好きなの」


 真桜は好意的に捉えてくれているようだ。そんな彼女を隼が見つめ、何か言おうと口を開きかけるけど、それ以上は何も言わなかった。



 大量にあった食材も大分残り少なくなってきた。羽依はすっかり満腹状態だけど、真桜は残り物をしっかりと消化し続けてた。やっぱすごいな……。


「お楽しみがまだあるんだよね! マシュマロとチョコにクラッカー! これでスモアを作るとね、飛ぶよ……!」


 おお、何かの動画で見たことあるやつだ。でも、これ以上は胃に入るかなあ。


「マシュマロを炭火で焼いて食べるやつ!やってみたいな~って思ってたんだ~!」


 早速羽依がマシュマロを串に刺して炭火で炙る。表面が乾いて少し茶色がかった辺りでクッキーとチョコを挟んで完成だ。出来栄えをうっとりと眺めつつ、ほどよくチョコが溶けたところで、ぱくっとかじる。


 羽依は目をぎゅっとつぶって、「ん~~!」と、声にならない叫びをあげた。


「お腹いっぱいなのに入っていくよ~。罪深いよこれは!」


「羽依、はい。淹れたてコーヒー!」


 燕さんが最高のタイミングでコーヒーを提供してくれた。コーヒー好きの羽依が感激している。なんて気が利く人なんだろう。感動すら覚えるな。


「隼、燕さんって、ほんっと素敵な人だな。優しくて綺麗だし頭良くて器用で気が利いて。欠点が見当たらないな」


 俺のそんな意見に隼も頷いた。


「姉貴の欠点は欠点がないことだろうな。さらに、できない人の身にもなれるんだよ。俺が成績上位でいられるのも姉貴に教わってるからだ。こうなると本当に欠点が見当たらないな」


 完璧な人ほど、出来ない人の気持ちが分からない。それすらも理解できるとなると、もはや人の領域を超えた超人だと思う。


「——パーフェクトヒューマンだなあ」


「まあそんなところだ」


 隼がくすっと笑った。姉さんを褒められて喜んでいるようにも見えるけど、こんな完璧な人が姉だったら色々大変かもな。


 BBQを終えて、腹も心も満たされて、みんな幸せな空気に包まれていた。


「まだまだお楽しみはあるよ~! 花火もたっぷり買ってあるからね! じゃんじゃん上げよ~!」


 打ち上げ花火が次々に点火され、夜空を明るく染めてゆく。火薬の匂いにどことなく懐かしさを感じたのはみんな同じなようだ。


「市販の打ち上げ花火ってこんなに綺麗なんだね」


「うん、綺麗だね。――何かすごく楽しいね。ちょっと前まではこんなに毎日が楽しくなるなんて思えなかった」


 羽依の目が少し潤んでいるように見えた。高校入学してから暫くの間、辛い思いが多かったからな。それを思うと胸が締め付けられる思いがした。


「蒼真は私のヒーローで、可愛い教え子で、たまにエッチな、大好きな彼氏だよ。ずっとずっと、一緒にいてね!」


 なんて可愛いことを言うんだろう。真っ直ぐに俺を見つめるその眼差しは揺るがなかった。俺も羽依を真っ直ぐに見つめ返す。


「羽依と付き合ってから毎日ずっと楽しいよ。ありがとう。大好きだよ」


 羽依がそっと俺にもたれかかる。俺はその華奢な肩を、ぎゅっと抱きしめた。


 こんなに楽しくて良いのかな。

 この夏を、きっと俺は忘れない。




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