第53話 夏の旅行 その4 貸別荘
渓流釣りを思いきり満喫したあと、俺たちは次の目的地・貸別荘へと向かった。
車内のテンションはまだ冷めやらず、誰もがワクワクした表情を浮かべている。
そして、そんな期待を裏切らない建物が、俺たちの前に現れた。
「おまたせ~! 到着! プライベートヴィラだよ!」
――その外観は、まさにハリウッドセレブ御用達といった風情だった。丁寧に手入れされた芝生、大理石調の床、ガラス張りのリビング。広々としたウッドデッキには大型のBBQコンロが備え付けられ、プライベートとは思えない広さのプールにはウォータースライダーまで付いている。隣には温水ジャグジーがあり、さらに奥には露天風呂まであるらしい。まさに贅を尽くした別荘だった。
パンフレットは確かに見たが、正直アピール不足だ。広告詐欺の逆をいってる。
車から降りた俺たちは、その圧倒的外観に口をあんぐり開けていた。これ、一泊いくらするんだ……?
まさに『思ってたんとちゃう』って感じだった。
「思ってたんとちゃう……」
俺の心の声が漏れたかのように羽依がつぶやいていた。
隣の真桜は穏やかな表情に見えた。さすがはクールビューティー。こんな程度ではビビらないようだった。
「す、すごいわね。これ本当に泊まっていいのかしら……怒られないわよね……?」
ああ、真桜も駄目みたい。穏やかな顔は単純に引きつっていただけのようだ。よく見たら、膝がガクガクと震えていた。
どうやら俺ら3人はセレブとは縁遠いようだった。
「あはは、俺も初めてきた時はそんな感じだったよ!」
「私だってそうだよ! こんなセレブ全開な場所は、正直言えば肌に合わないよ! でもね、私は年中忙しいし、隼だって……色々忙しいもんね。だからたまにぐらい贅沢したいじゃない。最愛の弟と泊まるのは最高の場所じゃなきゃね!」
そう言って燕さんは隼の首に手を回し、頬にキスをした。
隼も嫌がる素振りもなく普通に受け止めていた。
それを見た羽依が、わなわなと震えている。なにやらとても興奮していた。
「――いい……すごくいい……」
羽依が熱にうなされたようにぶつぶつ言っているけど……大丈夫か?
「――まあそういうわけだ。俺が他の友人や部活の連中を連れてこない理由がちょっとは分かってくれた?」
隼が半ば諦め気味な表情で俺達に笑った。燕さんの隼への気持ちがこの貸別荘というわけか。大きいなあ。
「ああ、うん。そうだな。十分分かった」
「分かってもらえたら良い。高級リゾートや姉さんの事とかな。まあ他言無用にしてくれるとありがたい」
隼が人差し指を口に当てて俺達にアピールした。
「大丈夫だよ!高峰くん、ほんとありがとうね。頑張ってね!」
「もちろん私も内緒にしておくわ。こんな得難い経験は私の中にだけ取っておきたいもの。ありがとう。高峰くん、燕さん」
二人の感謝の言葉にほっとした表情を浮かべる隼。ちょっと思案した様子で、今一度、二人に親しみを込めた笑顔を向けた。
「――二人ともよかったら俺のことも名前で呼んでくれよ。高峰のままじゃ、姉さんだって高峰だしな!」
羽依と真桜は見合わせた後に、にっこりと微笑んだ。
「隼くん!これからもよろしくね」「隼、私も”真桜”でいいわよ」
「ありがとう、羽依ちゃん、真桜!」
おお、さすがは陽キャだ。距離の詰め方に、そつがない。
みんなの距離感がぐっと縮まった気がした。
俺もなんかめっちゃ嬉しい。胸が熱くなるような気がした。
玄関を抜けてリビングに足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。
広い。まず天井が高い。吹き抜けになっていて、開放感がとにかくすごい。足元は無垢材のフローリングで、薄いグレーのラグがふわりと敷かれている。その上に、L字型の大きなソファ。革張りでしっとりとした光沢があって、高級感が伝わってくる。
壁一面はガラス張りで、向こうには広いテラスとプールが見える。外の景色がそのままインテリアの一部みたいに溶け込んでいる。
リビングの一角には暖炉があり、その上に巨大なテレビ。壁には洒落たモダンアート。照明も間接光中心で、ふんわりとした明るさがやたらとオシャレ。
「セレブ……セレブだよう~」
「外観もすごいけど、中は更にすごいわね……。ホント怒られないのかしら……」
羽依と真桜はあまりの豪華さに圧倒されてしまっている。
「ふふ、たまには良いでしょ? こういう非日常って!じゃあ荷物を部屋に持っていって水着に着替えてね。プールで思いっきり遊ぼう!」
部屋に入ると、シンプルながらも高級感のある空間が広がっていた。大きな窓から自然光が差し込み、ベージュのカーペットと落ち着いた色合いの家具が上品な雰囲気を醸し出している。部屋の中央には超大型サイズのベッド――3人でも余裕で眠れそうだった。
「うぉ……何だこのベッド。ダブルベッドどころじゃないな……」
「ツインですらなかったわね。クイーン? いや、キングサイズっていうのかしらね」
「ひゃっほう!」
羽依がベッドにダイブする。しっかりとしたクッションでバインバインって感じにスプリングがしっかりと効いていた。
「すっごいね! このベッドなら3人で寝てもぜーんぜん余裕だよ!」
「そうね、これなら余裕で寝られるわね。――蒼真、諦めなさい。羽依は3人で寝ないと納得しないわよ」
くすくすと真桜が妖しく笑う。退路を絶たれた気分だった。
「真桜、本当に嫌じゃない? 俺も気をつけたいけど、また何かやらかしたらと思うと正直怖いんだ」
「蒼真、旅の恥はかきすてだよ! 何かあっても、真桜なら許してくれるって! ね、真桜!」
「……私にそれを言うのね。ふふっ。でも、別に前の事だって怒ってはいないわよ? ただちょっと恥ずかしかっただけ」
「その恥ずかしい事をしちゃったのが問題なんだって!」
俺の動揺した顔を真桜はまっすぐに見据える。その表情はちょっと悪戯で、とても魅力的だった。切れ長の目が妖しく光る。
「じゃあ分かったわ。——何をしても許してあげる。これでどうかしら」
「うわっ、なんかその言い方エッチだね! ちょっと興奮しちゃう」
「あう。あう……。」
やばい、語彙が消え失せた。もう何を言っても駄目だ。二の句が継げない。そもそも彼女たちに口で勝てるはずもなかったんだ……。
「——とりあえず着替えよう。先に俺が水着に着替えるから、二人とも出てもらえるかな?」
二人は素直にはーいと言って部屋を出ていった。
そそくさと水着に着替えるふりをして、ドアをじっと見た。
ゆっくりと隙間ができてくるドア。
「あ」「あら」
「こらっ! 二人とも!」
キャッキャ言ってドアを締めた。やれやれだ。絶対やると思った。俺もあの二人の行動が読めるようになってきたな。成長したもんだ。
素早く水着に着替えてドアを開ける。ドアの直ぐ側に居た二人がビクンとしてる。
「じゃあ二人とも着替えてね。――俺も覗いて良いのかな?」
「蒼真。その綺麗な2つの目。大事でしょ?」
真桜がにっこりと微笑んで物騒なこと言ってきた。
「ひゃい! 大事です! 先にプール行ってきます!」
速やかに退散した。
プライベートプールに向かうと隼と燕さんが居た。けど……。
「姉さん、そろそろみんな来るって」
「もうちょっとだけ、ね。隼」
二人は熱い抱擁を交わしていた。まあ、ほぼ公言していたようなものだからそうだろうとは思ってたけど、さすがに姉弟のそういう場面を目の当たりにすると頭がバグるって。一旦戻って仕切り直すことにした。
「いや~すごい別荘だなあ! 綺麗な芝あるし、寝っ転がりたいな~!」
独り言をちょっと大きめに言いながらプールに向かう。頼む。気づいてくれ……。
「よ、よお……なんか遅かったな! さあ泳ごうぜ!」
なんか挙動不審な隼だった。俺も「お、おう」ぐらいしか言えなかった。
燕さんはベージュのワンショルダービキニを着ている。胸元は谷間が大胆な感じで、落ち着いた色味と大人の雰囲気でとても似合っている。
「わあっ! 蒼真はわりとしっかり鍛えてるんだね。それに綺麗な肌だし。どれどれ」
そういって、そっと肩に触れる燕さんの感触にびくっとしてしまった。
「敏感だね蒼真! あはっ! 楽しいかも!そりゃそりゃ!」
つんつんしてくる燕さんに、俺は逃げるようにプールに飛び込んだ。わりと深くて泳ぐには十分なプールだ。
避暑地でプライベートプールって寒くないか? と思ったけど、心配することないぐらいに今日はしっかり暑かった。水温もほどよい温度でとても気持ちいい。
「おまたせ~!」
羽依と真桜がやってきた。その瞬間、背景に大輪の向日葵と無数の薔薇の花が見えた気がした。一人だけでも破壊力抜群だったけど、二人の魅力は相乗効果があった。
羽依はピンクのフリルビキニ。あざと可愛い感じがとてもよく似合ってる。豊かな双丘はフリルに隠れているが、主張がすごいのであまり隠れてない。すらりと伸びた足がとても綺麗だ。
真桜は大胆な花柄のビキニだ。もっと大人しめな水着を着てくると思っただけにギャップがすごい。すらっとした美脚に引き締まったウエスト。鍛えられた腹筋が、彼女のストイックさを物語っている。
二人とも、兎に角とてもよく似合っていた。思わず生唾をごくりと飲んでしまった。
「二人とも、端的に言って最高です」
「んふ、もっと長尺で褒めて良いんだよ」
「蒼真に語彙力を期待しても駄目ね。あまり見ないでね。妊娠しちゃうから」
「俺の眼差しで妊娠って……、よーし! できるもんならしてみろー!」
俺が水をぶっかけると、びしょ濡れの二人がキャッキャ言いながらすぐさま反撃してきた。
「蒼真は泳ぎが苦手らしいよ!私たちに牙を剥くなんて無謀だよね!」
「あはは! 思い知りなさい蒼真!」
悪役みたいなセリフを吐いて俺に集中攻撃する二人。まあ正直勝てる見込みないんだけどね。でも、ただひたすら楽しい。まさに夏の青春って感じがした。
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