第47話 羽依の手料理
7月最後の日曜日。今日は期末テストのご褒美で、羽依が『エッチな手料理』を作ってくれるらしい。どんなものが出てくるのか……楽しみ半分、怖さ半分ってとこかな。暴走すると危険なのも重々分かってるだけに不安だなあ。
――ぴんぽ~ん
羽依が来たようだ。合鍵を使って玄関の鍵を回す音が聞こえた。こういう時、付き合ってるんだなあと実感する。
「蒼真! 羽依ちゃん参上~!」
明るく元気な声が部屋に響く。今日も羽依は可愛いなあ。
「羽依、いらっしゃい。」
こうしてアパートで一緒に過ごすのは数日ぶりだけど、やっぱり二人きりって実感がわくのはこの場所だなって思う。
靴を脱ぎ、パタパタと走って俺のもとに飛び込んでくる羽依。ぎゅっとハグをして優しい口付けをかわす。まだまだ付き合いたてのような二人だった。
「さあ今日はエッチな手料理だよ! 楽しみにしててね!」
「いやあ、嬉しいけど、結局エッチな手料理の答えは見つかったの?」
羽依はふふん、と得意げな表情になる。ああ、これはもう何かやらかす気満々だな……。もはやフラグにしか思えない。
「蒼真は今日はじっとしててね! 私が全部プロデュースするからね!」
張り切ってるのがとても怖かった。普通に手料理で構わないのになんて今更言えない。じっと見守ることにしよう。
「じゃあ準備してくるから、まずはシャワー浴びるね。汗かいちゃった。あとシャツ一枚借りるね」
「うん、いってらっしゃい~」
来てそうそうシャワーか。今日も外は異常なほど暑いからな。日本全国暑いようだけど、都内は本当に暑い。地獄のようだ。
昨日、真桜の道場に行くまでの道中でへろへろになった。おまけに昨日は理事長まで待ち構えてた。真桜の稽古は理にかなっているというか、言わば現代風だけど、理事長はまさに根性論。昭和の遺物のようだった。育成方針で二人で揉め始めるし。いやあしんどかった……。
そんな辛い回想をしているうちに羽依がシャワーを浴び終え、着替えを済ませて出てきた。その格好をみて、俺の心臓は大きく跳ねた。
いわゆる彼シャツだ。その下は多分、何も身に着けてない……。学校のシャツなので透け感が若干ある。胸元にははっきりとは分からないが、ノーブラらしき印がうっすらとある気がした。下ももしかしたら……いや、羽依ならやりかねない。
俺の方を見てにんまりしている。きっと俺の動揺してる顔を見てご満悦なんだろう。
「蒼真、どうかな? 彼シャツ。可愛い?」
あざとくポーズをとる羽依。可愛いか可愛くないかって、可愛いに決まってるだろ! 俺の意識はもう飛びそうだった。
「可愛すぎて何も考えられない」
「んふ、蒼真が喜んでくれるなら嬉しいな~」
そう言って俺にぎゅっと抱きついてくる。その感触に、さらに意識が混濁する。地に足が着いていない感覚、前後左右もおぼつかない。好きな子のシャツ一枚の姿だけで俺はもうダウン寸前だった。
「その格好で手料理を作るのが羽依の『エッチな手料理』なんだね」
「蒼真、それじゃあただ、『エッチな格好で手料理』しただけだよ。続きはまだあるんだよ。楽しみにしててね!」
むう、エッチな手料理道は奥が深いんだな。
早速羽依が調理を始める。彼シャツの上からエプロンをして裸エプロンならぬ”彼シャツエプロン”姿での調理だ。裸エプロンでは安易すぎたのかな? 実際、彼シャツのほうがぐっと来ると思う。
後ろから眺めるとスラっと伸びる白磁のような足がとても綺麗だ。この前、教室で触れたときを思い出す。思い切った行為だったけど、とても刺激的だった。本当に綺麗な足だなって思う。でも、今触れたら包丁が飛んできそうだ。
包丁もとても上手に使いこなしている。元々器用なんだろうな。綺麗にタンタンとリズミカルに野菜を切っている。そういや何作るんだろう?
「羽依、今日のメニューを聞いても良い?」
「オムライスだよ~。彼ピに初めて出す手料理はオムライスが決まりなんだよ」
そんな決まりあったとは。カップル道も奥が深いんだなあ。
オムライスを作っているはずだけど、クリーミーな香りがただよってきた。ちょっと変化球するのかな。何にしても楽しみだ。
卵が焼けるいい香りがしてきた。そろそろ完成のようだ。
「おまたせー!羽依ちゃん特性、エッチなオムライスだよ~」
「おおお! 確かにエッチだ」
ふわとろな見た目のオムライスの上に滑らかなクリームソースがかかっている。このビジュアルは十分エッチと言って良いものだった。
てっきりオムライスの上にケチャップで”エッチ”って書いてあるものを出すかと思ったけど、良い意味で裏切られたな。
コンソメスープとサラダもすでに用意されていた。食卓に並べられた器は彩りがよく、まるでカフェのランチプレートのような完成度だ。いつの間にか、十分料理のできる子になっていた。あとはお味のほうかな。
「じゃあ、いただきます」
羽依がじっと見つめてくる。エプロンを脱いだ彼シャツ1枚の格好は正直目の毒だ。胸元のボタンを少し開けているのは胸がきついからかな。エッチな格好でエッチなオムライスを提供するのが羽依の導き出した回答だったようだ。
おそるおそる一口目をいただく。味付けの薄いふわとろの卵にホワイトソースのクリーミーさがマッチしている。コクが強いのはチーズが入っているのかな? チキンライスも味付けには全く問題ない。単品で食べたら若干薄味かもしれないが、それはホワイトソースと絡める前提な味付けなんだろう。とにかく美味い。
「控えめに言って完璧だね。間違いなく美味い。俺が今まで食べたオムライスの中で一番美味いよ!」
羽依はぱーっと華やいだ表情を浮かべる。頬を染め、ぎゅっと目を瞑り、喜びを噛み締めているようだ。
「このメニューはキッチン雪代裏メニューなんだよ。手間がかかるから作らないんだってさ。良いレシピないかなってお祖父ちゃんのレシピ帳から探し出したんだけど、ばっちりだったね! お祖父ちゃんありがとう!」
「そんな特別な一品だったんだね。じゃあ味わって食べないとね」
俺のために、あれこれ悩みながらレシピを探してくれたんだろう。そう思うだけで、胸が熱くなる。ありがたいな……。
そして何より、このオムライスは本当に美味しい。
ふわりと立ちのぼる香りに食欲を刺激され、スプーンを運ぶ手が止まらない。
これなら、お店で出してもきっと人気メニューになるだろう。
「羽依のエッチな手料理は大成功だね。ありがとうね」
羽依はニマ―っとして俺のスプーンを奪い取る。
「まだここからだよ。羽依ちゃんの『エッチな手料理』は」
そう言って残り半分になったところで俺の隣に座りぎゅっとくっついてくる。左手で俺の首に手を回し、右手でオムライスをスプーンで掬い「あーん」と言って俺の口に入れてくる。
顔と顔がとても近い。肩に当たる胸の感触に心臓が跳ねる。
「これは……エッチだ……」
「んふ、さらにこういうのはどうかな」
ホワイトソースをスプーンで掬い、羽依は口に含む。そして俺に口移ししてくる。口移しされたホワイトソースは、やけに甘くてとろけていて、羽依の舌が紛れ込んでいることに気づいた時には、もう思考が停止していた。
「――羽依、まいった。これは間違いなく『エッチな手料理』だよ……」
半分意識を失いかけた俺は、羽依の攻めには絶対勝てないと思い知った。
羽依の妖しくも悪戯な小悪魔の容貌が印象的だった。
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