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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
4章 夏休み前半

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第45話 懐かしい味

 朝の光が差し込む部屋で、俺は正座していた。

 向かいには真桜。顔を真っ赤にして、憮然としている。


 横には、知らん顔でストレッチしてる羽依。

 むくっと起き上がり、とてとてと部屋を出ようとする。


「お母さんの様子見てくるね〜」


 いや、ここで二人きりにするとか……鬼か。

 ドアを出る前に俺の方をちらっと見て、あとは任せたって感じで敬礼していった。ホント自由だな……。


「真桜、ほんとごめんね。何したか覚えてないのが本当に申し訳ない」


 真桜が俺の方を向き、ようやく憮然とした表情を崩す。ちょっと許してくれる気になったのかな。


 俺の方に近づき、そっと手を伸ばし俺の胸に手を当てる。暖かくも柔らかい不意打ちに心臓が跳ねる。


「えい」

「いだだだ!!」


 真桜が胸をつねる。先端だった。痛い……。


「これでおあいこね。まあ、ここまで強くはされてないけどね」


 少し表情が穏やかになった真桜。いや、俺何してんだ……。


「え、いや、うん。俺、とんでもない事しちゃったんだね……。ホントごめん……」


 自分の寝相の悪さは分かっていたのに、一緒に寝てしまったのはやはり迂闊だった。殴り起こしてくれたら良かったのにとも思うが、今更の話だ。真桜にどれだけ謝っても足りないな……。


「最初は羽依の悪戯だと思ったんだけどね。蒼真の寝相の悪さの話は聞いていたし、悪気がないのも分かってるの。恥ずかしかったけど、そこまで怒っていないわよ」


 ようやく明るい笑顔を見せてくれた真桜。やっぱりかなわないなあ。真桜は本当に優しい。でも、その優しさに甘えては駄目だよな。


「でも、まだちょっとジンジンしてる気がするわね……」


 そう言ってパジャマの胸元を手で摘み、中を覗く。無防備なその仕草にまたもや心臓が跳ねる。

 全く隙がないように見えて、わりとそうでもないのが真桜なんだよなあ……。


 ふと、俺の方を向く。俺の慌てている顔を見て、表情をふわっと緩ませる。


「感触を覚えていないのは残念だったわね。――本当に覚えていないの?」


 悪戯にささやいてくる。そして、俺を覗き込むように見つめてきた。


「うん、全く覚えてない。ごめん」


「私としても忘れてもらったほうが良いんだけどね。良いんだけど、……何かやっぱり釈然としないわね」


 まだ納得できないんだな。そりゃそうだろう。でもどうすれば良いんだろう。


「俺にできることがあれば何でもするよ……本当にごめん」


 俺の言葉に真桜が少し悪そうに微笑む。


「蒼真はそういう事言ってしまうのが迂闊よね。一つ貸しってことでどうかしら。後でゆっくり考えさせてもらうわね」


「う、うん。お手柔らかに……」


 途端にとても嬉しそうな表情を浮かべる真桜。すでに色々案がありそうだな。何されるんだ俺は。


 羽依が部屋に戻ってきた。俺と真桜の表情を見て、ほっとしたように胸を撫で下ろす。


「お母さんもう起きてたよ。まだ二日酔い状態だけどね。お昼のお店もあるし、お酒は途中からセーブしてたみたい」


「お祖父様はタクシーで帰ったのかしら?」


「それがね、佐々木先生の家で飲み直しだって行っちゃったみたい。お母さんはそこまで付き合わないで先生に丸投げだって」


「うわ~アルハラ怖いね……」


「お祖父様、飲みすぎないようにって言ったのに……」


 うお……、体感温度が一気に下がった。真桜はこんなに怖い顔するんだな……。大丈夫か理事長。


 俺たちはリビングに集まり、朝食をみんなで作ることにした。


「おはよー。3人とも昨日はお疲れ様」


 美咲さんがリビングにやってきたが、思ったほど二日酔いの雰囲気はなかった。真桜が泊まったからか、いくらかでも見栄えが良くなるように羽依が色々手を回したようだ。


「今日は俺たちが作るから、美咲さんはゆっくりしててね」


「ああ助かるよ。んじゃもうちょっとゴロゴロしてようかね」


 美咲さんは欠伸をしながら自分の部屋に戻っていった。


「さて、今日の朝ご飯は何にしようかな」


「それなら私が作ろうか。結城家の味だったら美咲さんも懐かしいかもしれないわ」


「さすが真桜! それ良いね! お母さんきっと喜ぶよ」


 美咲さんは何年か結城家で世話になっていたという話だった。お婆さんの味を受け継いでいるなら真桜の手料理はきっと懐かしい味になるだろう。美咲さんの喜ぶ顔が楽しみだ。


「食材は……。なんでもあるわね。これなら大丈夫そう」


 冷蔵庫を確認しメニューを考える真桜。毎日きちんと家事をこなしている雰囲気が伝わってくる。場所が変わっても問題なさそうだ。


 朝食のメニューが決まったようだ。

 主菜が厚揚げと野菜の煮物、副菜がだし巻きたまご、ほうれん草のおひたし。味噌汁は煮干出汁の大根の味噌汁だ。


「今日は私に任せて! 二人はのんびりしててね」


「ありがとう。じゃあ任せるね」

「楽しみにしてるね~」


 俺と羽依はすることもないので、ぼーっとリビングのソファーでまったりしていた。


 不意に羽依が俺の上に来て顔を覗き込む。その表情はなんとも言えない迫力があった。


「結局蒼真は真桜に何やらかしたか確認したの?」


 羽依の圧迫面接のような問いかけに、俺の心臓は途端に跳ねた。これ言って良いのか……?


「あのですね、いや、無意識だったんだけどね。その、実は」


 羽依の表情がだんだんと温度が下がっていく気がする。まばたきをせずにじっと俺の顔を覗き込む。怖い。怖すぎる。


 おもむろに俺の胸に手を当てる羽依。


「えい」

「いだだだだだだ!!」


 真桜の倍は強くつねられた。ちょっと涙出てきた。


「蒼真は駄目だね~。真桜がいたら大丈夫かなと思ったけど、まさか真桜にまで手を出すなんてね」


「いたたた……。でも、なんで俺がしたことが分かったの?」


「初めて蒼真の家に泊まった日にやられたもの。蒼真はそのまま私をほったらかしにしてジョギング行ったよね」


「ほんと重ね重ね申し訳ございませんでした!」


 後からじわじわ責められるのはキツイ……。



 キッチンからいい香りがふわっとただよってくる。煮物の甘じょっぱい香りが立ち込めてきた。なんとも食欲をそそる香りだ。


「おまたせ、そろそろできるわよ。って、どうしたの蒼真、涙目で」


「いや、大丈夫。さあ準備しようか!」


 実に家庭的で美味しそうなご馳走が食卓に並んでいく。どれもほかほかでタイミングがばっちりだ。だし巻きたまごも見るからにふわふわでとても美味しそう。真桜の料理技術の高さが伺えた。羽依もお腹が空いたのか、ごちそうに飛びつきそうな腹ペコ子猫のような眼差しを送っていた。


「お母さん呼んでくるね~」


 軽快な足取りで迎えに行くと、ほどなくして美咲さんがテーブルにやってきた。

 所狭しと並んだご馳走を目にして、嬉しそうに微笑む。


「いい匂いだね~。今日の朝ご飯は真桜ちゃんが作ったんだって?」


「はい。お台所をお借りしました。お口に合えば嬉しいです」


 真桜のそつのない物腰に、美咲さんも穏やかに微笑んだ。

 みんなでテーブルに着き、「いただきます」の声をそろえて朝食が始まった。


 美咲さんの反応は如何に。まず味噌汁を一口飲んでみる。ちょっと何か気づいたように目が少し見開いた。

 続けて厚揚げと野菜の煮物に箸を伸ばす。厚揚げを一口食べてから、どこか感動したように真桜の方を向く。作戦は成功したようだ。


「真桜ちゃん、これ結城家の味付けだね。懐かしいねえ。また食べられるなんて思わなかったよ」


 美咲さんが嬉しそうに頷きながら噛みしめるように食べていく。真桜と羽依が仲良くハイタッチしていた。


「懐かしい味と言っていただけて嬉しいです。お祖母様にはみっちり教え込まれましたので」


 真桜も心から作ってよかったと、そう思わせる表情で美咲さんに答えた。


「この厚揚げと野菜の煮物はね、ちょっと思い出が深いんだよ」


「なんかエピソードあるの? 教えてよお母さん」


 照れるような、懐かしむようなそんな表情で美咲さんが頷いた。


「昨日あたしが結城家にお世話になったって話を言ってたよね。あまり知られても面白い話でもないから羽依にも言ってなかったからね。あの爺さんべらべら余計なこと語るもんだから」


 ちょっと憎まれ口を言いながらも楽しそうに美咲さんが思い出話を語り始めた。


「結城の道場に通ってたって縁だけであたしを引き取ってくれたんだ。そのありがたみも解らずに、晩御飯でこの厚揚げと野菜の煮物出されてね。こともあろうに『こんなもん食えるか! 肉食わせろ!』ってね」


 美咲さんは自嘲気味に笑った。いや、なかなか思い切ったこと言うなあ。当時の美咲さんは。


「結城の婆様が『良いから食え!』って息巻いてね。終いには、あたしを柱にくくりつけて無理やり口をこじ開けて食わせたのさ」


「お婆さんすごいね……」

「お祖母様らしいわ……」


 お婆さんのイメージが、どんどん恐ろしい何かに変わっていった……。


「あの婆様に勝てるはずもないからね。いや、厚揚げはうまかったんだよ。ただ、あたしは何でも良いからとにかくケチを付けたかったんだ。そんなあたしに正面からぶつかってくれたのは、あの婆様だけだったね」


 美咲さんが深く、しみじみと、つぶやくように言葉を紡ぐ。真桜は俯き加減に話を聞き入っている。強烈な思い出話だけど、思い当たるところもあるのかな。


「そしたら次の日には生姜焼き作ってくれたんだ。あたしの戯言を聞いてくれたんだよね。あれは本当に美味しかったし嬉しかった……。――真桜ちゃんの言う通り、あの婆様は優しさが深いんだよ。厳しいだけじゃなかった」


 真桜は深く頷く。


「そう、誤解されがちだけど、お祖母様は厳しいだけじゃない――優しさがあった……」


「亡くなってそろそろ2年か。羽依を結局会わせることができずに逝っちゃったね。会わせる顔がなかったけど、実際死んだって聞いた時は――後悔したね。素直に謝りたかった……ね……」


 話を聞き入っていた真桜は、静かに涙を流していた。羽依がそっと優しく真桜の手にに手を重ねる。


 俺と羽依は、どうしたものかと顔を見合わせた。お婆さんを深く知っている二人には思い出が強烈だったんだろうな。きっと色んな思いがこの二人を泣かせてるんだろう。



「なんだか湿っぽくなっちゃったね。ごめんごめん。楽しい話だったはずなんだけどね!」


「結局お母さんが出されたものにケチつけたって話だよね」


 冷静に分析しちゃったよ娘さん。


「ああ、まあそうだね。うん。若い時は肉食えば良いんだよ!」


「だからお母さんの料理は肉多すぎなんだってば!体重維持するの大変なんだから!」


 なんだかんだ賑やかだな、雪代家の食卓は。真桜もすっかり気持ちを切り替えて、美味しそうにご飯食べてるし。


 美咲さんは、いろんなものを背負いながら、それでも前を向いてお店を頑張ってるんだな。

 支えてくれた人たちの思いとか、亡くなった大切な人の残してくれたものとか。


 俺も、もっと誰かを支えられるように、――頑張らないとな。





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