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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
4章 夏休み前半

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第43話 思い出話

 美咲さんと理事長は二人で飲み始めていた。テーブルにはお酒の他に、所狭しと美咲さん特製のつまみが並べられていた。お皿に山盛りの枝豆、焼き鳥、厚揚げ……理事長好みなのかな。店中に広がるその香りだけで、もう幸せになれそうだった。


「蒼真、ちょっとこっちにおいで」


 美咲さんがちょいちょいと手招きする。大人ゾーンにはいるのは些か抵抗があるなあ……。


「この子が蒼真くんか。真桜から話は聞いてるよ。――結城神影流の門下生になったそうだね」


 眼光鋭く俺を見つめる。威圧感がものすごい。


「はい。真桜にはいつも面倒見てもらっています」


「ほう、真桜はキツいからな。大変だろう」


 ははっと表情を崩し冗談を言う理事長。でも眼光は鋭いままだ。


「いえ、真桜はすごく優しいです。いつも助けられ、励まされています。俺にとって大切な親友です」


「そうか。――そうか……」


 何やら深く頷いている。変なこと言ったかな?


「どうだい先生、いい男だろ」


 美咲さんが理事長を肘でぐりぐりしている。


「タイミングかあ。なんとも難しいもんだな」


 二人にしか分からない謎のやり取りをしている。理事長が俺の方を向き、にこっと笑顔を向けてくる。先程の威圧感はすっかり消えていた。


「真桜の弟子なら俺の弟子だな。よし! 蒼真! 夏休み中、機会があったら稽古をつけてやる。ビシビシとな!」


 そう言いながら豪快に笑う理事長。いや、すでにあなたの孫からビシビシされてるんですが。


「爺さん張り切りすぎて、うちの婿ぶっ壊すんじゃないよ!」


 美咲さん、先生から爺さん呼ばわりに変わっちゃってる。って美咲さん、婿って。


 それからしばらくの間、美咲さんと理事長は大いに盛り上がっていた。羽依と真桜も同じテーブルに付き、5人でツマミを食べながら談笑していた。


「この店は大人気みたいだな。SNSのレビューも評価が異常なほど高い。先代、いや、先々代か。きっと喜んでるだろうな」


「ほんと先々代のレシピがあったからこそですよ。それを再現したお父ちゃん。あたしはそれを真似しただけだ。お父ちゃんの遺産であたしたちは生きて行けてるんだ」


「亡くなった旦那――博士(ひろし)も今こうして店が盛り上がっているのをきっと見守ってるだろうな」


 話題は亡くなった羽依のお父さんになった。羽依が俺の手を取り、ぎゅっと握りしめてきた。


「理事長先生、お父さんのこと、よかったら教えて下さい」


「そうだな。どこから話せばいいかな。神凪学院の教師をやっていたのは知っているんだよな」


「はい。そこでお母さんと出会って――その、身ごもって私が生まれたと」


「まあ、美咲の暴走が発端だったんだがな」


 理事長は大いに笑うが、美咲さんの強烈なツッコミがバシッと入る。


「いたた、いや、それで博士は教師を辞めることになったんだ。家内がその時の理事長だったんだがな、俺と家内でどうにかしようとしたんだがさすがに無理があった。博士は他にやりたいこともあると言って潔く教師を辞めたんだ。それに併せて美咲も学校を辞めてな。あの時はどうしたものかと、周りの大人たちは頭を抱えたな」


「――あたしが未熟だったんですよ。それが一番の原因」


 美咲さんが少し俯き一点を見つめている。そのちょっと落ち込んだ姿は美咲さんらしくないなと思った。


「博士の両親はここ『キッチン雪代』の創業者だったんだ。俺と親友でな。昔から人気の店だった。――残念なことに、博士が教師になる前に交通事故で二人とも亡くなったんだ」


「その話はお母さんから聞きました。お父さんショックだったんだろうな……」


「そうだな。失意のまま教師になって早々、美咲みたいな不良に目をつけられてな」


 美咲さんは目を真っ赤にしながら話を聞いている。反論しないのは、すべて事実で――今もまだ、その頃のことを背負い続けているからなんだろう。


「まあ教師を辞めた後にキッチン雪代を再建しようとしたわけだな。しかし、何年か放置しただけで、店の中は随分と痛んでたな」


「店を再建するのに結城先生には本当にお世話になりました」


 心からの感謝の言葉を美咲さんが口にした。


「さっきクソジジイって言ってたけどな」


 理事長がニヤッとしながらそんな事を言うので、重苦しい空気がちょっと和やかになった。


「そうやって昔の話をグダグダ言うからクソジジイって言われるんだよ」


 美咲さんがきつめの冗談で返す。なんかすごく仲が良いんだな。


「そこからが博士の腕の見せ場だったな。先代はレシピを全部ノートに残しておいたんだ。店の手伝いを真面目にしていたおかげで味の再現もほぼ完璧だった。――まあ、何度も味見させられたな。店内を修繕し、椅子やテーブルも新調して、リニューアルオープンしたんだ。昔の常連も戻ってきてくれて、あっという間に人気店に返り咲いたんだ。本当によく頑張った」


 羽依が目を真っ赤にして俺にしがみついてきた。こういう話はあまり聞けてなかったのかな。大好きなお父さんの頑張る話は羽依もきっと嬉しいんだろう。


 俺も気になっていたことを質問する。


「美咲さんは理事長の門下生だったって話でしたよね? いつ頃の話なんですか?」


「小中だよ。健太も一緒だったね。まああたしは中学入ってすぐグレたからあまり真面目にはやってなかったね」


 佐々木先生と仲が良いのは幼馴染で一緒に稽古していたからか。でも、そこから美咲さんグレちゃったか……。


「グレた理由も十分すぎるほど理解できる。美咲の親はとにかく酷かった。何年か保護のためにうちで預かっていたんだ。他に身寄りもなかったからな。美咲が今まっすぐに生きているのは婆さんのお陰かもしれないな。婆さん、グレた美咲を鬼の形相で竹刀振り回して追いかけ回してたな。美咲は婆さんに絞られながら勉強させられて、それで神凪学院に合格したんだ。」


「まあ二年で辞めちゃったんだけどね」


 美咲さんが自嘲気味につぶやく。


「婆さんが真桜に厳しくなったのは半分は美咲のせいかもな。育て方が甘かったって常々言ってたからな……」


「すべてはあたしの責任だ。真桜ちゃん辛かっただろうね……。ごめんね……」


 美咲さんの声がかすれていた。いつもの調子ではない。その表情は、どこか過去に置いてきた何かに触れてしまったような、そんな苦さをにじませていた。


「いいえ、お祖母様がそういう理由で厳しくなったのなら私は感謝したいわ。美咲さん、ありがとう。おかげで私は強くなれたし、勉強もできるようになったから」


 言葉の一つ一つが、どこまでも静かで、澄んでいて、けれど確かな熱を持っていた。真桜のまっすぐな目は、揺らがなかった。


「真桜、えらかったな。婆さん本当に厳しかったからな……」

「ホント、あのくそば、……婆様は厳しかったからね」


「確かにお祖母様は厳しかったけど、優しさもあった。私は今こうして羽依や蒼真と出会えたことが本当に嬉しい。お祖母様の教育の賜物だわ」


 その言葉に心を打たれた。言葉でこんなにも人を震わせるなんて、真桜はやっぱりすごいなと思う。羽依も同じだったらしく、つーっと光る筋が頬にできていた。


 美咲さんが辟易するほど厳しいお婆さん。どんな人だったのかはとても気になる。すごかったんだろうな……。


 重めの話が続いたが、理事長と美咲さんの飲むペースは変わらなかった。大人って思い出をつまみにもできるんだろうな。


 

 大分できあがってきた美咲さんと理事長は新たな生贄を召喚する話になっていった。


「そうだ! 健太だ、健太を呼ばなくちゃ!」


 美咲さんはスマホを取りだし佐々木先生に電話をかける。


「もしもし、健太? 結城先生がお呼びだよ! え?来たくない? 先生~健太来たくないって」


「なにぃ~! 健太! 査定マイナスにするぞ!」


 うわ……、佐々木先生可哀想……。これがアルハラというやつか。


「あははは! 健太すぐ来るって!」


「おう! 今夜は飲み明かすぞ!」


 羽依も「うわ~酒癖悪いってこういうことか……」と納得してる様子。


「俺たちは退散しておこうか。夏休み入って早々、乱れた担任や理事長を見たくないし」


「そうだね」

「そうしましょう。お祖父様、ごゆっくり。飲み過ぎたら――許さないから」


 おお、久々に見た真桜のブリザード。室温が一気に5度は下がった気がする。ゴゴゴッという効果音まで幻聴で聞こえた。理事長はちょっと酔いが覚めたようで「はい」と素直に返事した。



 3人でリビングに上る。時間は23時を回っていた。丁度上がってくる頃にお店のドアが開いた音がした。佐々木先生だろうな。社会人の辛さを見せつけてくれるなあ……。


「まったく、あんなにはしゃいでるお祖父様見たことないわ」


「ゆかいなお爺さんって感じだったけど、家ではあんな感じじゃないの?」


「全然、むしろ頑固で偏屈よ。今日はよっぽど楽しかったようね」


 呆れながらもどこか楽しそうな真桜だった。


「私は楽しかったな。昔の話とか色々聞けたし、真桜のお婆さんってなんかすごそうだね。」


「ええ、とっても。私が中学二年の時、剣道で全国大会優勝した後にすぐ亡くなったんだけどね。離れて暮らしていたんだけど、頻繁にうちに来ては私の教育方針に厳しいことを言っていったわ」


「それがうちのお母さんが原因だとしたら、私まで申し訳なく思っちゃうね……」


「そんなはずないじゃない。お祖母様はそういう人なのよ」


 楽しそうに語る真桜を見て、安心すると同時に、少し不思議な気持ちにもなった。


 出会った頃は、どこか影のある子だと思っていたのに、今はこうして笑っている――何かしら心境の変化でもあったのだろうか。


「さて、そろそろ3人でお風呂に入ろうか」


 羽依がまたとんでもないことを言ってきた。


「まだ言うか。そもそも3人では狭くて入れないだろう」


「なせばなる、なさねばならぬ、何事も」


 なんかかっこいい事言ってる羽依。


「蒼真は私とお風呂入りたいの?」


 真桜が上目遣いに見ながらそんな事言ってくる。ああ、そういうこともできるんだね。真桜は。


 これはあれだ、完全に玩具にされる予感しかしない。


「羽依と真桜で入ってきなよ。俺は後から入るからさ」


「二人の残り湯を楽しむのね。やっぱり蒼真は変態ね。飲料用に持ち帰るのかしら」


 真桜がくすくすと笑いながら変態扱いしてくる。


「はいはい。持って帰って飲みますよ。ほらほら入ってきな」



 二人で仲良く風呂に入っていった。


 しばらくした後、「ひゃああ」とか「いやああ」とか真桜の艶っぽい悲鳴が聞こえてきた。


 ああ、羽依に責められてるんだな。

 ……平和な夜で何よりだ。





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