第42話 二人は幼馴染
今日は木曜日、終業式も終わり、いよいよ夏休みだ!
「明日から夏休みだけど、あまり羽目を外しすぎないように。二学期が始まったらすぐに実力テストもあるからな。では、元気な姿でまた会えるよう怪我には十分注意してくれ! 以上!」
担任の佐々木先生の話が終わり、ついに夏休みが開始となった。教室がこの上ないぐらい賑やかだ。
「蒼真、旅行の前になったらまたLINE入れるよ。部活行くからまたな!」
「おう!またな」
隼は試合も近いらしいので張り切って部活に向かった。こんなに暑いのによく頑張るなあ。
その後すぐに真桜が手を振ってきた。
「羽依、蒼真」
真桜が俺たちの方に近づいてきた。やはり夏休みが嬉しいんだろうか。いつもよりも表情がにこやかだ。
「突然だけど、今夜お祖父様とお店に伺うわね。閉店後になってしまうから、あなた達は残業になってしまうかしらね」
くすくすと真桜が笑いながら、ひっそりと、とっておきの秘密を打ち明けるような仕草をする。いつものクールビューティーな雰囲気ではなく、茶目っ気たっぷりに「にひひっ」って笑い声が続きそうな表情だ。
「えー! 何そのサプライズ。早く言ってよ~」
驚きながらも嬉しそうな羽依。羽依の方も、とびっきりのサプライズ『真桜と幼馴染だった秘密』を遂に打ち明ける機会がやってきたようだ。二人のリアクションが今から楽しみだ。
「ごめんなさい。お祖父様の都合が読めなくてね。羽依のお母様には連絡入れてあるみたい。閉店後に来て欲しいって話だったわよ」
「お母さんまでグルになってたんだね。だったら真桜、今日泊まっていってね!」
そう言ってきゅっと真桜の制服を掴む。こうなったら羽依は引き下がらない。真桜がうんと言うまで掴んだ制服を離さないつもりのようだ。
「ん~じゃあ、お言葉に甘えようかしら。夏休みだものね!」
薔薇が咲いたように、ぱあっと華やかな笑顔を浮かべる真桜。案外そう言ってくれるのを期待していたのかな?
「蒼真も今日は泊まろう? 3人で一緒にお風呂入ろうよ!」
「「それはだめ」」
「ちぇー」
ぶーっと口をとがらせる羽依。調子に乗ると、とんでもないことを軽く言ってくる子だった。
バイト前のまかないの時間。今日は理事長と真桜が来るので、軽めの食事にしておいた。宴会ぽくなるのかな? 美咲さん曰く「あの爺さんしつこいから延々と飲んでいくよ」とのことだった。美咲さんからは当然のように泊まっていくことと命じられた。
「お母さん、理事長ってどんな人なの?」
俺も羽依も入学式で見たことあるぐらいなのであまり印象がなかった。
「人格者だね。とても尊敬できるよ。酒飲まなければね」
「えー酒癖悪いのはちょっとやだな~」
店の客でもたまにそういう人いるからね。羽依は酔っ払いが好きではないようだ。まあ好きな人なんていないか。
「悪いと言っても暴れたりするわけじゃないさ」
美咲さんは可笑しそうに目を細めて、くっくっと笑う。
お店が開店し、嵐のような忙しさがはじまった。羽依と入れ替わりでメニューをとり、厨房にオーダーを通す。皿を用意し、副菜を盛り付けていく。美咲さんは汗をかきながら火の番を続ける。洋食屋ならではの揚げ物、肉料理、パスタ……豊富なメニューにてんやわんやだ。皿を片付けたりコーヒーを入れたりお会計を済ませたり。やることはいくらでもある。そんな多忙な時間がようやく過ぎ去っていく。わりと慣れるもんだなとも思った。
今は、看板は消灯して、お客さんが誰もいない。一番良いテーブル席には『予約席』の札が置いてある。
「蒼真は慣れるの早かったね。私も負けてられないな~」
「あれこれ色々やってくれるからね。ほんと助かるよ」
二人はいつも褒めてくれる。傍目から見たら、成長して行くのが楽しいのかな。
店の前にタクシーが停まった。真桜たちのようだ。
扉を開けるとカランカランと鈴がなった。
「こんばんは。お邪魔するよ」
「夜分にすみません。お邪魔します」
理事長と真桜がやってきた。真桜が俺達を見てそっと微笑み、手を振ってくる。
理事長を見て入学式を思い出した。見た目は白髪のお祖父さんだけど、妙に若々しくて迫力がある。眼光が鋭く、でも物腰やわらかい。そんな印象だった。
「結城先生、わざわざご足労いただきありがとうございます。さあこちらの席へ」
美咲さんがうやうやしく席へ案内する。とても大事なお客様をもてなすような雰囲気だ。いつもの美咲さんらしからぬ感じだ。
「美咲、らしくないから普通にしろ」
理事長先生からそんなお言葉が。美咲さん、やっぱりキャラ作ってたのか。
「はいはい、相変わらずだね先生。久しぶりに来たんだからさ、子どもたちの前でちょっとはいい格好ぐらいさせなよ。」
VIP客を招くような格好がしたかったのかな。でも、あっという間に普段通りに戻った美咲さん。その顔はとても嬉しそうだった。理事長もとても和やかな表情だ。
「真桜ちゃん! いつも羽依と仲良くしてくれてありがとうね!」
美咲さんは真桜の手を取り、とてもいい笑顔で迎え入れてる。自然と距離を詰めるあたり、美咲さんらしいなと思った。真桜もにっこり微笑んで「こちらこそ、いつもお世話になってます」と朗らかに挨拶を返した。
店内を見渡してる真桜。驚いたような、興奮してるような、なんとも珍しい表情をしている。
「なんだろう、この既視感。この店の雰囲気……私、初めてじゃ……ない?」
「真桜、こっちに来て」
羽依が一番奥の席に手招きする。テーブルを見ると古い絵本が置いてある。
二人で横に並んで座る。
「見覚えがある……。この絵本、また読みたかった絵本だ。魔法のほうきが水を汲む絵本」
「真桜はね、昔、私と一緒にこの絵本を読んでたんだよ。私も今こうして二人並んで座るとね、昔を思い出してきてるの」
みるみる顔が赤くなる真桜。驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべる。
「そうなんだ、私もこの店入ったときからずっと既視感を感じていたの。そうね、一緒にこの絵本を読んでた。あなただったのね!思い出したわ!」
お互い全く知らない状況で偶然親友になり、実は小さい頃に遊んだことがあったと。なんか運命的で良いな。
「秘密にしておいて良かったでしょ、先生。それにしても真桜ちゃんおっきくなったねえ」
してやったりな顔をしている美咲さん。理事長も満足げな表情だ。
「ああ、この店来るのも10年以上ぶりだからな。懐かしいな」
羽依と真桜。二人手を取って今更ながらの再開を喜んでいる。
しばらく二人きりの世界にしてあげよう。
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