第41話 誰もいない教室
面談が終わった俺は、羽依の面談が終わるまで廊下で待っていた。
「ありがとうございました」
進路指導室から美咲さんと羽依が退出した。二人ともにこやかに出てきたのを見ると、楽しい面談となったのかな。何か面白い話が聞けたりして。
「じゃああたしは先に帰るからね。二人でゆっくりしておいで」
「美咲さん、本当にありがとうございました」
「あは、まだ大したことは何もしてないよ。それに支援受けられなくても構いはしないよ。うちに来ればどうにでもなるさ」
美咲さんは朗らかに、何でもないような事のように言ってくれる。
「そうだよ蒼真、早くうちに住もうよ。絶対その方が楽しいって!」
羽依の中では俺が雪代家に住むのは確定事項のようだった。いや、確かにきっと楽しいだろう。しかし、アパートで一人暮らしの自由さは捨てがたい。でも、そんな事言ってられなくなる日が来るように今は思えてきた。
美咲さんは先に帰ったが、俺たちはまだ学校で用が残っていた。面談の期間は帰宅時間が早いが、各生徒に雑用が割り振られていた。
羽依と俺は夏休みの資料のファイリングを頼まれていた。なかなかのボリュームだがクラスのみんなから、夫婦だから良いだろうと押し付けられてしまった。やっかみ怖い。
俺たちは作業をしながら今日の面談について語った。気になるのはやはり佐々木先生と美咲さんだ。
「なんかさ、お母さんと先生の距離感近く感じなかった?」
羽依がそう感じたのだから、やはりそうなんだろう。
「うん。ただの同級生よりも近い感じだったよね」
「そうそう、妙に阿吽の呼吸っていうかさ、熟練の夫婦みたいな感じでさ」
羽依からは佐々木先生に対して特に男嫌いとか、嫌悪感とかは見受けられない。
「もし、佐々木先生と美咲さんが再婚ってなったらどうする?」
「え……、やだ」
即答する羽依。まあ男嫌いな羽依が受け入れられるはずないか。佐々木先生が嫌ってわけじゃなくて、新しいお父さんが嫌なのかもしれない。でも佐々木先生と美咲さんならお似合いな気がする。美男美女のカップルだ。
まあでも、この話はこれまでにしておいたほうが良さそうだ。
「美咲さんはあれだけ綺麗なんだから、彼氏とか居たりしなかったのかな」
「言い寄ってくる人はそりゃいっぱい居たよ。でも、全員振ってた。あまりしつこくするとお母さん切れちゃうからさ」
「それは怖そうだ……。」
面倒なファイルの整理がようやく終わった。
それにしても静かだな。
面談は全員終わって部活も今日は無い。話し声や足音も聞こえてこない。
世界中に俺達しか残ってないような錯覚に陥る。
「なんか放課後の教室に二人きりで居ると変な感じするね」
「うん、さっきから私もそう思ってた。マンガや小説とかなら何か起きそうだよね」
羽依がニマっとする。その何かしらを期待してるような羽依を見ると、ちょっとだけ悪戯したくなってくる。
慎重に周りを見渡して誰も居ないことを確認した。
そして俺はそっと羽依の手を握った。
はっとした表情を浮かべる羽依、その仕草に緊張が浮かんでくる。
手を握るぐらいなら登下校で毎日手を繋いでいるが、教室で手を握るとなると話は別だ。緊張で汗が滲んでくる。
握った手を解き、腕から肘、二の腕をそっと撫でていく。夏服なので、生肌の柔らかい感触が伝わってくる。羽依が小さく「だめ」とつぶやく。その声がたまらなく可愛らしい。
縮こまって少しふるえている。その体を優しく抱きしめて口付けすることが出来たらなと思う。
でもさすがにこれ以上はできない。
「――帰ろうか」
「うん、早く……蒼真の部屋に行きたい」
そう言って立ち上がる羽依。距離の近さから、甘い柑橘のような香りがふわっと鼻腔を擽る。
ふと視線を落とし、足を見る。白磁のような綺麗で艶っぽい足だ。そっと手を伸ばして、ふくらはぎに触れてみる。羽依がびくっとして、でも、じっと耐えている。
瑞々しく、少しヒヤッとした感触だ。そこから膕、膝、外腿と手をすべらせていく。ハリがあり、皮膚の薄い感じが伝わってくる。登っていくほど、肌の熱がじんわりと伝わってくる。
外腿をなぞった指先が、そっと内腿へと滑り込む。その瞬間、羽依の体がわずかに震えた。羽依の指先が、制服の裾をぎゅっと握りしめた。
少しの間、肌の感触を味わっていたが、それ以上、触れるのが怖くなって、そっと手を離した。
「蒼真、だめだよ……」
耳まで真っ赤にした羽依が、泣き出しそうな表情になっていた。
「ごめん、悪戯しすぎたね。さあ帰ろう」
帰り道、羽依は口数が少なく、顔を赤く染めていた。ちょっと悪戯しすぎたかもしれない。俺も顔は真っ赤だと思う。熱を出したときのように感じていた。
アパートに着くなり、羽依は俺に項垂れてくる。ベッドに二人腰掛け、羽依の顔を見つめる。いつも元気で可愛い羽依が、今は蠱惑的な女の相貌だった。
「蒼真があんなに大胆になるのは想像できなかった。私から悪戯しようと思ったのに……」
「ヘタレ返上できたかな。羽依の恥ずかしがる顔がすごく可愛かった」
羽依がちょっと口をとがらせてくる。可愛いその仕草ひとつひとつが俺の胸を締め付けてくる。
「今は二人きりだよ? 教室じゃなくて蒼真の部屋。何したい?」
「もっと羽依に触れたい。キスしたい」
羽依はくすっと笑ってベッドにごろっと横たわる。
「いっぱい触ってね。いっぱいキスしよう。蒼真、大好き」
羽依に覆いかぶさり、口付けを交わす。教室で触れたように足にそっと触れていく。
羽依が切ない声を上げる。
「蒼真、好き、大好き」
……。
力強く抱きしめあった後、二人でそのまま寝てしまっていた。
時計を見ると、バイトまであと1時間。
「おはよう、つい寝ちゃったね」
「うん、なんか体がふわふわしてた」
二人見つめ合いくすっと笑い合う。
「教室であんなにエッチに触ってくるなんて思わなかったよ~」
「誰もいない教室マジックだよね。次にあんなシチュエーションあったらやばいな。どうなっちゃうんだろう」
「蒼真に襲われちゃうのかな! きゃ~助けて~」
羽依が楽しそうに悲鳴をあげる。ぎゅっと抱き寄せ、羽依のその口を塞いだ。
「――蒼真、キスがだんだん上手になるね」
「羽依もそうだよ。今日はちょっとやばかった」
ニヤニヤっとする羽依。
「我慢しなくて良いのに~。でも蒼真に襲われるのも時間の問題かもね」
「どうだろう。羽依のこと大事にしたいからね。その時はきっとお互いに納得できる時にすると思うよ」
意識したのか、羽依が顔を真っ赤にして俺の胸に埋めてくる。
こんな可愛い彼女ができたんだ。
一緒に卒業したいよね。
今一度、頑張ろうと決心した。
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