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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: 鶴時舞
3章 恋人として。

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第38話 青春 真桜視点後編

 結局、羽依の勢いに押され、大胆な花柄のビキニを買ってしまった。


「真桜すっごく似合ってたよ。私の見立ては間違いないんだから!」


 自信たっぷりに言う羽依を信じよう。でも、あれを着て蒼真の前に立つのはちょっと勇気がいるわね……。


 ランチはお洒落なカフェを選んだ。


「真桜は何食べるの?」


「サーモンとアボカドのオープンサンドにしようかな。美味しそうよね。羽依は何にするの?」


「同じのにする! 真桜センス良さそうだからね。期待してるよ」


 羽依は本当に可愛らしい女の子。可愛い過ぎて同性の友達ができにくいのも分かる気がする。


 彼女の良さはもっと深いところにある。ぼーっとしてるように見えて、細かいところに本当に気が利く。思いやりがとても深い。一緒にいると温かい湯船にずっと浸かっているようなそんな感覚。


 きっと気が合うのね。ずっと一緒に居たくなるの。


「真桜、なんか熱い視線を送ってくるね。私のこと本当に好きになっちゃった?」


 羽依が小悪魔な相貌で問いかけてくる。確かに私の心はとっくに奪われているわね。


「好きよ。羽依のこと。私、仲の良い友だちってあまり居なかったから。私のこと崇拝してくる子は沢山いたわ。でも同じ目線になってくれる子はあなたぐらい」


 カウンターが決まったかのように、羽依が真っ赤になって瞳が潤んだ。


「なんかそう言ってくれると嬉しいね……。私も真桜が好き。中学の時は仲のいい友達いたはずだったけど、結局みんな離れて行っちゃった。男の人が苦手だけど、女の子も正直微妙なんだ。でも、真桜は違う。もっと深いところで繋がってくれるような、そんな気がするの」


 もし人目がなければ、思いっきり抱きしめていたかもしれない。今は羽依の手を握ることしかできない――それがもどかしくて、悔しくてたまらなかった。


 サーモンとアボカドのオープンサンドは驚くほど美味しかった。


 食事を終えた私たちは、ショップを何件か回ることにした。


「へいへい! ちょっとまった! 君かわいいよね~。お兄さんたちと一緒に遊ぼうよ。こっちの冴えない男よりも楽しいよ。ねえ! 行こうよ」


 なんてテンプレな展開なんだろう、さながらゲーム中に現れたモブ敵ね。


「彼女は私とデート中なの。ごめんなさいね」


 その場を立ち去ろうとすると、男は私の顔を覗き込む。


「お~!こっちの子、彼氏かと思ったら女の子か! しかもめっちゃ美人! 今日はツイてるな! ほら一緒に車乗って遊びに行こうよ」


 見るとワゴン車が待機している。男は3人組で、こっちを見てニヤニヤしている。なんて物騒な街なのかしら。可哀想に、羽依は縮こまっている。


「羽依、行きましょう。私たち忙しいから、さようなら」


「ちょっ、まてよ!」


 肩を掴んでこようとするその手を避けた。掴み損ねてバランスを崩した体に、軽く足をかけて転ばせる。男は派手に転倒した。ちょっと鈍い音がしたようだ。顔から落ちたからかしらね。


「羽依、行こう」


 私たちは素早くその場を立ち去った。幸いそれ以上追ってこなかった。


「やっぱり繁華街怖いね。私、中学の時はよく分かってなかったからあちこち行ってたけど、今は怖くて一人じゃ無理」


 肩を震わせて羽依はしょんぼりしている。可哀想に、よっぽど怖かったのね。


「そうね、カラオケでも行きましょう。ちょっと発散したいわね」


 私の提案に羽依が少し明るさを取り戻す。ちょっとだけ笑顔が戻った。


「うん、行こうか。 真桜の歌、楽しみだな~」


 カラオケボックスに入ってドリンクバーで飲み物を選ぶ。私はハーブティーにしておこう。羽依はコーヒーで落ち着きを取り戻すようだ。


 それにしても都内の繁華街のカラオケボックスは本当に狭いわね。羽依と二人だけでも窮屈だわ。


 羽依が私にしがみついてくる。可哀想に……まだ少し震えている。私もぎゅっと羽依を包み込むように抱きしめた。


 落ち着きを取り戻した羽依は、照れたようにはにかんで、リモコンを手に取った。

 選んだのは流行りのJPOP。可愛らしい鈴の音のような声が、カラオケルームにふんわりと響く。

 楽しそうに歌うその姿に、自然と頬が緩んでしまう。聞いているだけで、心が軽くなるようだった。


「羽依上手ね。蒼真とも行ったりするの?」


「そういえばまだ行ったことなかった。今度行こう。真桜も一緒に行こうよ!」


「そうね、邪魔でなければね」


 仲良しカップルの間に入るのはさすがに抵抗を感じるわね……。


 私も選曲する。新しい歌はあまりわからないので古めのJPOPを選んだ。


「真桜すごいすごい! プロの歌手みたいだよ!」


 手放しで褒めてくれる羽依に、少し照れてしまう。

 笑いながらお礼を言いながらも、胸の奥がふわっと温かくなる。


「ありがとう、そう言ってもらえると自信つくわね」


 しばらく二人で、順番に歌い続けた。

 気づけば、夢中になっていたのかもしれない。


「ちょっと喉がしんどい~」


「少し休憩しましょうか」


 喉を潤しながら、自然と話題は、今度の旅行のことになった。

 どんなところだろう。どんなふうに過ごすのだろう。

 想像するだけで、胸が弾んでくる。


「高峰くんのお姉さん、高峰くんの事がすごく好きみたいね。同じ部屋じゃなきゃ駄目ってすごいよね! もしかして、もしかするのかなあ!」


 羽依が興奮気味だ。ちょっと早口でなんだか怖いわね。それよりもやっぱり気がかりなのは私たちの部屋よね……。


「私たち3人が同じ部屋だけど、私、完全に邪魔よね。ほんとに良いのかしら?」


「邪魔じゃないよ! そんな事言わないで。私、真桜と一緒に寝たいの。良いでしょ?」


 切実な表情で腕を掴んでくる。私としても一緒に語り合いながら寝るのはとても楽しみ。ただ、蒼真の気持ちを考えると複雑ね……。


「それはかまわないけど蒼真はどうするの?」


「……蒼真も一緒じゃだめ?」


 俯き加減にこちらを覗き見る羽依。それはずるい。


「……シングルベッドに3人は無理でしょ。きっとツインよ」


「そしたら一緒に寝ようね! いいでしょ?」


「わかったわ。蒼真に恨まれなければいいけど」


「ダブルだったら3人で寝ようね!」


 なんとなく勢いで承諾させられた。羽依は結構我儘なのよね……。


 話はそのまま蒼真の話題になる。成績が上がったことやバイトでの出来事。私も稽古の出来事を伝えたり、話題は尽きなかった。


「真桜はさ、蒼真と同じ中学だったのに接点なかったんだよね」


「ええそうね。私が知ってる蒼真は問題児扱いだったけど、結局誤解だったみたいだし、なんであんなに一生懸命勉強してこの学校に入ったんだかわからないのよね」


 羽依が神妙な表情になる。ちょっと一呼吸置いてから、物思いにふけるように、そして何か重い告白をするように口を開く。


「真桜なら良いよね……。この話は内緒ね」


 そう言って羽依は蒼真の両親の話を教えてくれた。かなりプライベートな話だったので、私もこの話は広めるつもりはない。

 羽依も口が軽いわけではないだろうけど、私には知ってもらいたかったという事なんだと思う。


 パズルのピースが、ぴたりと嵌まった気がした。

 ずっと空白だった場所に、ようやく収まったのに――。


 そこに浮かび上がった絵は、思っていたよりも、ずっと重く、痛ましいものだった。


 蒼真が何故あんなに一生懸命に勉強していたか。


 地元を離れたい理由。

 家に帰りたくなかった理由。

 暴れん坊と誤解されていた理由。

 そして、両親に見放されたわけではなく、彼ら自身の都合で家を出ていったという話。


 蒼真の辛さ、悲しさ、やるせなさを今ようやく理解できた気がした。

 見た目は華奢で幼い顔立ちの彼が、悩み抜き、一人自分の道を模索した結果があの勉強だったんだ。


 私は……泣いた。堰を切ったように、声を上げて泣いた。羽依が心配そうに、そっと背中をさすってくれていた。


 ありがとう……でも今は、まだ止められない。

 頑張ったのね、蒼真。偉かったわね……。

 私は――何もしてあげられなかった……。


 ……。



「真桜は本当に優しいよね。蒼真もいつも言ってる。真桜は優しいんだって」


 私の髪を撫でながら羽依がそう言ってくれる。

 こんなに泣いたことなんて覚えてない。

 私はずっと引っかかってたんだ。罪悪感に。


「そんな事無いわよ。私は……」


 そっと私を抱きしめる羽依。その温かい温もりが私の後悔を溶かしてくれるようだった。



 カラオケを出たあとに、さっき回り損ねたショップを何件か回った。可愛い服が大量に売っていたので羽依は次々に選んでいった。


「真桜はスタイル良いからね。何着ても似合っちゃう。選び甲斐あるよね~」


「あなたにスタイルのこと言われたくないわ。何その凶器」


 そう言って私は羽依の胸をつついた。


「大きくて良いことなんて何もなかったよ……」


 羽依がちょっと落ち込む。実際、嫌な目にばかり合ってきたのだから仕方ないかもしれないわね……。


「きっと蒼真が喜んでくれるわよ」


「それなら良かったって思えるかも!」


 まったく……こんなに可愛い彼女に、まだ手を出してないなんて。信じられないわ。私が持っていってしまうわよ。



 時間は17時を回った、そろそろ帰りの時間ね。


「あー楽しかった! いっぱい服買っちゃったね! 旅行に着ていくの楽しみ~」


「私もこんなに大荷物になるなんて思ってなかったわよ」


 二人両手に一杯のショッピングバッグをぶら下げる。大収穫ね。それでもお金はそこまで使ってないと思う。羽依は良い店をよく知ってるわね。


「また明日、学校でね」


「またね~!」


 羽依と別れた帰り道、私はあの二人に思いを馳せる。


 地元を離れてこの高校に入学するのは抵抗があった。

 でも、今は心から良かったって思える。


 私はきっと今、青春真っ只中だ。



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