第35話 持つべきものは
金曜のバイト前。
今日は俺がまかないを作ることにした。メニューは具だくさんの塩焼きそば。
強い火力で中華鍋を振るうと、それだけでテンションが上がる。ごま油をひいて、シーフードミックスを炒めると、なんとも言えない香ばしい香りが立ちこめてきた。
待ちきれないのか、羽依が鍋を覗き込んでくる。ちょっと危ない。
具材に火が通ったところで、麺を投入。鍋全体を回すように炒め合わせる。重かった中華鍋の扱いにも、大分慣れてきた。
「誰かが作ってくれるのは嬉しいよねえ。最近は羽依も結構やるようになったし、ついでにお店の調理もしてくれりゃ、あたしはオーナー職だ。ゴロゴロしてようかね」
美咲さんが笑いながらそんなことを口走る。
「美咲さんがジッとしてるとこ、想像できないなあ」
「だよね。ジッとしたら口がうるさくなりそうだから駄目だよ」
俺たちの意見に口を尖らせる美咲さん。
たまに妙に幼いところも見せてきたりして、そこがとてもチャーミングだ。
俺も以前よりずっと砕けた感じで話せるようになった。彼女のお母さんというより、実の姉みたいな感覚だ。
正直うちの両親よりよっぽど“家族”って感じがする。
まかないを食べながらの会話も、毎日の楽しみだった。
「塩焼きそば美味しいね~! 魚介の出汁? あごだしかな?」
「あごだしの粉にシーフードミックスだよ。さすが羽依、わかってるね~」
得意げになって塩焼きそばを頬張る羽依。あ、ちょっとむせた。かわいい。
「美味いよ蒼真、ありがとうね。そういやそろそろ夏休みだし、どこが遊びに行く計画はしてないのかい?」
美咲さんは羽依の夏休みを気にしているようだ。店の手伝いより、今しか出来ない事をして欲しいと、常々言っている。
「そうだ、今朝言ってた貸別荘! ねえお母さん、貸別荘行ってもいいかな?」
羽依の交渉が始まった。もっとも美咲さんが駄目って言うのは想像できない。子どもたちを信じて自主性を尊重するのが教育方針なんだろう。決して突き放すわけではなく。
「随分良さそうなところ行くんだね。今頃計画して予約なんてできるの?」
とても真っ当な疑問を口にする美咲さん。早速予約サイトで検索する。一応行ける日はお店が休みな土日だから、きっと混んでいるだろう。
「ああ、土日どころか平日も全部埋まってる……」
「まじで~! いいアイディアだと思ったのにね。 残念……」
がっくりと項垂れる羽依。さすがにこのままじゃ可哀想だ。
「一応さ、隼に聞いてみるよ。毎年行く貸別荘があるらしいからさ、予約とれないかって」
「高峰くんかあ……。まあ、あんまり期待しすぎないでおくね」
羽依は俺以外の男性は、隼なら少し話せるようになってきた。それ以外だと担任の佐々木先生ぐらいだ。まだまだ苦手意識は強いようだった。
早速LINEで隼に確認を入れる。即返事が来て「姉さんに聞いてみる」と返信がきた。これで駄目なら別の楽しいこと考えないとな。
「予約できたら行っておいで。ちょっとは援助もするからさ」
そういってウィンクする美咲さん。理解がありすぎるからこそ裏切れない。羽依は、そんな美咲さんにギュッとしがみつく。ああ、本当にいい親子だな。見ているだけで胸があったかくなる。
お店が開店した。今日もあっという間に満席になる。週末だからか、客単価の高そうなメニューもどんどん頼まれる。お酒も良く出るなあ。飲食店でのお酒は粗利が高いので嬉しいらしい。
今日も大繁盛だった。
20時半になったので、俺と羽依は一旦休憩時間だ。下ではお酒の入った常連さんたちの楽しげな会話がうっすら聞こえてくる。
「はああ~今日も忙しかったね……」
「前より回転よくなってるらしいよ。蒼真がどんどん仕事できるようになったからね!」
ソファーの上で俺にもたれかかってるバイト先輩から、嬉しい言葉が返ってくる。よかった。俺は少しずつ戦力になっているようだ。
スマホを見ると隼からLINEが届いていた。電話よこせとのことだった。きっと貸別荘の件だろう。早速電話した。
「隼、おまたせ。今バイトおわった」
「おう、貸別荘の話だけどさ、姉さんに言ったら、『一緒にいかないか』だって。8月頭の土日1泊を押さえてあるんだよ。貸別荘は結構広くて豪華でさ、最大6人まで泊まれるんだ」
何だかとてもありがたい話になってる。問題は羽依が嫌がらなければの話になるか。
「おお、いい話だな! でもお高いんでしょ?」
「一人1万でいいってさ。まあその1万も食費の補填だから、1万で全部賄えるよ」
「いい話すぎて申し訳なくなってくるな。お姉さん、燕さんだよな。お礼言っておいてね。羽依と相談してからまた連絡するよ」
「雪代さんが良いって言ったらでいいよ。あと二人呼べるから宛があったら声かけてもいいって」
「すまないな。ホント助かる。愛してるよ」
「うわ、気持ち悪っ。やっぱ貸さねーわ。忘れろ今の話」
そう言って電話を切られた。照れやがって、可愛い奴め。
羽依に今の話を伝える。羽依自身はそこまで嫌ではないようだった。ただ、あと二人呼べるなら真桜に声をかけたいらしい。
早速真桜に電話をかける。そこからガールズトークが繰り広げられ、22時まで話し込んでいた。
「うん、じゃあ日曜日ね。またね~」
「お疲れ様。真桜なんだって?」
「真桜行けるって! それで明後日一緒に水着買いに行こうって!」
羽依は嬉しそうに声を上擦らせながらはしゃいでる。
よかった、夏休みがとても楽しくなりそうだ。
きっと最高の思い出になる。今から待ち遠しいな。
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