第252話 姉さんのいない月曜日
二月二週目、月曜日の朝。
来週は学年末テストがいよいよ始まる。今週は気合を入れて勉強しないと。目標は学年一位だ。
「じゃあね、羽依。また学校で」
「うん! 気をつけてね蒼真!」
軽いハグと触れ合うキス。柔らかい感触と羽依の温もりで途端に気合がみなぎってくる。
「いってきます!」
一旦九条家に向かい、姉さんと合流して学校へ向かう。これが週の始まりの決まりごとになっている。
冬枯れの並木道を歩いて行く。早朝の六時はまだ夜明け前の群青色。路地の街灯だけが頼りだ。そんな中、徒歩三十分ほどで九条邸に到着する。
家の中に入り、遥さんの部屋をノックする。
「おはようございます。蒼真です。お迎えにあがりました」
部屋の中から歩いてくる音がする。
ガチャリとドアが開いたが、遥さんは寝間着のままだった。
じろりと俺を見て、不機嫌そうに眉をしかめる。
「あ……おはようございます、遥さん……その、お加減でも悪いのでしょうか……」
「今日は頭が痛いから学校休むわ。一人で行ってちょうだい」
そう言ってドアをバタンと閉めた。
あとに残された俺は呆然としてしまった。
(怖っ! うわっ俺何かしちゃったのかっ!? あんなに機嫌悪そうなの初めてみたぞ……)
思い当たるとすれば遥さんの「週末は祖父に会う」という話。もしかして何かあったのだろうか……。
一応社長とはLINEが繋がっている。あまり気は進まないが、出欠席にかかわることだ。保護者に一報を入れるべきだろう。
蒼真「朝早くからすみません。遥さんの件で連絡を入れました。頭痛がするので学校を休むそうです」
社長「おお、久しぶりだね。遥の頭痛は思い当たる節もある。こちらから学校には連絡を入れておくので君はいつも通り学校に行って勉強を頑張ってほしい」
俺「了解しました。では失礼します」
社長からはブサイクな猫のOKスタンプが届いた。
こんなときにそのスタンプを押せるメンタル、やっぱり只者じゃない。
「遥さん、では学校に行ってきます。ゆっくり体を休めてくださいね」
「……ごめんね」
微かに聞こえた謝る声にわずかながらも安堵する。とりあえず俺が原因ではなさそうだ。でも、実家で何かあったのは間違いなさそうだった。
後ろ髪を引かれる思いで登校する。思えば一人で登校することなんてあまりなかったので妙に寂しく感じた。
校門を過ぎたところ――。
「藤崎!」
俺を呼び止める低い声がした。振り返るとサッカー部キャプテンの伊達先輩だった。
「あ、おはようございます。その、先週はどうも……」
「ああ、いや、こっちこそ悪かったな、ってそんなことはいいんだ。九条はどうしたんだ?」
「頭痛がするんで休むって言ってました」
先輩はかなり驚いたようで、口をあんぐりと開けた。
「まじか……彼女が学校を休むのなんて初めてだぞ?」
好きな異性の出欠席を把握している辺り、ストーカー気質を思わせる。
「悪い病気ではないと思いますんで。では失礼します」
「お、おう! またな」
――またって……次もあるのかよ……。
悪い人ではないんだろうけど、圧の強さは苦手だった。
いつもの教室、そしていつもの彼女たちと挨拶を交わす。
そしていつものように朝勉強に精を出す俺たちだった。
「そう、遥さんが頭痛で休み……珍しいわね」
「え……真桜も他人の出欠席とか把握してるの?」
「そりゃ三カ年皆勤なんて取った人なら覚えててもおかしくないでしょ?」
「ああ……なるほど……」
それでも正直ピンとこない。
でも、他者に興味をもたない俺も問題なのかも。
「んふ、私も今年は皆勤賞取れるかも。毎日学校楽しいしね~」
羽依の言葉がやけに嬉しくなり、彼女の柔らかい茶色の髪をそっと撫でた。途端にその大きな目が猫のように細くなった。
「まあ、そういうわけで生徒会も会長がお休みだから。負担かけちゃってごめんね真桜」
「あなたが謝る話じゃないでしょ? 別にいいわよ。実務は私のほうがメインでやってるし」
「そりゃ頼もしいけど、そうなの?」
「ええ、それであの人はチェックをしてダメ出しをする係。ね? 私がぼやくのもわかるでしょ?」
「あーうん、まあ、そうだね……」
うんざり顔の真桜に愛想笑いしか出来ない俺だった。板挟みって辛いものなんだな。
昼休み、しーちゃんに今日の家庭教師を断るため、三年生の教室の前まで来た。
LINEでは味気ないので直接会いに来たわけだが、三年生の教室はさすがに気後れしてしまう。
中を覗くとしーちゃんがクラスメイトと談笑しているのでこっちを向けと念じてみる。途端に彼女が振り向いた。
以心伝心とは……さすが幼馴染だ。
「ああ、藤崎くん! どうしたのかな?」
よそ行きなトーンで声をかけてくれたしーちゃん。
「御影先輩、ちょっとお話があるんですけど。今大丈夫ですか?」
「うん、いいよ」
通路奥の資料室に入室する。ここなら二人きりだった。
「へえ……こんな場所があるんだ」
多少埃っぽいものの、雰囲気のある場所だ。密談するにはもってこいだった。
「あまり人の出入りがないんだ。昔ここでエッチしてた人もいたんだって! 大問題だよね~」
「ええ! 学校でそんなことする!?」
まるでラノベのような話だけど、そんなことって本当にあるんだ……。
「あら、そんなに驚く? ――ふふ、じゃあ私と卒業記念にしちゃってみる?」
そう言って俺の顎にそっと手をあてがうしーちゃん。妖しい雰囲気に思わず息を呑む。――いかん、何しに来たんだ俺。
「怒るよ、しーちゃん。大事な話をしにきたの」
「ちぇーつまんないの」
口を尖らせてそっぽを向くしーちゃんだったが、そもそも冗談のつもりだろう。たぶん。
「今日遥さんが頭が痛いからって学校を休んだんだ」
「へええ~、遥ちゃんが休んだんだ。珍しいね! きっと初めて学校休んだんじゃない?」
「……なんでみんな他人の出欠席事情を知ってるのさ」
「みんな? ――だって、私は生徒会長だったもの」
「……あーなるほど」
まったくなるほど感がない。でもいい加減話を進めたい。
「そんなわけで家庭教師は今日お休みでいいかな?」
「私はかまわないけど……そーちゃんの勉強は大丈夫?」
「大丈夫だよ。しーちゃんがくれたプリントを消化するから」
週末、テスト勉強と称して彼女が用意してくれたものだった。量が半端なかった。
突如、しーちゃんが目を見開く。その瞬間、室温が下がった気がした。
「は? ……まだ終わってないの? ちょっとそーちゃん。やる気あんの? この前の合宿で何してたのよ?」
途端に眉間にシワを寄せ、腰に手をあて、威嚇してくるしーちゃん。
「あ……いや、その……やる気はありますよ? ですが時間も限りがありまして……」
普段ほわほわしてるくせに、怒ると圧が異様に強くなるのが元生徒会長様だ。
「チッ!」
「ひぃぃ……」
軽い舌打ちで萎縮する俺は圧倒的弱者だった。
「じゃあ水曜日までにテキスト終わらせてね? でないと次に進めないよ」
「はい! 粉骨砕身の思いで頑張る所存であります!」
「よろしい。では解散!」
ビシッと敬礼して教室に戻る俺だった。
こうやって新兵は調教されていくのだと実感した。




