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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: よるひ
6章 夏休み後半

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第248話 普通の反応

 迎えのタクシーがやってきた。行きと同じ運転手さんだ。

 わざわざ車から降りて俺たちに向かって会釈してくれる。


「お待たせしました。お疲れのご様子ですね。 車内でごゆっくりお過ごしください」


 とても丁寧な運転手さんだ。行きのときは気づかなかったが、キャップからのぞく薄化粧の顔は目鼻立ちが整っていて、スラッとした制服姿もとても格好よかった。

 所作の一つひとつが洗練されていて、思わず見とれてしまった。


「日曜日の午後なので、道中は混んでいるようです。疲れたら声をかけてくださいね!」


 俺たちは行きのときと同じように、「は~い」と気の抜けた返事をする。はもり具合が面白かったのか、運転手さんはくすくすと笑っていた。


 高速道路は渋滞していて、帰宅までだいぶ時間がかかりそうだった。

 途中、大きめのサービスエリアに寄って休憩する。

 ここもやはり混雑していて、トイレもかなり待ちそうだった。


 用を足し、車に戻ろうとしたとき、真桜に呼び止められた。


「蒼真は何食べる?」


 そう声をかけてきた真桜の手には、すでにフランクフルトが握られていた。


「いや……さっき食べたばかりだし。つうか真桜、さっきもフランクフルト食べてたよね?」


「そうよ。でも、ここのサービスエリアのフランクフルトは有名なの。知らないの?」


「あ~……それは知らなかった。なんか違うの?」


「ふふ、じゃあ一口あげるわ」


 そう言って「はい、あ〜ん」と俺に差し出してくる。

 周囲の視線を気にしつつ、ぱくりと噛みちぎった。

 ほとばしる肉汁に豊かな燻製の香り……確かに普通のとは段違いだった。

 ――まあ、真桜がくれたからこそ余計に美味いんだけど。


 ちょうどそのとき、通りかかった運転手さんと目が合った。

 恥ずかしいところを見られてしまったようだった。

 運転手さんはにこやかに話しかけてくる。


「ふふ、お熱いところを見てしまいましたね! 二人は恋人同士なんですか?」


 悪戯っぽい視線で俺たちをのぞき込むように言う。


「はい。なんだか恥ずかしいところ見られちゃいましたね……」


 そう言った瞬間、真桜がぱちっと目を見開いた。


「え……蒼真……いいの?」


「なにが?」


 真桜は落ち着かない様子で、持っているフランクフルトの串を指先でいじっている。


「もう一人の子もすごく可愛いけど、あの子にも彼氏がいたりするのかしら?」


「はい、います。俺です」


「……え?」


 運転手さんの表情が固まった。


「あっ、ごめんなさい! 私、何か勘違いしちゃったみたい! その子じゃなくて、もう一人の子が彼女なんだ?」


「いえ、二人とも俺の彼女です」


「は? ……え?」


 一瞬、運転手さんの顔つきが“素”に戻った。

 まるで異物でも見るような視線に、空気がわずかに冷たくなる。


「あ、ああ……そうなんだ……。ごめんね……あ、飲み物買うんだった……失礼します……」


 慌てたように言い残し、その場を離れていく運転手さん。


 隣を見ると、真桜はバツの悪そうに目を伏せていた。

 その表情に、胸の奥がひやりとする。


「蒼真、ありがとうね……でも、これが“普通の人”の反応よ……」


「……そう、だね」


 空気が重苦しくなる。

 沈黙のあと、真桜がゆっくり顔を上げた。そこには、普段は見せない影が差している。


「私はね、そんなに焦ってないの。あなたが気を遣ってくれるのはわかるし……それは嬉しいのよ」


 言葉とは裏腹に、視線は足元へ落ちていく。

 その寂しげな表情を見るだけで、胸がきゅっと締めつけられた。


「……俺は……もう誤魔化したくない。胸を張って、真桜の彼氏だって言いたいんだ」


「その結果がどうなるか……蒼真、本当にわかってる?」


「……」


「ばかね、蒼真。あなたの気持ちは、ちゃんと伝わってるよ。

 だから……自分を責めないで。そんなの、私も辛くなるから……」


「ごめん。でも、半端な気持ちじゃないんだ。――いつか、みんなに認めさせたいって思ってる」


「そうね……でも、今じゃないわ。ね、わかって……?」


 真桜は、すがるように俺の上着の袖をぎゅっと握った。

 きっと“できるわけがない”と思っているのだろう。それでも――俺は。


「おまたせー! トイレめっちゃ混んでた~……二人ともどうしたの? なんか暗くない?」


「ううん、そんなことない。むしろ美味しいもの食べて元気よ! 羽依も食べなさい!」


「んがっ……んぐっんぐっ……」


 フランクフルトを口に突っ込まれて、羽依が目を白黒させている。ちょっとだけ気の毒だ。


「……ん、ごくっ。うん、おいしー!」


 その無邪気な笑顔は俺たちの重苦しさを一瞬で消し飛ばした。真桜はふっと肩の力が抜けたように笑う。

 俺もその笑顔につられて、思いきり笑った。


 その後は、何度か渋滞につかまりながら帰路へ。

 最初に結城道場の前で真桜が下車する頃には、外はすっかり暗くなっていた。


「二人ともありがとうね! また明日!」


 羽依と真桜は、明日すぐ会うくせに、いつまでも手を振り合って別れを惜しんでいた。

 その光景がなんだか微笑ましくて、自然と笑ってしまう。


 それからすぐにキッチン雪代に到着した。たった一週間なのに、随分久々に帰ってこれた気がした。

 お店の看板を見て、思わず胸が熱くなる。


「目的地に到着です。お忘れ物のないようにお願いします」


 荷物を下ろし、羽依が家に入っていった。


「運転手さん、二日間ありがとうございました」


「いいえ~。それより、さっきはごめんね彼氏くん……変な態度しちゃって」


 突然さっきの話をぶり返され、驚いてしまった。


「ああ、いえ、気にしてません……」


「人それぞれ色々あるよね~。でも、君は真剣だったし、彼女たちもすごく幸せそう。なんだか羨ましくなっちゃった。これからも頑張ってね!」


 愛嬌たっぷりの笑顔を向けてくる運転手さん。その優しい言葉に、つい目頭が熱くなった。


「はい、ありがとうございます!」


「ふふ、またどうぞ、ご贔屓にー!」


 そう言ってタクシーは走り去っていった。

 その様子を、いつの間にか戻ってきた羽依にしっかりと見られてた。


「なあに蒼真、なんか楽しそうだったけど? また浮気?」


「人聞きわるっ! 浮気なんてしたことねえし!」


「ふうん。じゃあそれでいいよ~。早くおうち入ろ? お母さんが待ってるよ」


 隙あらばマウントを取ってくる。――まったく、羽依にはホントかなわない。


 運転手さんの何気ない言葉が、いつまでも胸に残っていた。

 きっと、あの人と同じように……わかってくれる人もいると信じたい。


 誰も傷つかず、みんなが納得できるように。

 そんなことは夢物語なのかもしれない。

 子供の戯言だと笑われるだろうし、怒る人もいるだろう。


 今からのことを考えると、とても怖い。

 でも、美咲さんには――。

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