第240話 重すぎる秘密
「そーちゃん、さっきの続きをしようか」
風呂上がりの元生徒会長兼幼馴染の御影志保さんがそんなことを言ってきた。ほんのり桃色がかった肌が湯上がり美人って感じでなんとも艶めかしい。やたらと近い距離に心臓が跳ねる。
「しーちゃん、ちょっと、近いって……」
「あ~、ごめんね。コンタクト取っちゃったからさ、よく見えなくて」
「……カラコンじゃなかったっけ?」
しーちゃんはとぼけるようにそっぽを向いた。
その拍子に遥さんから借りたワイドサイズのスウェットの肩がずるっと落ち、胸元が無防備にさらけ出された。
「しーちゃん……胸元見えちゃうからさ、上に何か着ようよ」
そう注意すると、しーちゃんは慌てて片手で胸元を隠しながら恥ずかしそうに笑ったが、妙にいたずらっぽくも見えた。
「まだ意識しちゃうの? この前さんざん見たのにね~」
「当たり前だよ! あの時は……ほら、介護というか……状況が状況で……!」
しどろもどろな俺を見て、しーちゃんは満足げに隠していた手をそっと下ろす。
わざと胸元を開いたまま、上目遣いで覗き込んでくる。
「あ、ああ、しーちゃん……見えちゃってるってば……!」
「ふふ、あはは、あははは! ん~! やっぱそーちゃん可愛いね! 」
ツボにハマったように笑い始めたしーちゃん。笑い上戸なのは知ってるけどタイミングがいつも変だった。
「またそうやって意地悪する……それで、続きって……さっきの勉強のこと?」
「そうだね。でも、その前に……少し気になることがあるの。燕さんのことなんだけどね」
悪戯っぽい笑顔が消え、真剣な表情を浮かべる。
しーちゃんの様子の変わりように、俺も身構える。きっと大切な話なんだろう。
「……さっき会ったときの話かな」
「うん。そのときって燕さんの様子はどうだった?」
「最初は普通だったよ。でも、隼の話になった途端、ちょっと落ち込んだ感じで……喧嘩でもしたのかなって思ったけど」
他にも理由はきっとある。でも、それを言っていいのか判断がつかなかった。
「やっぱり……。そーちゃん、あの姉弟って仲が良いでしょ」
「ああ、うん。良すぎるってぐらいの間柄だよね……」
「そっか。やっぱり知ってるんだね……あの二人は姉弟だけど……男女って距離感なんだよね」
――結構知れ渡ってるんだなと思った。まあ、本人たちも隠してる様子はなかったし、よくも悪くも自然体って感じだった。
「そうだね。それが何か関係あるの?」
しーちゃんは伏し目がちに俺を見る。どことなく目が泳いでいて、そこには迷いを感じられた。やがて頭を振り、真っ直ぐに俺を見据えた。
「……ちょっと重い秘密を共有してもらおうかな」
「え……?」
「――あの二人は実は本当の姉弟じゃないの」
「はあ……?」
「その事実を知ってるのは燕さんだけ。隼くんは知らないの」
「……まじ?」
想像をはるかに超える衝撃の事実に、話す言葉が見つからなかった。
しーちゃんは黙って頷いた。どうやら冗談ではなさそうだ。
「私もそれを聞いたのはつい最近でね。よくわからないけど家の事情で隼くんには言えないんだって」
「……そうなんだ」
「隼くんには以前から葛藤があったみたいでね……最近になって、『このままじゃ駄目だからマンションを出る』って言い出したんだって」
「……隼は本当の姉弟だと思っているからこそ今の関係に戸惑っていて、でも燕さんは本当のことが言えないと……」
「そんな感じ。思い切って言っちゃえばいいのにとは思うんだけどね~。深い事情までは知らないからさ、迂闊なことも言えないし……」
燕さんの様子も今の話を聞けば腑に落ちる。
「そっか、なるほど……」
「隼くんとどう接していいのかがわからないって燕さん泣いちゃってね。あの人のそんなところ初めて見たから……驚いちゃって」
――いつも明るく奔放で、隼の言葉を借りれば『パーフェクトヒューマン』な燕さん。そんな彼女の弱点は愛する弟だったようだ。正直彼女が泣くところは想像できなかった。
「そりゃ驚くのも無理はないって。しーちゃんもそんな重大な秘密を抱えちゃって……なんとも大変だったね……」
「……優しいね、そーちゃんは。でも、おしゃべりって怒らない?」
すっと俺から視線を外し、少し震えるしーちゃん。重大な秘密を打ち明けることでかなり消耗したようだった。
「……怒らないよ。俺を信頼してくれたんだものね。――それより冷えちゃった? なんだか震えてるよ。紅茶でも入れようか?」
「うん……じゃあミルクティーがいいな。甘いやつでお願いね」
「了解。じゃあちょっと待っててね」
紅茶を淹れるついでに部屋からパーカーを持ってきた。リビングのソファーに座るしーちゃんにポンと投げる。
「はい、これ着てね。ちゃんとチャックを上げて胸元を閉まってね」
「はーい」
そう言いながらパーカーに顔を埋めて匂いを嗅ぐしーちゃんをスルーしてキッチンへ向かい、紅茶を淹れた。
再びリビングに戻ったら、なぜかがっかりした表情を浮かべていた。
「んー、あんまりそーちゃんの匂いがしない……」
「そりゃあ着てないからね。遥さんが用意してくれたものだし」
「じゃあ、私の匂いつけるからさ、そーちゃん着てね!」
「はいはい。ほい、ミルクティーお待ちどおさま。これで温まってね」
嬉しそうに顔をほころばせ、そっと一口飲む。ほっと一息ついたその仕草が、まるで名画のように印象に残った。
俺も彼女と同じものをいただくと、紅茶の香りとミルクの甘さが口いっぱいに広がった。体の芯から暖まる一杯だった。
「美味しい……丁度飲み頃だね。すごく優しい味……」
「ふふ、高級はちみつがあったから使っちゃった」
「そっかあ。じゃあ心して味合わないとね! ありがとうそーちゃん。――やっぱり大好きだな……」
最後のあたりは囁くように。俺に聞こえない程度に呟いたしーちゃん。
(ちゃんと聞こえてるよ。ありがとう、しーちゃん……)
彼女の想いに応えることは出来ない。けど、冷たくあしらうことも俺には出来ない。
こんな自分が……嫌いだ。




